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| 第6話 当たるも八卦、当たらぬも…:Cパート | 目次 |
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「うん。だから、わたし、今日は部活休むよ……。それに、反省文も書かないとだよ……。」
無理をして冗談に仕立てようとしたのか、力無く微笑む名雪がいた。
「馬鹿か?お前?」
祐一の言葉に一瞬頬を膨らまそうとした名雪だったが、祐一の眼差しに触れて思わず視線を逸らしてしまった。
「山羊座の運勢が悪い?良くないことが起こる?お前な、世界にどれだけ人間が住んでるか知らないけどな……。」
「約60億ね。」
怒気を孕んだ祐一の言葉の中に冷静な香里の言葉が割り込む。
「……ろ、60億らしい。ま、それはそれとして、星占いの星座の数がえーと……。」
「黄道12星座。」
「……その1/12が今日運が悪いってか?馬鹿馬鹿しいにもほどがあるぞ?」
「約5億人ね。」
………。
悪気があるのか無いのか、いや、多分あるのだろう。香里はうっすらと冷笑をほどこした顔で二人を見ていた。
だが、いちいち茶々を入れるな、と文句を言おうとした祐一は、北川の無言のパスを受け取り、逆らわないことにした。
「でもね、天野さんの占いは本当に良く当たって……。なんだか、血液型とか生年月日でもっと絞り込むみたいで……。」
名雪は消え入りそうな声で反論する。
「いいか?血液型が4つ平等にあるとするとだな、その5億人の中で名雪と同じ血液型の人間が……。」
「1億2千500万人。」
「………だ。人生80年としてだいたいお前と同じ歳の人がだな……。」
今度は無理だろう、と勝ち誇ったように香里を見る。
「概算で150万人。」
同じように勝ち誇った表情の香里を見つける。
「おい、ほんとかよ?」
「1億2千500万を80で割るのは確かに大変かもしれないけど、1億2千万だけを割るのは大して難しくないわよ?」
負けた。
この、目から鼻へ抜けるような明晰な頭脳を持った奴に対抗できるだけの理論武装は到底出来ない、と祐一は簡単に白旗を揚げた。
「だ、そうだ。で、更にお前と同じ誕生日を持った人間が……えーと、香里の真似をしてだな、365の替わりに300で割れば……5000人…?」
「違うわよ。30で割るのよ。」
呆れたような顔で香里が言う。
「なんでだ?」
「最初に星座の数で割ってるでしょう?だから5万人。」
香里は別段特別なことをしたわけではない、とばかりに無表情だった。
「ま〜、その、なんだ。おい、締まらないなぁ……。」
祐一はなんとなく格好が悪くなって頭を掻いた。
「だけどな、占いって言うのは、当たったときのことは覚えてて、外れたときのことは忘れるから良く当たるように感じるものだって、何かで聞いたことがあるぞ?それに、ほら、お前と同じ条件の人間が5万人も今日不幸になるって、それだけでもおかしいと思うだろ?」
祐一は俯いたままの名雪に懸命に語りかけた。
「祐一が少しは責任感じてるのは判ったよ……。」
名雪は俯いたままでそう呟いた。
「でも、わたしはやっぱり怖いよ…。大怪我とかしたらもう走れないかもしれないんだよ?折角今まで練習してきたのが、全部無駄になっちゃうんだよ?わたし、怖いよ……。」
机にぽたっと涙が落ちた。
沈黙。
まるでそこだけが異世界のように、あるいは4人の周囲に壁があるかのように、ざわざわとした教室の空気も4人の耳には届かなかった。
「そう、か……。」
その異様な沈黙の中、祐一は絞り出すようにそう言った。
「判ってくれた?」
ぐすっと鼻を鳴らしながら、名雪がもう一粒涙を落とす。
「名雪が、ずっと走るの好きで、選手になりたくて、頑張ってきたって言うのは、判った……。」
祐一は一言一言を区切って話した。
「だけど、お前が、従兄弟の、血の繋がった俺の、馬鹿だけど、香里に計算してもらったけど、格好悪かったかも知れないけど、精一杯の気休めの言葉何かより、他人の、得体の知れない幽霊部員の、当たることが多いかもしれないけど、外れたからと言って何の責任もとる必要のない人間の言葉の方を信じるんだ、っていうことも、よ〜〜く判った。」
名雪は驚いて顔を上げた。
見たこともないような顔で怒っている祐一の姿があった。
いや、見たことが、あったかもしれない………。
「ち、ちが……。」
「しかも、天野が”山羊座”って言っていたのを、お前の言葉に合わせて生年月日に血液型まで絡めて条件をもっともっと厳しくしたのに、全然聞きやしない。」
「え、え、……。」
想像以上の祐一の怒りに触れて、名雪の目から涙はすっかり引いていた。
「だいたい、昨日電話したからその占いを聞いただけで、聞かなかったら知らずに練習行ったんだろ?で、怪我したとして、占い聞いておけば良かったって思うのか?馬鹿馬鹿しい。北川も言ってたけど、それだったら、毎日そいつの占いでも聞いて、一番調子のいいときに試合に出たらいいだろ?ま、その試合に5万人のうちの何人かが出てなきゃいいけどな。」
ばんっとノートを机に叩き付けて、祐一は大演説を終えた。
叩き付けたノートを鞄に放り込む。
「ま、待って、待ってよ……。」
名雪は慌てて祐一の腕を掴んだ。
その力は大したことはない。
振り解くことは出来た。
だが、祐一はそうしなかった。
「……今……。」
代わりに再び口を開く。
「今、心を入れ替えてやる気出すなら、昨日のイチゴサンデーか明日の誕生会か、どっちか一つキャンセルするだけで許してやるぞ?」
「う、うん……。」
名雪は小さく頷いた。
「明日は、わたしだけのお誕生会じゃないから、昨日のイチゴサンデーは、我慢するよ……。」
祐一の真似をするように、少しずつ言葉を句切って気持ちを伝える。
それに呼応するかのように、祐一の顔から怒りの色が少しずつ消えていき、いつもの、どこまでが本気でどこまでが冗談か判らないような表情が戻ってくる。
「しかも今ならもれなく、もし怪我した場合、毎月イチゴサンデーのお見舞いがついてくる特典付きだ。」
「うん、判ったよ……。」
名雪は少しだけ努力をして微笑んだ。
「わたし、練習行くよ……。」
自習時間はまだ少し残っているが、名雪は立ち上がって鞄に教科書を詰め始めた。
「おう、頑張れよ。」
まだ教科書を持っていない祐一は、名雪に比べて相当に軽い鞄にペンケースを放り込む。
「……でも、毎月じゃなくて毎日が良いな。」
ふふっと、笑顔で話す名雪の顔は、もういつものものだ。
「贅沢言うな。」
「うー……。」
困ったように口を尖らす。
「そうだな、せめて週に一度くらいだったら前向きに考えてやっても良いぞ。」
「うん、是非そうしてよ。」
鞄を両手で持って、名雪が席を立つ。
「祐一、先に帰ってる?」
「俺は今日ちょっと約束があるからまだいる。」
実を言うと忘れていたのだが怒った拍子に思い出したのだ。便利なのか不便なのか判らない脳味噌だ。
「じゃ、それ終わったら体育館に寄ってみてよ。練習終わってたら一緒に帰ろうよ。」
すっかりいつもの元気を取り戻した名雪が満面の笑顔でそう話す。
「あぁ、判った。頑張れよ。」
「うんっ。怪我するのも楽しみになったよ。」
「馬鹿なこと言ってないで普通に頑張れ。」
「うん、そうするよ。」
足取りもすっかり軽やかに、名雪が教室を出ていく。
「ほんと、仲良いわね。」
すっかり毒気を抜かれたような、ため息混じりの声がした。
「う、うわっ。香里、いつからいた?」
そんな祐一の言葉には応えず、ただ軽く微笑む。
「仲良いよな?」
「はぅあっ、北川まで……、全く気配を感じなかった。」
「相沢、お前面白い。」
北川は、ぽんぽん、と祐一の肩を叩いた。
「是非我が奇術部へ。」
「俺はピエロかっ!?」
祐一は北川に裏拳を入れた。
「なるほど。そういう使い方もあったな……。」
北川は動じることもなく頷く。
全く、と祐一が悪態をつきながらふと横を向くと、香里が祐一の方を見て笑っていた。
「…どうした?」
「相沢君って、名雪に聞いてたのと一緒だなって思ってね。」
笑顔でそんな意味深なことを言われて気にならない人間がいるだろうか?
「名雪のやつ、俺のことなんて言ってたんだ?」
周囲を窺いつつ、憚るように聞いてみる。
「うん。不思議な人だって言ってた。」
「どこが?」
「そう言うところが。」
だから、どういうところだよ?と聞き返そうとしたとき、一瞬教室の中に静寂が訪れる。
「神様通ったよ〜。」
誰かの陽気な一言を皮切りにまたざわざわ、という喧噪が戻ってくる。
「神様?」
「あら?言わない?今みたいに、みんなが思い思いに話をしているときに、たまにまるで申し合わせたように静かになること、あるでしょう?そう言うときは、みんなが神様がいるのを感じて黙ったんだ、っていうことらしいわよ?」
時計と相談して鞄を持ち出していた香里がつまらなそうに説明した。
「まぁ、あたしは神様なんて信じちゃいないんだけど……。」
ふっと暗い表情がよぎったように見えたが、香里は楽しそうに言葉を続けた。
「今日の名雪、嬉しそうだったね。」
「水瀬なぁ……。」
香里の言葉に北川がすぐに同意する。
「そうか?最後は相変わらずのほほんとしてただけだと思うけど……。」
「今日の名雪、あたしが今までに見た中で二番目に嬉しそうだったな…。」
祐一の言葉を完全に無視して、香里がそう呟いた。
「…一番はいつだ?」
仕方がないので話を合わせてやる。
「相沢君が初めて教室に入って来た時。」
「…そりゃ香里の気のせいだろ?」
「そうかしらね?」
そう言うことにしておきましょうか、と不適な微笑みを崩さない。
「まぁ、そういうわけで、相沢君も結構きついこと言うのねぇ、と思って見てたわ。名雪にしてみれば、気になっている男の子から”俺の言葉が信じられないんだな”なぁんて言われたら、それはもう、選択の余地無いわよねぇ?」
香里はわざとらしく首を振る。
「しかも同棲してるからな。毎日顔合わせないといけないわけだし……。」
北川も香里に同調する。
「香里に北川、頼みがある。」
「なに? 食べ物は持ってないわよ。」
「学食に行くか?」
確かに12時が近いが……。
「お前らは俺の頼みって食い物以外のことは浮かばないのか?それよりも、今のことクラスのやつには黙っておいてくれ。」
「さて、帰ろっ。」
「そうだなっ。」
息のぴったり合った二人を辛うじて引き留める。
「相沢の態度次第だな。」
北川がにこっと笑いながら紙を出す。
「奇術部入部届け?」
「悪いようにはしないって。ここだけの話、実は部室の”術”の字は”卓”の字に変えられてる。つまり……。」
帰宅部。
「北川、お前良い奴だな。香里とはえらい違いだ。」
「聞こえてるわよ?」
まだ辛うじて張り付いている微笑がかえって怖い。
「安心しろ、香里はもっと良い奴だ。」
多分、と言ってみる。
俺も結構チャレンジャーだな、と祐一は思った。
「今日は、これからどうするの?」
幸いなことに、香里は聞こえなかったふりをしてくれた。
案外本当に良い奴なのかも知れない、と祐一は思う。
「ちょっと、行くところがあるんだ。」
「怪しいところ?」
帰る準備をすっかり整えた香里が訊ねる。
「どこだよ、怪しいところって?」
「駅の近くのパン屋。」
祐一はほんの2,3日前の記憶を辿った。駅の近くのパン屋……見かけたような気もするが、特に怪しい、と言われるようなものは目についた記憶がない。
「どのあたりが怪しいんだ…?」
後学のためにも聞いておいた方がいいだろう。
「賞味期限がサインペンで消してあるのよ。」
香里は形の良い唇に人差し指を当てる仕草をしながらそう言った。
「それは…確かに怪しいかもしれない。」
祐一は苦笑しながら応える。
「今度買ってくるから食うか?」
「食わん!」
「でも名雪は気にせず食べるけどね。」
「…あいつは。」
そんなとりとめもない話を転校初日から出来る、という意味では、名雪に感謝するべきところが大きいだろう。
(……香里の言うとおり、さっきはちょっと厳しすぎたかな……?)
ふと気がつくと、押し黙っていた祐一を、楽しそうに見つめる香里に気がつく。
「今日の部活の後は優しく、ね。」
何となく見透かされたような気がした祐一は、それには応えず席を立った。
「また来週。」
「おう、月曜にな。」
いつの間にか準備万端整えていた北川は、ぐずぐずしている祐一を差し置いてとっとと教室を出ていく。
「香里もまた来週な。」
「あたしは明日、行くんだけど?」
相変わらずにこにことした表情で香里がそんなことを言う。
「は?」
「お誕生会、でしょ?招待されたわよ?」
あり得ない話ではない、どころか、そうでない方がおかしい。
「そうか。じゃ、また明日。」
「えぇ。また明日ね、相沢君。」
そう言う香里に軽く手を挙げて、祐一は教室を出ていった。
約束に遅れまいと小走りに出ていくその背中には、香里のため息は届かなかった。
<続き>