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| 第8話 Birthday Party:Aパート | 目次 |
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1月 10日 日曜日
「乾杯〜。」
「名雪さん、17歳のお誕生日おめでとう。」
あゆはそう言って手を伸ばした。
「あゆちゃんもお誕生日おめでとう〜。」
その正面に座る名雪もそれに答えて手を伸ばし、二つのコップが重なった。
がちっ。
「……まぁ、ワイングラスでもない限り、ちーんとかいういい音は出ないだろうな……。」
あゆの隣に座った祐一は雰囲気の欠片も出ない音に苦笑するしかなかった。
「祐一がそんなこと言わなかったら判らないよ。」
そう言う名雪も、言葉の割にはにこにことしていて少しも気を悪くした様子がない。
「イチゴミルクで乾杯ねぇ……。でも、名雪。あんたらしいわ。」
名雪の隣で、香里はしげしげとコップを覗き込んだ。
香里の大人っぽい雰囲気にはワイングラスに注がれた赤ワインの方が似合っていそうだ。
制服の香里ですら大人っぽかったのだから、私服の香里は如何に、と期待した祐一の予想を裏切って、香里は大人し目の洋服で現れた。
とはいえ、それを残念がる祐一をたしなめるように、『主役より目立つ格好してどうするのよ』と言った所に”大人”を感じてしまったものだが。
そんな香里でさえ閉口するほどの苺の群。名雪の強い意向で、料理のあらゆる所に苺が使われていたが、飲み物まで苺だ、と知っての香里の言葉である。
それでもそう言われた当人は至って平気で、好きなだけイチゴミルクを飲めるとあって幸せいっぱいの表情だった。
少し顔が赤い。
(本当に酔ってるんじゃないだろうな?)
祐一は顔を真っ赤にしている従姉妹を苦笑混じりに見やった。
(いや、疲れてるんだろうな……。)
そう考え直して手近の苺を口に放り込む。
祐一は、昨日あの事故が起こるまで、名雪が一生懸命選考会を走り抜いたことを知っている。
その後、監督である顧問と連絡が取れなかった名雪が反省文を書き上げたことも知っている。
選手層の問題もあるので、恐らくは代表に選ばれるだろうから『多分、反省文は書かなくても大丈夫だろう』と言った祐一に、『でも、念のため、だよ〜』と眠い目を擦って答えた従姉妹の姿を知っている。
名雪一人の誕生会でもないのに、あゆや真琴に手伝わせて名雪には昼過ぎまで寝させておいたのはそのためだ。だが、それでも名雪にすれば普段より遙かに短い睡眠時間。
疲れているに相違ない。
今もにこにこしながらふらふらと頼りない。
が、今日の名雪の隣には香里がいる。
彼女ならきっと、何があってもフォローしてくれるだろう。
今日の”お誕生会”の主役となるのは、元々決まっていた名雪、あゆに、祐一の提案通り真琴が加わった計三人。
この三人を6人がけの机の一方にまとめ、祐一と香里が正面で向き合う形にすれば、上座下座が出来ることになる。
そのために、左利きのあゆの位置をまず左隅に固定し、その正面に名雪、一人がけの短い一辺に真琴を配置する。香里は名雪の親友なので名雪の隣に座ってもらい、祐一をあゆの隣にもってくると、ちょうど真琴と祐一の間にあゆが挟まる。真琴は祐一を敵視しているようなので、とりあえず今日は祐一の正面にも隣にもおかない。
こういった配置の妙にも秋子のセンスが感じられた。
「蝋燭は結局見つかりませんでした。」
ちょっとだけ残念そうに言った彼女の手には大きなイチゴケーキが載った皿がある。これもまた秋子の手作り。
秋子は既に暖かい料理が並んでいるテーブルの中央にケーキを据えた。予想通りの苺づくしの上に、生クリームがふんだんに使われた3層のケーキ。表面にはチョコレートで大きく”Happy Birthday Nayuki”と書いてあった。
これだけの量の家事をてきぱきとこなす秋子が、仕事を持っている、などとどうやったら信じられるのだろう?
「さぁ、どんどん召し上がって下さい。」
「んぁ??」
秋子の言葉を待つまでもなく、ほかほかと湯気を上げている唐揚げに手を伸ばしていた真琴が不思議そうな顔をする。既に口の中には2,3個の唐揚げが詰まっているようだった。
「お前はもうちょっと待てないのか?」
祐一が、手掴みで口の中に唐揚げを詰め込む真琴を呆れ顔で眺めていると、『いっぱいあるから良いんだよ』と、あゆも負けじと皿に料理を取り分け始めた。それを見た香里や名雪も料理に手を伸ばす。
「それに、たくさん食べた方が秋子さんも喜ぶよ。」
「む……。」
あゆはにこっと微笑んだが、それを言われると祐一は少し辛い。
この間大量に残してしまったのは、秋子に『男の祐一ならどこまでも食べてくれるはず』という期待があったのではないか、と祐一は分析していたし、事実、名雪も秋子も期待に満ちた目で祐一を見つめていた。
無論、祐一がどこまでも食べられるはずはないのだが、これまで小食の女性二人で寂しく食べていた食卓を想像すれば、男性の食欲に過度の期待があっても不思議はないし、作る量の加減も判らなかっただろう。
また、料理を作る方にしてみれば、あゆが言うようにたくさん食べてくれた方が嬉しいものだと思う。まして祐一は育ち盛りの居候。料理が足りなくなって変に気を回させるよりは、と、今後も秋子が多めに食事を用意することは考えられるし、祐一としても多少なりと期待に応えたい。
だが、如何せん祐一にはこれといった”空腹を感じる要素”が無い。
一食抜くなどすれば話は別だろうが、居候である以上、秋子や名雪に知られずに一食抜くのは容易でない。毎日毎日期待に応えられるはずがなかった。
「……俺も何か部活やろうかな……。」
つい、そんな呟きが漏れてしまう。
「祐一、部活入るのっ?」
その呟きを聞いた名雪が目を輝かせる。
さっきまで眠気でふらふらしていた従姉妹とはまるで別人だった。
「そ、そりゃあ、必ず入らないといけないんだろ?何かには入るって事で……。」
「ううん、今の感じは絶対”運動部に入る”感じだったよ〜。」
す、鋭い……。
確かに、祐一の目的を達成するためには、北川に誘われた奇術部ならぬ帰宅部ではなく、運動部でなければならない。
「ぶ、部活って言ったって、もうすぐ3年だろ?」
さっきまでの意気込みはどこへやら、祐一は後込みをした。
自主的に『やってみる』ならまだしも、『入部させられ』てまでやるつもりはない。
「そうだけど、それが?」
名雪はまだ目をきらきらさせたまま聞き返した。身を乗り出してきているので長い髪がケーキにかかりそうだ。祐一はそれを指摘して一旦名雪を席に座り直させ、その間に考えをまとめた。
「ほら、もう来年の選手とか決まってくる頃じゃないか?今更なぁ……?」
実際に名雪も昨日が選手選考会だった。
昨日の選考会は春の大会用だそうだが、そろそろ有力候補が決まってくる頃であることに間違いはない。
新チームの編成も詰めの段階だろう。
そんな時期に、のこのこと『新入部員でございます』と入れるものだろうか?
「それはそうだけど、でも、やっぱり楽しいよ。部活…。」
名雪も珍しく引かない。
顔は変わらずへろへろと頼りなかったが、困ったことに、とても嬉しそうだった。
こんなに嬉しそうな顔をしている従姉妹の誘いを断ったら、毎日従姉妹の悪夢を見そうだった。四六時中一緒にいるのだから、せめて夢の中ぐらい別のキャストを希望したいと思うのが人情ではないだろうか。
「あら?やればいいのに。相沢君、結構なんでもやれそうじゃない。」
香里がにこにこと微笑みながら、とんでもないことを提案する。
祐一は軽い頭痛を感じたような気がして頭を押さえた。
「……香里、頼むから適当なことは言わないでくれ。」
まぁ、すこぶるつきの美少女に笑顔でそんなことを言われれば、悪い気のする男はいないだろう。
だが、それも場合によりけりだ。
名雪と香里は並んでにこにこしているが、どうも凶悪なものを感じていけない。
「あら?どうしてあたしが適当なことを言っていると思ったの?」
「会って二日やそこらで、しかも、顔見ただけで才能見抜けるっていうなら、俺は全力を挙げて香里をどっかのプロスポーツのスカウトに推薦するぞ?」
祐一はまだ頭を押さえたままでそう口にした。
「あら。あたしは相沢君が走っているところなら見たことあるわよ?」
「だったら尚更だろ?」
朝の通学風景。
水瀬家から学校まで、息を切らすこともなく軽々と走り抜いた従姉妹の隣で、だらしなく大口を開けながら荒い息を吐いている男子生徒が相沢祐一だ。
お世辞にも体力があるとは言えない。
「あたしはあたしなりに根拠があって……。」
「祐一君は運動には向いてないよ。」
香里がちょっと腕組みをして論破モードに入ったとき、意外な応援が現れた。
このままだと香里にあっさり言い負かされそうだった祐一には強力な友軍だった。
「あゆちゃん、どうしてそんなこと言うの?」
更に意外なことに、名雪はちょっと怒っているようだった。
「だ、だって、祐一君、ボクのこと避けられなかったし……そ、それに、意地悪だから、きっと他の人に迷惑かけると思うんだ……。」
「お、俺もあゆに同感だな……。」
言われていることは非常に納得しがたいことだが、自分の立場を有利にするには納得してみせるしかない。
祐一は首を270度ほど傾げながらも、あゆの意見に賛成した。
「まぁ、それも一理あるわよね?」
親友の執着心に比較して、香里はあっさりと戦線を離脱した。
静かに皿からサラダを口に運ぶ姿はなかなか様になっている。
子供の中に大人が一人混じっているようで、さながら幼稚園のお昼ご飯の風景を見るようだ。
保母役が香里で、その他大勢にはひらがなの名札が張ってあるのは言うまでもない。
「香里まで〜……。」
不満そうにする親友を手で軽く制すると、香里はティッシュを口に当てた。
香里が扱うとただのティッシュまで真っ白なナプキンに見えるから不思議だ。
「チームプレーに関しては、これから始めても無理な部分が多いと思うわ。」
「ま、待って下さい、香里様〜。私が悪うございました〜。」
祐一はその先に続く言葉を正確に把握した。
立ち上がって香里の口を封じようとする。
「だけど、個人で出来るスポーツに関して言うなら……。」
「待てって言うに……。」
祐一は椅子から飛び出すと、香里の背後に回ろうとした。
香里の口を実力で塞ぐためだ。
だが、100mを7秒で走り抜くほどの脚力がなかった祐一は、『例えば陸上とか、ね』という香里の言葉を、二人の間近で聞かされる羽目になってしまった。
「わ、それ、すっごく良い考えだよ〜。」
名雪に異論のあろうはずが無く、目をきらきらさせて頷いている。
「ま、待てって……。」
目標を名雪に変更して口を塞ごうとするが、名雪もそうはさせじと身体を捩って逃げる。
ちょうどそこに秋子が次の料理を持って戻ってきた。
「お母さん、祐一も陸上やっても良いよね?」
「了承〜。」
名雪の言葉に、香里が即座に応答する。
この辺りはやはり親友。こう言ったときの秋子の反応も承知している、と言うことだろう。
(うわっ、ほんとにそうなりそうだぞ……。)
祐一は一瞬顔を引きつらせて秋子の方を見た。
『そうねぇ……、ちょっと考えさせて…』、とでもいいたげに、片手を頬に当てているが、その唇から『了承』以外の言葉が出てくる要素は何もなかった。
が、珍しく”1秒”で返事が出なかった秋子の隙をついて、大声が上がる。
「だ、だめだよっ!」
(………俺じゃ、ないぞ……。)
祐一は驚いて声の主を見つめた。
少し身体を震わせているのは、怒っているからではないだろう。
姉のように慕っている名雪に逆らうことに対する恐怖だ。
だが、声の主……月宮あゆは、恐怖で目にうっすらと涙を浮かべながらも、決して引くまい、と決めているようだった。
「あゆちゃん、どうして?」
名雪は少し不満そうに、大いに不思議そうに、そう尋ねた。
「だ、だって………だって、祐一君が本当にやりたいと思ってなかったら、良くないと思うんだ……。」
か細くて聞き取り難いはずの声が、妙に頭の奥まで響いた。
ちょっと押したら倒れそうなほど弱々しい身体が、妙に頼もしく見えた。
涙が浮かんでいて頼りないその瞳が、妙に心の深いところにまで焼き付いた。
それを聞いた秋子はにっこり笑いながら、あゆの肩に優しく手を乗せて椅子に座らせた。
「私も、あゆちゃんの言うとおりだと思いますよ。」
秋子は静かにそう言った。
あゆは、不思議なことに、さっきより一層泣き出しそうだった。
「……そ、そうだね……。」
名雪が苦笑いしながらゆっくりと頷き、香里も罰が悪そうにイチゴミルクに手を伸ばす。
(まぁ、多分冗談だったんだろうけど……。)
祐一は心の中で苦笑した。
じゃれあいの中で、意外な側面を見せた面々を横目で見ながら静かに席に戻る。
祐一が席に戻ると、あゆはもじもじしながら祐一に耳打ちしてきた。
「ゆ、祐一君、色々ひどいこと言ってごめんね……。」
「ん?」
何のことか?
特に気にしてもいなかった祐一には、あゆの言葉の意味が咄嗟には判らなかった。
「祐一君が、困ってるみたいだったから……。」
俯いたあゆの言葉は聞き取りにくかったが、祐一は『なるほど』と理解した。
あゆは名雪と香里に押し切られそうな祐一を見て、精一杯背伸びをして名雪に逆らった。
真琴の時は祐一に身体を張って反発した。
夜の会談で分の悪い名雪を庇ったのは、祐一が名雪を押し切りそうだったからだ。
あゆはこの間から”バランス”を取ろうと躍起になっているようだ。
そんな不器用な心遣いが、有り難くもあり、むず痒くもあった。
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