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〜外典〜
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Ophanim
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第7話 Wheel of Fortune:Cパート
目次
「栞……。風邪はもう良いのか?」
祐一はとりあえず受付を離れて栞とともに待合室に戻った。
「まだです〜。」
栞は嬉しそうに嬉しくないことを言った。
「じゃあなんでアイスなんだ?」
祐一は栞の代わりにぶるっと一つ身体を震わせた。
「寒い日に部屋を暖かくして食べるアイスクリームは最高の贅沢なんですぅ〜。」
栞はそう言うと、幸せそうにまた一口アイスを口に運んだ。
あぁあぁ確かにそうだろうよ、と祐一は内心で毒づいた。
真夏の暑い日にがんがんにクーラーをかけた部屋の中で熱いラーメンを食べて暖をとる。
真冬の寒い日にばりばりにヒーターをかけた部屋の中でかき氷を食べて
きーーん
となる。
ちょっとした倒錯感も手伝って無情の喜びに浸れるだろう。
大人だったら真夏にクーラーの利いた部屋の中で飲むビールよりも、汗だくになってでも屋外のビアホールで飲むきんきんに冷えた生ビールに惹かれるだろう。逆に、凍えるような雪の降る中、露天の岩風呂につかって熱燗を
きゅーっ
とやる、など、ちょっとした文化(?)と思えるような楽しみ方はごまんとある。
だが、今二人が置かれている状況はそれとは根本的に異なる。
「寒くないか?」
「もちろん寒いですよ。」
笑顔を絶やさずに応える栞は、確かにストールを羽織ってはいるが、短いスカートから覗く膝が寒そうだった。
「でも、暑いよりはいいですよ。服をたくさん着ることはできますけど、服を脱ぐことができる枚数には限りがありますから。」
それは一理ある。
だが、この場でアイスを食べる説明にはなっていない。
二人は病院の中庭にあるベンチに座っていた。
中庭だから当然屋根はない。
「それに、暑いと雪だるまが溶けてしまいます。」
一瞬だけ。
儚げな、悲しげな表情を見せた後、不意に、にこっと微笑む。
「祐一さん…。今の台詞、ちょっとかっこいいですよね?」
「いいから、さっさと食べてくれ。」
放っておくといつまでも寒いことの利点を挙げ連ねられそうだ。
「うわっ、ひどいですよ。これでも一生懸命考えたんですから…。」
非難するように唇を尖らせる。
「そんなの考える時間があったら、風邪を治すことを考えろっ。こっちが風邪引きそうだ。」
そう言われて思い出したように、また一掬い大事そうに掬って口に運ぶ。
「美味しい…。」
木のスプーンをぱくっとくわえて、栞が嬉しそうに目を細める。
「この季節は、ゆっくり食べてもアイスクリームが溶けないからいいですよね。」
また冬の良さを一つ数え上げる。
ちなみに祐一はもう限界に近い。
「そんなに大事そうに食べなくても、また買ってやるからさっさと食ってくれ。」
名雪を待っていた時でさえこんなに寒く感じなかったのは、隣でアイス何ぞを食う奴がいなかったからだ。
見ているだけでも寒い。
「名雪さんってどんな人ですか?」
「
うっ!
」
それを言われるとそれ以上強くは言えなくなる。
「こ、コーヒー買ってくる。」
「名雪さんのことを教えてくれたら行っても良いです。」
栞の顔が小悪魔に見えて仕方がない。
「栞、ちょっとお尻を見せて見ろ。」
「わ〜っ、
そう言うこという人本当に嫌いですっっ!!
」
顔を真っ赤にして必死に否定されて初めて、この子がたった一つ下の
”女子高生”
であることに思い至る。
「あ、いや。悪い。そう言う意味で言ったんじゃない。後ろ向けって言う程度の意味で……。その、悪魔の尻尾があるかと思ってさ……。」
「
そんなのあるわけないです〜っ!
」
ぷくーっ
と頬を膨らす表情はまだあどけない。
だが、年頃の女子高生であることは疑いないのだ。
名雪のことが気になるのも頷けないこともない。
「名雪は俺の従姉妹でただの幼馴染みだよ。」
栞に気を持たせるつもりもないので、必要以上の説明もしない。
だが、栞の方でも特に祐一に気があって聞いたわけでも無いらしい。
何故ならば、
「それじゃあ……。」
と言って聞いた言葉が栞と全く関係がなかったからだ。
「は?何だって?」
祐一は目を丸くして聞き返した。
栞はにこにこと楽しそうに同じことを繰り返した。
「それじゃあ、祐一さんは名雪さんと佐祐理さん、どっちが好きなんですか?」
仕事以外の用事で車を動かすのは久しぶりだ。
家にそのままに置いていけないあゆと真琴もついでに乗せて、秋子は車を静かにスタートさせた。
「
わぁっ!
」
「あぅっ。」
ことの重大さも忘れて、あゆと真琴は窓に顔を張り付けた。
歩道側の街はまだお正月の飾りが残っていたり、成人式に向けたセールが広告されていてそれなりに綺麗だ。
「まこちゃん、反対側で見ればいいでしょ?」
「
うーっ!真琴もこっちが見たいっ!
」
片側の窓に二つの顔が押しつけられる。
「判ったよ。じゃあボクがあっちに行くよ。」
あゆが物わかりの良いところを見せて反対側の窓に移動する。こちら側は車道側だが、それでも反対側の店が見える。面倒がって「Merry Christmas & Happy New Year」などと書いた店がまだしぶとくクリスマスの飾り付けを残していた。
「わぁ……。」
あゆは目の前を過ぎ去っていった雪化粧のクリスマスツリーに目を奪われていた。
「あぅ?」
あゆの声を聞きつけた真琴がぐるり、と顔を回す。
ずいっ
、とあゆの脇の下から顔を覗かせた。
「えへへへ、まこちゃん、くすぐったいよ。」
あゆは自分の場所を取られたことを少しも気にせずに、また場所を交換した。
そうすると真琴もまたあゆにじゃれにいく。
(少しだけ運転しづらいわね。)
物理的にうるさいとか、精神的に気が散るとかではなく、二人の楽しそうなやりとりについ目を奪われてしまう。
秋子は名雪のために青信号を、背後の二人を見守るために赤信号を望みながら、自動車をそろそろと運転していた。
かたん
。
「お帰りなさいませ。」
微かに音を立てたのが運の尽きか、それとも、もともと他に選択肢など無かったのか。
はっきりしているのは、この玄関をくぐった瞬間に、佐祐理は佐祐理でなくなり、
”倉田佐祐理”
として行動しなければならない、ということだ。
「いつもご苦労様。」
佐祐理もね、と自分で自分に労いの言葉をかける。
「お手紙が2通届いております。」
いつもの順番で声がかけられる。
昨日は何時に戻られましたか、などと咎めることもない。
言いつけられた仕事以外のことは口にしない。
「そう。」
久瀬という差出人の名前を確認して、そのまま開封せずに屑籠に入れる。
要するに、毎日届いている
”生徒会への勧誘のお手紙”
が二日溜まっただけだ。
「お食事になさいますか?それとも、湯浴みなさいますか?」
湯浴み……。
この、妙に時代を外れた表現が、時に不快に思えることもあれば、逆に仰々しすぎて非現実的に思え、気楽になることもある。
今日は後者だった。
「そうね。先にお風呂に入るわ。」
佐祐理は手早く身支度を整えると浴室に向かう。
舞が患畜を連れてこない以上、今日は動物病院を開く当てがない。
その分ゆっくり風呂に入れるというものだ。
権爺…。
正しい名前は知らない。
名無しの権兵衛が歳を取っているから権爺と呼んでいた。
彼とまともに口を利かなくなったのはいつからだったか……。
「多分、あれからだわ。」
一切の終わりと一切の始まり。
そこに行き着くに違いない。
思い出す毎に今もしくしくと痛む胸の奥。
佐祐理はじっと自分の胸の谷間を見つめた。
これを内側からひっくり返してやりたい。
何度そう思ったことか……。
いや、可能なら、今でも……。
”合格。”
不意に脳の中に声が響いた。
え?
「俺の嫁に。」
そう言ってくれた人が居る。
「佐祐理さんだけでいい。」
多分冗談だと思う。
佐祐理は頭が悪くて……罪深い子です……。
それでも、彼なら、きっとまた
「いいんだよ。器量があって、料理さえうまければ。」
と、そう言ってくれる。
そんな気がする。
もう少しだけ、頑張ってみよう。
誰かが必要としてくれるかもしれない。
だからまた、お弁当を作ろう。
来てくれないかもしれないけれど、心を込めて作ろう。
昨日までは舞がいてくれた。
明日からは二人がいてくれると良いな。
それを願って、お弁当を作ろう。
「あぁ…、佐祐理ってやっぱり馬鹿ね……。」
残念、明日は日曜だった。
「ねぇ、名雪さんと佐祐理さん、どっちですかぁ?」
三度目。
栞は目を輝かせて祐一の答えを待っている。
「あのなぁ…。」
しかし、答えなければ答えないでまた別の問題が待っていることも確かだ。
「別に本気で悩まなくても良いですぅ〜。ただ、男の人が選ぶならどっちなのかなぁって…。」
「どっちって…。そんな、何も二人から選ばなくても良いだろ?」
それは聞きようによっては墓穴掘りやさんだが、祐一にとって幸いだったことに、栞はそこまでは鋭くなかった。
「幼馴染みと、お金持ちです〜。」
栞はちょっとだけ妥協してくれたが、それでも既に具体的な名前が挙がっている以上、大した譲歩にはなっていない。それにしても…。
「あ、佐祐理さんってやっぱりお金持ちなんだ。」
今日のお弁当の内容で薄々感じてはいたが……。
「あ。佐祐理さんを選びますか〜。」
やっぱり〜、とちょっと悲しそうな顔をする。
別に祐一としては佐祐理を選んだ、と言う認識はないのだが、はっきり否定すると名雪を
”選んだ”
ことになり、それを否定すると更に
”佐祐理を選んだ”
印象を強くしてしまう。ここは無難なところに落ち着いたことを幸い、誤魔化してしまうに限る。
「なんだ、なんだ?何の話だ?」
祐一はさりげなく話題を変えた。
「今私が見ているドラマの話です〜。」
おっとっと。
名雪が昨日涙ながらに抗議した例のドラマか。
うっかり佐祐理、すなわち、お金持ちの方、と言ってしまったが、それは話の筋を話したことにはならないだろう。
「栞はドラマが好きなのか?」
「私、こう見えても放送されているドラマは全部見てますから。」
にこっと笑いながらちょっとだけ胸を張る。
「ちょっと意外だな。」
「そうですか?」
不思議そうに首を傾げる栞。
「ドラマっていうところがな…何となく…。」
子供向けアニメや少女漫画が似合いそうな…、と言いかけて栞の鋭すぎる視線に気がつく。
「何となく、何です?」
顔は笑っているが声は座っている。
「いや、何となく、ち、知的な感じがあったからなぁ……。」
祐一は自分の立場を思い出して必死に誤魔化した。
「病院にいると、本を読むかテレビを見るくらいしか、やることがないんです。」
栞はあっさりと機嫌を直すとそう言って微笑んだ。
「ドラマだと結構お約束なシーンとかあるだろう?」
だから俺は見ない、と祐一は嘯いた。
一度見逃してしまうと興味も半減するし、何より、先の読めるお約束ドラマのために毎週毎週同じ時間を拘束されるのは嫌だ。
そうですね、と栞は一瞬微笑んだ。
「でも、私はそういうお約束は嫌いではないです。」
栞は案外な言葉を意外にもはっきりとした口調で述べた。
「だって…お話の中でくらい、ハッピーエンドが見たいじゃないですか。」
ぴりっと、祐一の背中に何かが走る。
辛いのは、現実だけで充分です……。
栞が口の中で呟いた言葉が聞こえてしまった。
何かを言わなくては、と思っているのに声が出ない。
そんな祐一を放っておいて、栞は再び言葉を継いだ。
「幸せな結末を夢見て…そして、物語が生まれたんだと、私は思っていますから。」
どこか寂しそうに笑いながら、小首を傾げる。
「ちょっと、かっこいいですよね。」
その微笑みが合図になったように、ようやく祐一は動くことが出来た。
「あぁ、早く次の放送にならないかなぁ〜。」
栞はあのドラマの結末を知らない。
なんとなく、栞に早くあのドラマの結末を見せてやりたい、と思った。あのドラマがそんなに期待するほどのことでないことを教えてやりたい。そして、そんなことに時間をかけずに、もっと他のことに目を向けて欲しい、と思った。
あのドラマの結末……。
それは香里が持っているはずだ。
だが、香里は栞を知らない、と言った。
栞はお姉ちゃんがいる、と言った。
「なぁ、栞。香里と喧嘩でもしたのか?」
どうして最初の質問にそれを選んでしまったのか、今の祐一にはどうしても判らなかった。
<続き>
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