Canon 〜外典〜前話
  by Ophanim次話
 第8話 Birthday Party:Cパート目次





 「ほれほれ、早くしろ〜。」

 「う、うるさいわね〜…。」

 香里がす〜っと目を細くして祐一の手の内を探ろうとする。

 が、逆にそれが一層祐一を有利にしていくとは気付いていないようだ。

 既に『あがり』、になった名雪とあゆは二人の最後の対決にわくわくしているようだ。

 ちなみに、真琴は負けそうになるとトランプに噛みつくので強制退去させている。

 飴と漫画を預けたらさっきまで騒いでいたのが嘘のように大人しい。

 (高校生にもなってババ抜きで盛り上がるかね、しかし……。)

 祐一は目をきらきらさせている『あがり』の二人を苦笑しながら見た。

 だが、それ以上に意外だったのは、あの優等生然とした香里までが嬉々としてトランプを楽しんでいることだったが…。

 「仕方ないな〜、じゃ、ハンデをやろう。」

 「い、いらないわよっ!

 そう言う香里に有無を言わさず、一枚めくってジョーカーの位置を見せてやる。

 「あ……。」

 「さぁ、これを、ここにいれるぞ?後は動かすからな?」

 2枚のトランプを裏返してテーブルの上に載せ、くるくるとその位置を入れ替える。

 「わ、わ……。」

 「ぼ、ボクもう判らないよ……。」

 当面勝負の行方だけを気にすればいいはずの二人が先に音を上げる。

 「う〜ん……どうしたって、確率は50%なのよね……。それじゃあ、思い切って、……え〜、……じゃ、じゃあ、こっち、……じゃ、なくって、こっち……。」

 香里が眉を顰めて一生懸命悩んでいる姿は、どちらかというと似合っていなかった。

 (『こんなの所詮ゲームじゃない』なんて言いながらあっさり決めるもんだと思ってたんだが……。)

 はぁ、と諦めたようなため息をついて、目を閉じている香里を見ながら、祐一は首を傾げていた。

 「別に負けたら脱げとか言ってる訳じゃないんだから、もっと気楽に行ったらどうだ?」

 祐一は雰囲気を和らげようと、冗談めかしてそう言った。

 「馬鹿なこと言ってると蹴るわよ?」

 香里はにこっと微笑みながらそう言うと、そっと一枚を手に取った。

 「…………はぁ………。」

 疲れたような、吹っ切れたような表情。

 香里は取った一枚をまた自分の手元に残した。

 つまり、香里が選んだその一枚は、残念ながらジョーカーだったのだ。

 「待ってね。……はい。」

 「じゃ、こっち。」

 祐一は迷わず香里の手から一枚を抜き取り、それを合わせて場に捨てる。

 「俺の勝ちだな。」

 「ふぅ〜……。やっぱりね……。」

 香里はため息とともに疲れきった声を出した。

 「な、なんだ?やっぱりって??」

 「え?祐一が何かずるした、とか?」

 名雪は目を丸くして香里を見た。

 信用がない祐一も祐一だが、信用しない従姉妹も従姉妹だ。

 「ううん、別に。ただ、勝てないだろうな、って思ってただけ。」

 香里はにっこりと微笑んだ。

 「は?なんでそうなる?」

 「相沢君、負けると思ってなかったでしょう?」

 祐一の言葉を受け流すように、香里はゆっくりと、それでいてはっきりと、問いかけた。

 彼女に物憂げな態度を取られると、どうしても年上の女性ではないかと思ってしまう。

 「そりゃあ……、普通、勝負ごとの時に負けると思ってやる人はいないんじゃないのか?」

 祐一は不思議そうな顔をして香里を見た。

 「ううん、……普通の人はそうなのかしら?判らないけれど、少なくとも、あたしは違うわ。今、ずっと、負けるんじゃないかとか、間違った方を選んでしまったらどうしよう、としか考えられなかったもの………。」

 「だ、だけど……。」

 「ううん、いいの。あたしの勝手な考えだから、聞き流してくれればいいわ。でも、相沢君のように、自然にそう思えたら、何かが変わっていたかもって、思っただけ……。」

 呟くようでいて、妙にはっきりと聞こえる香里の声は、祐一だけではなく、名雪やあゆの耳にも届いた。

 それはどことなく寂しげな声だった。

 部屋の中にしんみりとした空気が降り積もる。

 「あ、だ、だから!相沢君、奇術部とかあってるかもよ?」

 香里は急に明るい声を出した。

 その明るさは返って逆効果だったが、敢えて気がつかないふりをする。

 「そ、そうかぁ?」

 「そ、そうだね。祐一の部活、何が良いかな?」

 「きじゅつぶって何?」

 3人はそれぞれ思い思いのことを話した。

 「奇術部って言うのはね、手品をしたり、色々芸をしたりする部なの。本当は。」

 香里は頭の上に数十個の『?』を積み上げているあゆに説明した。

 実状は”帰宅部”らしいのだが、それを隠して建前を説明する辺りにクラス委員の責任感が見られる。

 …………と、祐一が考えたのは大いなる誤りだったようだ。

 「祐一君っ!手品出来るのっ!?ボク、手品大好きだよっ!!

 あゆはきらきらした目を輝かせて祐一に迫った。

 「ま、待て待て。あゆ。今は俺は何も出来ないぞ?」

 「でもでもっ、きじゅつぶに入れば出来るようになるんだよねっ!?

 祐一の胸によじのぼらんばかりの勢いでのしかかってくるあゆの迫力に、祐一はたじたじとなった。

 その様子を見ながら、香里が笑う。

 「相沢君、あたしがどうして陸上でも大丈夫って言ったか、教えてあげよっか?」

 そんなものには興味がないが、とりあえずこの状況から逃げられるなら何でも聞いてみたいものだ。

 祐一はその話を聞く格好を取ってあゆを振り払う。

 「相沢君、全然練習しなくても陸上部の名雪と並んで走れたでしょう?学校まで、全力で。力はあるのよ。名雪も言っていたみたいに、中長距離だったら選手層薄いみたいだし。どう?名雪と一緒に陸上部。」

 あぁ、そうか……。

 祐一は香里の説明に納得した。

 陸上部を勧めた理由に、ではない。

 敢えて奇術部が実質帰宅部であることを説明しなかった理由だ。

 「ねぇっ!祐一君、手品にしようよ〜…。」

 振り落とされても構わず首にしがみついてくるあゆの執念。

 それを見透かしたような香里の説明。

 そして、今目の前で小悪魔的に微笑む、当の本人。

 「ねぇ、相沢君。陸上部と奇術部、どっちにする?」

 あゆに首を絞められながら、祐一は究極の選択に頭を悩ませていた。

 それと同時に、祐一は北川が何故あれほどまでに香里を怖がっているのか、その理由を今こそ思い知っていた。



 「紅茶にしますか?それとも、コーヒーが良いですか?」

 名雪のイチゴケーキを切り分けて、秋子が顔を覗かせる。

 リビングは今まさに双六が最後のデッドヒートに突入したところだった。

 普通の双六のルールに加え、止まったマスに応じて収入・支出などのイベントがあり、あゆや真琴にはちょっと難しそうだったので、あゆと名雪を組ませ、真琴と香里を組ませた上で祐一がお金の管理をすることにしていた。

 2組の勝敗は4人が『あがり』までに稼いだお金の合計で競う。

 「わたし、イチゴミルク!

 名雪が笑顔で両手を上げる

 「名雪〜、あんた、太るわよ?」

 「う〜っ、今日だけだよ〜…。」

 香里の厳しい指摘に、ちょっとだけ揺らいだ心も、本日最強の免罪符で乗り切る。

 「ボク、ミルク入りの紅茶がいいです。」

 「はいはい。温めにね。」

 秋子は名雪とあゆの前にイチゴケーキを置きながら答えた。

 「真琴はみるくてぃーっ!甘いのっ!

 同じだろ、と突っ込みたくなる祐一だったが、秋子がそれを遮るように『はいはい』とイチゴケーキを真琴に渡す。

 「香里ちゃんはコーヒーだったかしら?」

 「えぇ。」

 イチゴケーキを受け取りながら、にっこり微笑む。

 どう見ても、一人だけ大人びている。

 「祐一さんは?」

 「俺もコーヒーでお願いします。ブラックで。」

 祐一がそう言うと、名雪がまた目を丸くする。

 「祐一、朝とかも砂糖入れないで飲んでるんだ?」

 「ぶらっくってなに?」

 名雪があゆに説明すると、あゆちゃんなゆちゃんチームは仲良く目を丸くした。

 「「大人だよ〜。」」

 馬鹿なこと言うな、と祐一は苦笑いする。

 都会から来た祐一には、何が一番良かったかと言って水の美味さが良かった。

 普通に蛇口を捻って水が飲める。

 しかも、ミネラルウォーターか?と思うほど美味い水。

 砂糖やミルクを入れて水の味を消してしまうあゆや名雪、真琴の感覚こそ祐一には判らなかった。

 「あたしも何も入れないわよ。」

 不満そうに自己主張する香里の言葉は、残念ながら受け入れられない。

 香里が”大人”であることは、ここではもはや万人の認めるところなのだ。 

 「えぃっ!

 あゆが気合いを入れて転がしたサイコロは結構良い値を出した。

 が、残念ながらそこは支出のマスだった。

 「うぐぅ……、名雪さん、ごめんね。」

 「いいんだよ、あゆちゃん。ふぁいとっ、だよ。」

 仲良くそんなことを言い合っている二人から、祐一は

 「おらおら、耳を揃えて払いやがれ〜。」

と、冗談交じりに所定の金額を奪い取った。

 本当にそんな銀行があったら絶対に融資など頼まないだろうが。

 「うぐぅ……なんだか、祐一君が怖いよ……。」

 律儀に涙ぐむあゆが面白い。

 「次はあたし?」

 確認した上で、香里がサイコロを振る。

 大して進まないが、それでも収入のマスだ。

 「えへえへ。香里お嬢様にはいつもお世話になっておりまする〜。」

 祐一は所定の金額を山から取って香里に手渡した。

 「……馬鹿なことやってるわね……。」

 そう言う割に、意外と楽しそうだった。

 「家でこういうのやったりしないのか?」

 言ってしまってから自分自身を殴りつけたくなる。

 祐一は嫌気が差した。いつもながら、どうして自分はこうなのか………。

 名雪は秋子と二人暮らし。

 あゆと香里は一人っ子。

 真琴は記憶喪失だ。

 少しでもそこに配慮があれば、そんな迂闊なことは口にしないはずなのに……。

 名雪がほとんど新品のトランプや、昔懐かしいボードゲームを引っ張り出してきた時点で気付くべきだった。

 「まぁ、昔は確かにやったかもしれないけど、最近はね……。」

 祐一の懸念を余所に、香里はごくごく一般的な感想を口にしてくれた。

 その後で、他のメンバーに見えないように、祐一の足をつねる。

 『悪い……。』

 『気を付けてよね。』

 香里は少しだけ悪戯っぽい顔を作ってたしなめる。

 (なんだ、香里も良い奴じゃないか……。)

 祐一はさっきの苦行も忘れてにっこりと微笑み返した。



 ゲームは結局、香里が着実に稼いだ真琴香里チームが勝った。

 純粋に賽の目だけが勝敗を決めるなら、運のない香里に勝ち目は薄いかもしれない。

 しかし、このゲームはゴールに入った順位に加えて、道中で稼いだ金額を合計した、最終所持金で勝ち負けを争うゲームだ。

 勿論、先に入ればそれだけ高い賞金がもらえるが、それ以前に借金まみれになっていればほとんど勝ち目はない。

 ところが、香里以外の3人はとりあえず黒字のコマに止まれるならば、その先にほぼ確実に赤字ロードが待っていようとも、目先の利益に釣られて飛び込んでしまう。

 ほんのちょっとだけ頭を使う要素が加わっただけで、香里が入ったチームは圧倒的に有利になる、という具合だ。

 と言うか……。

 「お前ら、もう少し頭使えよっ!

 「うぐぅ……。」「う〜……。」「あぅ?」

 祐一が指摘した通り、傍から見ているとこの3人のコマの動かし方はいらいらするほど非効率的だ。

 しかも、3人ともそこそこ同レベル。

 「だったら、次は相沢君も参加したらいいわ。あたしが銀行役を代わるから。」

 香里はそう言って祐一と場所を代わろうと立ち上がった。

 「あら、もう続き始めるの?」

 再び何か食べ物を持って登場した秋子は、持ってきたお盆の置き場所に困っているようだった。

 (そう言えば、秋子さんは朝からずっと働き詰めだなぁ……。)

 祐一は顔を上げて秋子を見た。

 「秋子さんも混ざりませんか?俺と香里で代わりばんこに銀行すればいいですし。」

 祐一の提案に、秋子はにこっと微笑んで頷いた。

 それをいつもの『了承』と判断した祐一は身体を引いて秋子が座れる場所を空ける。

 が、秋子はその空いたスペースに持ってきたお盆を置いただけで、また腰を上げた。

 「ありがとうございます、祐一さん。でも、お夕飯の準備がありますので、気持ちだけ戴きますね。」

 「え?あ、え?」

 意外そうな顔をして秋子を見上げたのは、あゆだった。

 お盆の上には『おたんじょうびおめでとう・真琴ちゃん』と書かれた肉まんと、『お誕生日おめでとう・あゆちゃん』と書かれたカステラが載っていた。

 あゆは慌てて立ち上がって秋子を追いかけると、台所へ向かう廊下でその腰に抱きついた。

 「どうしたの?あゆちゃん?」

 「あの、ボク……。」

 秋子はくるっと身体を回してあゆの頭を撫でた。

 「やっぱりケーキの方が良かったかしら?」

 ぶるぶるっと頭を振るあゆの瞳から、暖かい涙が飛び散る。

 「ぜ、全然そんなこと無いよっ!とっても嬉しかったから……。」

 「そう。それは良かったわ。」

 秋子は満足そうに微笑んだ。

 だが、あゆはそれでも秋子から離れない。

 「で、でも、その……。大変だったんじゃないかなって……。」

 「だって、今日はあゆちゃんのお誕生会なんだもの。気にしなくて良いのよ?」

 秋子の言葉は、とても嬉しい。

 秋子の行動は、とても優しい。

 だけど、肝心のことを言ってくれない。

 どうして?

 一体、どうしてそこまでしてくれるのか?

 ただの他人なのに……。

 だが。

 あゆにはそれを聞くことは出来なかった。

 それを口にしてしまったら、全てを失うような気がした。

 全てが、夢の中の出来事で。

 一切が、都合の良い絵空事で…。

 なにもかもが、消えてしまいそうで……。

 だから。

 「……ありがとう。」

 ただ、それだけを言った。

 その言葉を受け取る者は、いつものように無言で微笑んでいた。


<続き>


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