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〜外典〜
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Ophanim
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第7話 Wheel of Fortune:Bパート
目次
ぱーぷー
ぱーぷー
ぱーぷー
……。
祐一がどうにかショックから立ち直って体育館に向かって歩いていると、不吉なサイレンの音が離れていった。
(おぉ…。だが、残念だったな。祐一様の手はちゃんとついてるぜっ!)
祐一は
ぶんぶん
、と両手を振ってその存在を自身で噛み締めた。
(それにしても、ちゆ…じゃなかった、舞の奴、再会のお祝いに手打ちとはひどい奴だ。)
缶コーヒー一つでも名雪の方がまだ可愛気がある。
(みみず腫れになっちゃったじゃないか…ってあれ?)
手の甲に出来たはずのみみず腫れが無くなっている。
触ってみても痛くない。
(……ま、いいか。らっきー。)
深く考えても仕方ない。
無いと困るものが残っていてあっても困るものがなくなったのだから何も言うことはない。
(ふっ、美汐の予言だか何だか知らないが、残念だっ……。)
祐一の、
”残念だったな”
、という言葉は心の中ですら途切れた。
何故なら、美汐の予言の対象は祐一ではないことを思い出したからだ。
対象者は、山羊座の人。
(まぁ、待て。待てよ、相沢、祐一……。)
祐一は敢えて歩みを緩めた。
山羊座の対象者は世界に5億人。
5億人が一気に不幸になるなら、それはそれで壮観だ。
だが、不幸から逃れられない、という意味だったら?
足は速いが年中ぼぉっとしていて、練習中に居眠りでもしようものなら何があっても目を覚まさないような奴だったら?
美汐が
”直接”
名雪の名を呼ぶのを憚って、遠回しな表現をしたに過ぎなかったら?
緩めたはずの歩みはいつの間にか早足に変わっていた。
屋上に通じる階段から体育館に向かう廊下へと入ると、歩く生徒の数も増えてくる。
「さっきの救急車、なんだ?」
「なんだか体育館で事故だってさ。」
そんな会話を耳にしたとき、祐一の早足は駆け足へと昇華していた。
「それで、先生。教団の勧誘方法ですが?」
「そうですね。まず、街で
”驚異的治療”
や
”奇跡の数々”
などといったビラを配り、自分たちの存在をアピールします。但し、これはあくまでも表向きの行動です。」
沢渡真琴の記憶を呼び起こした事件は案外大きなものだった。
その上、この街の近く、この地方の最も大きな都市で起きていた。
ワイドショーは勿論、地元の地方ニュースでさえもその事件で持ちきりだ。
「……ターゲットを絞る点がこの教団の特徴でしょうか?そのために、意図的に入院する信者が用意されていたのです。ターゲットと同じ病室に入り込み、ターゲットとともに
”自分の病気が治らない”
ことを嘆き合います。無論、本当は健康なので、夜中にターゲットの点滴などに細工することも可能です。こうしてお互いに病状が徐々に進行していくように見せかけることによって強固な信頼関係を作った後、『一か八か、”あらたの会”にお願いしてみることにした』などと言ってそこを出ます。そしてしばらく一般の生活をして体力を戻した後に、『完全に良くなった』などと言ってターゲットに入会を誘うのです。」
こうすることによって築いたターゲットとの信頼関係から受取人を教団にした遺言状に書き直させ、その後に殺す。
「時間はかかりますが、それなりの蓄財のあるターゲットを選んでおりましたので……。」
秋子は
くすり
、と笑った。
悠長なことだ。
しかし、確実だ。
だが、恐らくは、……少なくとも、新谷真なる人物は、決して当初から殺すつもりではなかっただろう。
信じていたはずだ。
治ると。
治せると。
治せたはずだと。
それが、既に、遅すぎたことにも、気付かずに……。
「秋子さん、もう変えても良い?」
ケーキを食べ終わったあゆが足をぷらぷらさせながら聞いた。
「えぇ、いいですよ。あら、あゆちゃん、クリームついてるわよ。」
秋子はハンカチでそっとあゆの口の周りを拭く。
あゆはぎゅっと目を瞑ってされるままになっていた。
「あぅ?」
皿を舐めていた真琴がその様子を見上げる。
「あらあら…まこちゃんも鼻のてっぺんにクリームつけちゃって…。」
ちょっちょっ、っとハンカチで真琴の鼻を撫でようとする。
真琴はあゆとは対照的に鼻に触られまいと顔をぶんぶん振ったが、最後は捕まって綺麗にされてしまった。
「さて。ちょっと電話しましょうかね……。」
秋子はそんな独り言とともに立ち上がる。
ぴぽぱっ
…。
「ん?」
「私です。」
「あ、あぁ……。久しぶり……。」
声の主は戸惑ったような、困ったような…、…あるいは嬉しさを押し殺したような声を上げた。
「ニュース、ご覧になりまして?」
「いや…あ…いや、あ、今見た。」
どたばたと、何かが落ちる音がする。
「苦しくなりますが、何とか持ちこたえて下さいね。」
「お、あ、あぁ。」
最後まで要領を得ない会話だったが、秋子は満足そうに受話器を置いた。
水瀬家に激しい着信の音が鳴り響いたのはその直後だった。
体育館は見た目には何も変わっていなかった。
部外者の、何も知らない目には一見すると何が
”事故”
なのか判らない。
走り高跳びのバー、きちんと並べられたハードル、障害物競走のネット、タイムを計る電光掲示板……。
さぁ、仲間外れはどれ?
「……って、障害物競走?」
正解。
障害物競走のネットに見える、それが、倒れてしまって未だに元に戻せないでいる防護ネットとそれを支える支柱だ。ちなみに鉄製。
倒れている、と言うことは当然その前はきちんと立っていた、と言うことになり、そこに想像が行って初めて大惨事の意味が分かる。元に戻せないでいるのは体育館の床に半分めり込んでいるからだ。
「名雪は……?」
きょろきょろと辺りを見回す。
見慣れた姿が目に入らない。
この状況で眠っている奴を捜せばいい、などという冗談すら浮かんでこない。
近くにいた部員らしき者を捕まえる。
「あの、水瀬さんは?」
「部長ですか?部長は救急車に……。」
目の前が一瞬でブラックアウトする。
いやっ!
まだだっ!
祐一は眩暈の途中で足を踏ん張った。
「
ありがとうっ!
」
辛うじてそれだけを叫び、走り出す。
病院に行って間に合えば、呼び戻す自信がある。
どこから?
それは、考えたくない。
だが、たとえ絶望的な状況にあったとしても、呼び戻せる。
いや、
必ず呼び戻すっ!
「……でも、毎月じゃなくて毎日が良いな。」
まだ涙の残る顔で、幼馴染みはそう言って笑った。
「そうだな、せめて週に一度くらいだったら前向きに考えてやっても良いぞ。」
あぁ、なんて馬鹿な…なんて馬鹿な…応え……。
「うん、是非そうしてよ。」
あの、笑顔は、戻ってくるのだろうか?
祐一は妙に重い鞄を靴箱に押し込むと、昇降口を走り出た。
行く先も知らないままに……。
コの字型になった校舎の正門と反対側。裏手に
”中庭”
がある。中庭と言っても裏口までの距離を埋めるためのものなのだろうが……。
事実上引退しているため部活に寄れない川澄舞は、中庭にやってきて、すっかり葉の落ちた木の下で先ほどから精神を研ぎ澄ませていた。
街の喧噪も鳥の声も意識の彼方に追いやり、ただひたすらに音を聞く。命の音を……。
ふぅっ。
すーーーっ。
瞬間。
舞の目がかっと見開かれ、剣先が煌めく。
ぱちっ!
乾いた音を立てて、雪の欠片が四散した。
顔に雪の破片が飛び散って、頬を濡らす。
煌めいたように見えた剣先には水が滴っている。
木の枝にはまだ溶け残った雪が所々残り、絶え間なく水を滴らせているのだ。
舞の制服はすっかり濡れ、髪もまたしっとりと濡れて漆黒の艶を増している。
その木の下で、舞は、時折落ちる大きな雪の固まりだけを待って、ひたすらに精神を集中し、一瞬に賭けて剣を振るっていたのだ。
「少し、聞こえた。」
満足そうに頷く。
適当に勘を働かせていたのでないことは、これまでの的中率から明らかだったが、舞が満足したのは今の一度だけだ。それは、
”声が聞こえた”
からだ。
微かな変化だが、全く聞こえなかったこれまでよりは格段の進歩だろう。
舞は剣をもう一度振るって水を払うと、腰に収めなおした。
「動かす者……。」
意味不明の言葉を放ちながら足を動かすと、思いの他の疲労で足がもつれる。
ぐっとこらえて家路につく。
その表情はいつもと変わらないものの、どことなく自信に溢れていた。
がっ
。
除雪された雪の固まりを蹴り上げてしまった。
あまりの痛みに一瞬顔が歪む。
走り詰めで疲れたこともあって、祐一は目に入った近くのベンチに座り込んだ。
靴を脱いで爪が割れていないことを確認する。
病院はもう目の前だ。
焦ることはない。
……
なんてことあるかっ!
祐一は靴を履き直すと、再び病院に向かって走った。
今度は迷わずに受付に飛び込む。
「
さっき搬送されてきた、水瀬名雪の従兄弟ですっ!名雪に会わせてくださいっ!
」
ぽかん、とする看護婦の態度がもどかしい。
「えーーっと?さっき、ですか?」
祐一をいらいらさせるに充分な時間をおいた後で、看護婦の一人がほわーんとした態度で聞き返す。
「
そうですっ!
救急車で運ばれた……。」
「一番最近の患者さんで、皆川さんっていう方がいらっしゃいますが、その方でしょうか?従兄弟、なんですか?」
首をほとんど90度に傾げながら、看護婦が聞いてくる。
「それかもしれません。とにかく、面会を……。」
「あの、従兄弟って言うと、ご両親の兄弟の、息子さん?」
ぷちっ!
「
あったりまえだろっ!
」
祐一は身を乗り出して看護婦の胸ぐらを捕まえ……そうになって背中を引っ張られた。
「祐一さん、大きな声出したら駄目ですよ〜。」
ぶんっと音が出そうな勢いで振り返ると、そこには、幸せそうな顔でほえほえ、と笑う栞がいた。
「
だけどなっ!
」
「わ〜、大きな声出す人嫌いですぅ〜。」
栞は両手をばたばたさせて祐一の口に蓋をした。
「だ、だけどなぁ、栞。名雪がここに運ばれたのは間違いないのに、こいつらが隠すから…。」
祐一は心持ち静かな声でそう説明した。
「ほえ?そうなんですか?この病院で間違いないんですか?」
栞は唇に人差し指を当てて考え込むような顔を作った。
「だって、他に病院あるのか?」
「いっぱいありますよ。」
……。
そうか。
祐一はくるっと身体を回した。
根本的なところに間違いがあったらしい。
「どうも……お騒がせしました……。」
静に頭を下げる。
「いいえぇ。急患の親族の方は大概そんなものですよ。」
受付の女性看護婦は気を悪くした様子もなくそう微笑んだ。
「今、他の病院にも電話をかけてますが、それらしい人は運ばれていませんね。それは良い誤報だったんじゃないですか?だって、皆川さんはもう90になりますもの。」
その従兄弟だって言われても、と、一層優しい笑顔を作ってくれるが、祐一は恐縮するばかりだ。
「そ、それはどうも…。お手数をおかけしました…。」
祐一が頭を下げた、その頭越しに、
”あっ”
と小さな声がかかる。
「
な、何かっ!?
」
素早く頭を上げた祐一は身を乗り出していた看護婦と危うく衝突するところだった。
「いえ、美坂さんにありがとう、って言おうと思っただけですよ。」
一瞬だけ顔を引きつらせた看護婦だったが、すぐに立ち直って柔らかく応対する辺りにプロ魂を感じる。
「それにしても、随分心配なさってるんですね。名雪さんのこと。」
くすっと笑われる。
体温が10度ほど上昇したかと思える。
「
ばっ
、い、
いやっ
そっ、そんなことはっ……。」
「うふふ、照れない照れない……。」
看護婦は勘違いしたまま持ち場に戻っていった。
まぁ、日常生活でそれほど接点のない人に誤解されるくらいはいいか、と諦める。
「えへへぇ、照れない照れない……。」
ストールを肩に羽織った可愛い視線が意味ありげに笑っている。
……はぁ。
「栞、何か食べたいものないか?」
「うーん……。何でも良いんですか?」
嬉しそうな笑顔がちょっと小悪魔的だ。
「そこの売店に売ってるものならなんでもいい……。」
但し。
「一個だけだ。」
「えぅ〜……。」
全部、と言いかけた口が無念そうに鳴き声を上げていた。
<続き>
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