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| 第6話 当たるも八卦、当たらぬも…:Bパート | 目次 |
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他の生徒の流れに乗って、校門をくぐる。
広い中庭を抜けると、ゴールはすぐそこだった。
真新しい名札を手がかりに靴を入れる場所を探す。
”相沢”なのに一番最後にくっつけられているのが何となく可笑しい。
広めの廊下には、同じ制服を着た生徒で溢れている。
当然のように祐一が知らない生徒ばかりだったが、中には何となく覚えのある顔もあった。
多分、クラスメートなのだろう。
「おはよう〜。」
名雪が声をかけている。
「あ、水瀬さんおはよっ。」
どうやら間違いないらしい。
「水瀬君……じゃなかった、相沢君も、おはよう。」
名雪の横に祐一の姿を認めて、その生徒が声をかけてくる。
「…え、あ」
突然だったのと奇怪な内容だったのとでどう返していいのか戸惑っていると、
「ダメだよ祐一、ちゃんと挨拶しないと……。」
と、名雪が追い打ちをかけるようなことを言う。
そんなやりとりを、数人の生徒がにこにこしながら見ていた。
「…どうも、名雪のせいで変な先入観を持って見られてるような気がする。」
「わたし、何もしてないよ。」
名雪が、心外だ、と言う顔を素で作る。
全くこいつは、と祐一は呆れかえった。
「何もしてない、と言うより、何も意識していない、だろう?」
「そうそう。」
「あ、香里、おはよう〜。」
どこからともなく現れた香里が何の前触れもなく会話に参加していた。
「おはよっ、ふたりとも。相沢君、あんまり名雪を困らせたらダメよ。」
「うんうん。」
今度は名雪の肩を持つ。
「ほんとに何も考えてないんだから。」
「うー……。」
ように見えて実はそうでもない。
「まぁ、何はともあれ、名雪のおかげでクラスに馴染んでるんだから、もっと感謝しないと。」
「うんうん。」
で、最後にフォローを入れる。
「……まぁ、確かに香里の言うことも一理あるかもしれないな。」
実際、名雪や香里のおかげで転校生としては異例の速度でクラスに馴染めそうだった。
「うんうん。」「うんうん。」
二人揃って首を縦に振る様子はまるで双子のようだ。
「あ、相沢君、あなたの制服、明日届くからね。」
月曜からは完全に我が校の一員ね、と笑う。
「月曜からで良いならもう帰ろうかな?」
祐一は教室の間際でくるっと踵を返す真似をする。
「わ、だめだよ。」
名雪が本気にして祐一の腕を咄嗟に捕まえる。
「私も連れてって、とか言わないわよねぇ?」
香里は香里で別の想像をして楽しんでいるようだ。
そんな馬鹿なことをやっているうちに担任の姿が見える。
のんびりした風景は急に慌ただしい空気に取って代わられ、そして朝のHRが始まる。
「今日も間に合ったね。」
祐一の隣の席で、名雪がにこっと微笑んむ。
「…そうだな。」
とは応えたものの、二日来て二日とも遅刻間際………。
(いつか絶対に遅刻しそうな気がする…。)
祐一はそんな不安を覚えていた。
「祐一、今日から授業だね。」
HRが終わると、名雪がにこにこしながら声をかけてきた。
「…嫌なこった。第一、俺、教科書とかまだ貰ってないぞ。」
それを理由に帰れるものなら帰りたい。
何しろ、まだ授業も始まる前からもう眠くてたまらない。
「わたしの見せてあげるよ。」
「…それは心の底から遠慮しておく。」
昨日の”リーク”の後、しかも、朝一緒に登校したところを香里や他の同級生に見つかり、にもかかわらず隣同士で席をくっつけて教科書を見る……。
その後を想像すると、できればそんな事態は避けたかった。
「でも、ないと困るよ?」
「教科書だったら、オレの見せてやるぞ。」
北川が祐一の背後から声をかけた。
「いいのか?」
「いいもなにも、後ろの席だからな。」
……?
「後ろの席だからって、俺に教科書を貸したら北川…お前が教科書読めなくなることに変わりはないだろう?」
祐一は首を傾げながら聞いた。
「…そうなのか?」
「どうして気づかないんだ?」
つくづくおかしな奴だ、と思いながら、祐一はとりえあず北川に礼を言った。
「まぁ、昨日の礼だ。あ、後でノートコピーさせてもらえれば助かる。」
もう一言何か言い返そうかと思った時、チャイムが鳴ったので話を切り上げて前を向く。
どうもうまく丸め込まれたらしい、と祐一が気づいたのは授業の半ば過ぎ。背中から北川の安らかないびきが聞こえてきてからだった。
「……。」
退屈な授業が続いていた。
ここの生徒にとっても退屈そうで、半分ほどの生徒は気もそぞろの様子だ。祐一にとっては、それに加えて授業内容がさっぱり分からない、というハンディも加わっていた。学校によって授業の進め方が違うので、”休み前の続きから……”などと言われるとクラスの中でひとりだけ取り残されたような気分になる。
「…眠いな。」
退屈の上に寝不足が重なり、また窓際の席はそれなりに暖かだった。
とはいえ、さすがに転校早々寝るわけにもいかず、鉛筆を指の中でくるくると回しながら時間が過ぎるのを待っていた。
「おっと……。」
ふとした弾みに鉛筆を滑らせてしまったが、辛うじて床に落ちる前に捕まえる。
「?」
「…くー。」
名雪は思いっきり寝ていた。
「…にゅう。」
むにゃむにゃ、と口をはぐはぐする。
(イチゴジャムの夢でも見ているか?)
可笑しくなってつい微笑む。
「くー。」
気持ちよさそうに、名雪はまだ夢の中だった。
(俺も寝よ……。)
普段からこの授業を受けている生徒達が眠っているのだ。きっと寝ても大丈夫な先生に違いない。
祐一は寝不足の身体を休めるため、睡魔に身を委ねる道を選んだ。
きーんこーん……
チャイムの音が静かな教室に響き、3時間目の授業が終了した。
「きりーつ。」
がたがたがた、と椅子の動く音、それに加えて、前の席の人間が引いた椅子がしたたかに頭を打って否応なしに目が覚める。
祐一は慌てて半身を起こし、他の生徒達の「礼」に身長を合わせた。この辺りの呼吸はいつも鍛えている。
だが、いつまで経ってもそういうものが身につかない者もいる。
寝ぼけた顔で左右を見回す顔は、「礼」の一言でさざめく波のように折り曲げられた身体の海からぽつねんと一つだけ飛び抜けている。これなら気付かずに眠っていた方がまだましだ。
「水瀬……。あとで職員室に来い。」
押し殺したようなくすくす笑いとそれに応じた、あーあ、という剽軽な合いの手が教室のそこかしこから漏れてくる。
名雪は寝起きの赤い目に新たな涙を少しだけ加えて、”はい”と神妙に応えた。
「祐一〜…。」
先生が出ていった後、名雪は困ったように祐一に声をかけた。
「おはよう。」
「わたし寝てたの、知ってた?」
恨みがましく問いかける。
「思いっきり熟睡してたぞ。」
だから俺も寝たんだ、と付け加える。
「起こしてくれれば良かったのに……。」
困ったような顔でのろのろと立ち上がる。
「うー…いけないいけないって思ってたのに…また眠っちゃったよ……。」
「寝たらいけなかったのか?」
「あの先生、厳しいよ?」
二人のやりとりを楽しそうに眺めていた香里がとどめの一撃を加える。
「平常点がっちり引くからな。」
いつの間にか起きていた北川も更に追撃する。
「んなっ?北川、お前も寝てただろうが?」
祐一は朧になった記憶を辿る。
「だから、仲良いなぁと思って。」
「そうね。」
北川と香里は腹が立つほどにこにこ、と笑っていた。
「だって……。」
「俺が寝たのは2時間目だけだぞ?」
北川は祐一の言葉を遮った。
「ん?」
まだ訳が判らない。
「二人とも、2時間目から3時間目の終わり、つまり、今まで、ずーーっと一緒に寝てたわよ?」
香里が祐一の疑問を氷解させる。
「やっっっっぱり、仲良いわよね。」
そしていつもの台詞と笑顔で締めくくった。
名雪が3時間目と4時間目の間の休み時間いっぱいを使って絞られて帰ってきたとき、祐一は北川とともに自分達のノートに書かれた文字と格闘していた。象形文字とも、楔形文字ともとれない。言うならばミミズ型文字とでも名付けようか?
「ま、読めないってことだ。」
「だな。」
チャイムの音によって二人の不毛な研究は終了させられた。
「あれ?名雪は?」
教室に戻ってきたのに席に戻ってこない名雪を探すと、黒板に丁寧に「自習」と書き込んでいる長い髪が目に入ってきた。とっくに書き終わった「自習」という字の周りに、色とりどりの装飾を施している。今は名雪の大好きな猫やカエルの絵を書き込むのに忙しいらしい。
クラスが喜びで騒然となる中、打ち切られたばかりの研究は再開されるかどうかの裁定を待っていた。
「いや、もうやめよう。」
「無理だな。」
「だいたい、なんだってそんなもの……読める訳無いに決まってるでしょ?」
香里が例によってぴしゃっという口調で断言する。
「いや、これはほれ、その、人類の未来のためにだな……。」
「そうそう。」
「人類の未来じゃなかったと思ったけど…?」
ことの始まりから不思議そうに眺めていた香里には祐一の崇高な意図は伝わらなかったようだ。
「何の話?」
指をチョークまみれにした名雪が話に混ざってくる。
「相沢君と北川君の与太話よ。」
身も蓋もない調子で香里が切り捨てる。
「し、失礼な。もしもこの文字の解読に成功したなら、今後どれだけ授業中の居眠りの助けになることか……。」
「わ。わたしもう眠らないように努力するよ……。」
話の論点が30°ばかりずれている奴が居るが気にしないことにする。
自習という特殊な環境が手伝って、いつの間にか教室のそこかしこに数人ずつのグループが出来上がっていた。祐一達4人も、祐一と北川がミミズ型文字の解読に使っていた北川の机を中心に椅子を並べ直した。
「それで?先生なんだって?」
「うー…反省文書かされそうになったんだけど……。」
名雪が言い難そうに眉を顰める。
「だけど?」
祐一が先を促す。
「今日は部活の選考会があるから月曜までで良いですかって言ったら、”そう言えば水瀬が部長だったな”って話になって……。」
「うんうん。」
香里が、いつでも名雪の味方、と言いたげな優しい笑顔を作る。
「今日の選考会でいい成績……代表になったら、今回だけは見逃してやるって……。」
頑張れよって言われたよ〜、と困った顔を作る。
「良い話じゃないか?選手にもなれるし、反省文も書かなくて済む。一石二鳥だろ?」
祐一は心の中で、さっきの先生の評価を赤鬼から青鬼に変更した。もっとも、実際の赤鬼と青鬼のどっちが安全かは知らないが……。
「だめだよ〜。祐一、忘れてるよ〜……。」
名雪は半泣きになって口を尖らせた。
「何を?」
「昨日天野さんに電話かけたこと……。」
名雪は”天野さん”のところを心持ち抑えた声で話した。
「それがどうした?」
「どうしたじゃないよ〜〜……。」
名雪は長い髪を振り乱すように首をふるふると激しく振った。
「あぁ。また天野さん?今日の選考会来ないって言ってるのね?」
「そうか。水瀬は部長だもんな。」
香里と北川の二人は同情するような顔つきで名雪を見た。
なぁるほど、さすがにつきあいの長い香里や北川は判ってるなぁ、と祐一が感心しかけた時だった。
「違う…よ……。」
名雪が呻くような声を上げた。
「違うんだよ〜…、天野さんに…、……天野さんに、”今日は軽めの練習に止めた方がいい”って言われてるんだよ……。」
……。
絶句……。
……。
「それって、あれか?”山羊座はあまり運勢がよくありません”っていう、昨日の電話占いか?」
祐一はまだ半信半疑で確認してみる。
「そうだよ……。」
「あぁ。そう言えば、”天野さんの占いは良く当たる”って言ってたわね。」
香里は急に興味を失ったように冷めた口調で回想した。
「そうなのか?そんなに当たるなら俺も今度占ってもらうかな?」
宝くじとか株とか、と高校生らしからぬ非現実的なことを言い出すことを言い出す北川を、そんなもの当たるならとっくに自分で買ってるでしょ?とこれまた高校生らしからぬ超現実的な意見で香里が両断する。
そんな二人を後目に、
「お前、本気?」
と、祐一は珍しく真剣な表情で名雪を見つめた。
<続き>