| Canon 〜外典〜 | 前話 |
| by Ophanim | 次話 |
| 第6話 当たるも八卦、当たらぬも…:Dパート | 目次 |
-
「……いただきます。」
「わっわっ、舞、も、もうちょっとだけ待ってよ。」
佐祐理は舞が弁当の包みに伸ばした手を掴んだ。
「…じゃ、学生食堂に行く。」
「ま、待ってよ〜。まだ約束の時間にもなってないよ〜。」
珍しくさっきから落ち着かない友人を必死の思いで引き留める。
一体どうしたというのだろう?
佐祐理の友人、川澄舞……。彼女は確かに無愛想だし、話しぶりもぶきらっぼうだ。だが、人見知りするタイプではない。単に誰に対しても無愛想なだけで……。
しかし、今日の朝佐祐理が
「今日のお昼には特別ゲストをお招きしました〜。」
と、いつもの調子で軽く話しかけたとき、舞は脱兎の如く佐祐理の前から逃げ出したのだ。佐祐理の健脚でどうにか追いついたものの、午前中いっぱいことある度に追いかけっこをする羽目になった。まぁ、そのおかげでいつも以上にお腹を空かせた舞を、”今日はタコさんウィンナーいっっっっぱいあるんだけどなぁ”という一言で釣ることが出来たのだが……。
「タコさんウィンナー、我慢する……。」
舞は強い意志で立ち上がった。が、佐祐理の
「……卵焼きもあるんだけどなぁ……。」
という一言。これであっさり誘惑に負けて座り直す。
舞が座り直したとき、祐一の姿が現れた。
「あははー、舞の好きなもの色々作っておいて良かった〜。」
佐祐理はほっとして笑顔を漏らした。
「こんちわ、佐祐理さん。と、えーと…え?……。」
祐一の言葉が止まる。
もう一人いるのは判る。
昨日もそのような話を聞いていたし、舞、と言う耳慣れない名前も今佐祐理の口から聞いている。
「…ふぇ?どうしたの?舞?照れてるの?」
だが、そのもう一人…舞…が佐祐理の背中にぴったりと身体を寄せて隠れているのだ。
「と、とりあえず、座って良いかな?」
祐一は佐祐理が頷くのを確認して、踊り場に敷いてあるビニールシートの一端に腰を下ろした。
「はい、どうぞーっ。」
佐祐理がその上に重箱のような弁当箱を並べて、両腕を開いてみせる。弁当箱を開くと何とも言えない良い香りが立ちこめる。その匂いに釣られて、舞がそーーっと顔を覗かせる。
「よぉ。」
しかし、祐一が手を挙げると、再びさっと顔を隠してしまった。
「………どうしたんだ?」
「さ、さぁ?今日の舞、変です。」
佐祐理がさっ、さっ、と頭を左右に振るのに合わせて、舞もまた頭を振って隠れる。
「さ、佐祐理さん。先に食べちゃっていいかな?」
切りがない。
祐一は得体の知れない”舞”に関わっている暇はない、と判断した。
「ふぇ…ちょ、も、もうちょっとだけ待って下さい〜。」
佐祐理はそう言うと、えいっと両手を背中に回した。
(そんなんで固定できるはずがないだろう?)
祐一は呆れ返って佐祐理の姿を見つめた。赤ん坊を背負うように手の平を合わせるならまだしも、佐祐理の取った格好は両腕を広げた延長に過ぎず、肘で相手を押さえているだけだ。
だが、次の瞬間祐一の背筋は凍ることになる。
「舞。舞が動くと私の肩、脱臼するからね。」
「う……。」
強烈な脅しだった。
身動きできなくなった舞を後目に、佐祐理が少し頭をずらす。
ようやくまともに顔を見ることができた。
「祐一さん、私の親友の川澄舞です。」
親友を強烈に脅迫したことは無かったことになったかのように、佐祐理は笑顔で祐一に紹介した。その行動と表情のあまりのギャップに祐一は肝を潰した。だが、その親友の言葉は更に祐一を驚かせることになる。
「知ってる……。」
舞は諦めたようにそう呟いて、のろのろと佐祐理の背中に寄りかかった。
「じゃ、どうして逃げたりしたの?」
全く面識のない少女に”知っている”と言われて衝撃を受けている祐一を取り残して、佐祐理と舞の会話が続いていく。
「……。」
「恥ずかしかったとか……。」
こく、と頷く。
「あははーっ、舞、やっぱり照れてたの?」
「違う……。」
明るく笑う佐祐理の顔をも凍らせるような真剣な表情があった。
「…………………会わせる顔がない。」
その言葉通り、舞は佐祐理と祐一の間に座り、正面を向いたまま、一度も祐一と目を合わせようとしていなかった。
「会わせる顔ったって、こっちは初対面だぞ?」
祐一はようやく口を開いた。
「ふぇ?」
佐祐理は不思議そうに祐一と舞の顔を見比べる。
「好きなだけ、刺しても殴っても、いい。」
気が晴れるまで、と言って腰に下げていた木剣を祐一に差し出す。
「って、気が晴れるも何も……。」
「許してくれるのか?」
「許すも何も、別に恨みがあるわけじゃなし…。」
そもそも初対面だ、と繰り返す。
「そうか……。」
舞はほうっと一つため息をつくと、初めて正面からまともに祐一の顔を見た。
「……相沢、祐一。」
動かすもの、と続ける。
「は?当たってるけど?」
「10年前に、初めて会った。」
「え?」
祐一はもう一度まじまじと相手の顔を見つめた。
じーーーーーーーーっ。
「えぃっ!」
ごちっ!
「痛っ。」
顔を目一杯近づけたところに、佐祐理が舞の頭を押したのだ。
目から火が出た……。
祐一は頭を押さえながらそんなことを考えた。
「祐一、痛い……。」
「って、俺のせいかっ?」
祐一は顔を上げて舞に食ってかかる。
だが、舞は平然としている。
「祐一が顔を近づけるから佐祐理が悪戯したくなった。」
えぇ???
「そ、そうなるのか?」
こっくり、と頷く。
「う、あ、え?そ、そうかな?それは悪いことをしたな。」
「でも、佐祐理は頭ぶつければ思い出すかと思って……。」
「それでも一緒。」
佐祐理の出鱈目なショック療法が効いたのだろうか?
今の会話に、なんとなく懐かしさを感じる。
「………やっぱり、どっかで会ってないか?」
「だからそう言ってる。」
ちなみに、私は舞とは呼ばれてない、ととんでもないことを言い出す。
「おぃ〜それならそうと、最初から言えよ。」
「私は自己紹介してない。紹介したのは佐祐理。」
そう言われればそうだ。
祐一は妙に納得した。
頷いた拍子に視界の中に舞の木剣が飛び込んでくる。
「あ、待て………。」
祐一の脳裏に突然浮かび上がる光景……。
『……なぁ、これで遊んで良いか?』
『だめだよ。これはおもちゃじゃないんだよ。』
10年ほど前、この子と会ったときの会話ではなかったか?
『おもちゃじゃないのか?危ないなぁ』
『危なくないよ。大事なんだよ。』
「……ちゆ、か?」
祐一は記憶の大地から”川澄舞”からは全く想像もつかない名前を掘り出した。
舞が心持ち嬉しそうにこっくりと頷く。
「そうか、お前が……あのちゆか……。」
朧げな記憶の中にすら、楽しかった日々の破片をいくつも思い起こせる。
「ちゆってなんですかー?」
一人会話から取り残されていた佐祐理が不満そうに二人の世界に踏み込んでくる。
「いや、何でかは忘れたけど、俺は舞のことをちゆって呼んでた。」
「あははーっ。じゃあ、佐祐理のこともさゆって呼んでくださいねぇ。」
………。
「い、いや、それはちょっと……。」
既に”あゆちゃんとなゆちゃん”がいる状態に”ちゆちゃんとさゆちゃん”が増えたらこれ以上なく混乱することは間違いない。
「ふぇ?駄目ですか?」
佐祐理が少し悲しそうな表情になる。
こんな時は誤魔化すに限る。
「そんなことより、冷める前に弁当にしよう!」
祐一は元気にそう言って万歳をした。
「あははーっ、ですよねぇーっ!」
佐祐理はあっさりと機嫌を直す。
「……もともと冷えて……。」
「いやーっ遠足みたいで楽しいなぁっ!」
舞の指摘に被せるように祐一は大声を出した。
「やっぱりご飯は机で食べるより、こうやって地べたに座って食べたほうが美味しいと思うんですよ〜。」
「しかも、豪勢な弁当だ。」
おかずの入った弁当箱とご飯だけのものが3つずつ。
「祐一さん、お箸、これでよかったですか?いっぱい食べてくださいね。」
色とりどりのおかずが盛られた弁当箱のひとつが祐一の目の前に置かれた。一つ一つの”おかず箱”に入っている中身が違っている、ということは、各自がそれぞれ好きなおかずをつついて食べる、と言うことだろう。ますます遠足じみてきた。
「それじゃあ、遠慮なく戴くことにするよ。」
と、祐一が言っている間に、舞はひとり黙々と弁当箱をつつき始めていた。
「あははーっ、舞、お腹空かせてたもんね。」
「……。」
こく、と口を動かしながら頷く。
「それでは、いただきまーす。」
祐一の視線の中、佐祐理の元気な声が響く、その明るい表情の前を舞の頭が通過する。
「………。」
もぐもぐ……。
場の雰囲気などお構いなしに黙々と食べ続けている。
余程お腹が空いていたに違いない。
(それとも、余程美味いのか?)
その答えは食べてみなければ判らない。
祐一は、弁当箱に盛られたおかずをつついてみることにした。
ぱくっ。
「ぐおぉ…。」
途端に苦悶の表情を浮かべる祐一。
「どうしました?」
心配そうに佐祐理が聞く。
「ごっつ、うまい…。」
思わず関西弁になってしまうほどの巧の味だった。
祐一は手近にあった牛肉の甘露煮のようなものを戴いたのだが、冷めることを前提とした濃いめの味付けに加え、もっちりとした食感も損なわれないよう工夫されている。見た目だけではなく、食べる人の状況を考慮にいれた絶妙のバランス感覚だ。
なるほど、これなら舞の態度も頷けるというものだ。
「合格。」
「何にですか?」
「俺の嫁に。」
「あははーっ、こんなことで祐一さんのお嫁さんになれるんだったら世の中の女性みんな祐一さんのお嫁さんですよ。大変ですね〜。」
佐祐理は安心したように明るい笑顔を振りまいた。
「そんなにいらないよ。佐祐理さんだけでいい。」
ついついそんな軽口が出てしまう。
病院ではちょっと場違いだったが、基本的に人当たりのよい佐祐理の前だからこそ、だろう。
「ありがとうございます。でも佐祐理は頭悪い子ですから、祐一さんには釣り合いませんよ。」
「いいんだよ。器量があって、料理さえうまければ。」
「じゃあ、もっと頑張ることにしますよ。祐一さんに釣り合うように。」
冗談なのだろうけど、そこまで言ってもらえるとは男冥利に尽きるというものである。
すると、私がいることを忘れているのじゃないか、とばかりにまた舞が祐一の視界の中に頭を突っ込む。祐一と佐祐理の会話に関係なくマイペースで食べていた舞だったが、その箸が止まった。
舞の視線が祐一の前に置かれた弁当箱に注がれている。舞のお目当ての食材が祐一の近くにあって箸が届かないらしい。
「どうした、取ってやるぞ。何が欲しい?」
「……………卵焼き。」
祐一は注文どおり、卵焼きを割り箸で掴んで舞の弁当箱の蓋の上に置いてやった。
舞はこくっと頷いて、無言のままに口に運ぶ。
ひとしきりもぐもぐした後、また祐一の方をじっと見る。
「今度は何だ?」
「…タコさんウィンナー。」
箸の先を口の中に詰めたままで小さく呟く。
「舞はタコさんウィンナー好きか?」
「…嫌いじゃない。」
「よし、そうかっ。」
差し出された蓋の上にタコさんウィンナーをのせる。
「………た、たこさんうぃんなーっ!」
佐祐理が祐一に弁当箱の蓋を突き出した。
「佐祐理さんの場所からは届くじゃないか……。」
そう言いながらも、悪い気はしないので佐祐理の蓋の上にウィンナーを載せてやる。
「舞、こっちの弁当箱に食べたいの固まってるみたいだから、そっちと交換するぞ?」
ついでに舞の前にあるほとんど手つかずの弁当箱とトレードする。祐一が新たに獲得した肉団子をおかずに悠然と弁当を頬張りだしたとき、
「……肉団子。」
「佐祐理も肉団子っ!」
という声とともに弁当の蓋が二つ差し出される。
「……舞はともかく、佐祐理さんはわざとやってるでしょ?」
祐一は楽しそうな笑顔で蓋を差し出している佐祐理を見つめた。
「あははーっ。判りました?」
「はい、なんとなく………。」
佐祐理の蓋は肉団子のある場所よりもずっと祐一に近いところまで到達していた。
<続き>