| Canon 〜外典〜 | 前話 |
| by Ophanim | 次話 |
| 第5話 見知らぬ襲撃者:Bパート | 目次 |
-
「名雪ーっ、どこだーっ?」
祐一が階段をゆっくり上ってゆくと、一番手前のドアが開き名雪がちょこんと顔を出した。
「ここ。」
「よし、そのまま開けててくれ。」
中に入り、名雪が用意してくれた布団の上に少女の体を横たえる。さすがに体力の限界を感じていた祐一は、最後の最後、と力を振り絞って少女を横たえた。それでも、”どさっ”という表現が適当な寝かせ方になってしまった。
「ふぅーっ、疲れたぞ。」
「ご苦労様。」
まるで仕事帰りの夫婦の会話のようなやりとりを一つかわして少女の寝顔を見る。まるで子供のいる家庭の流れだな、と考えると少しだけ気恥ずかしい。当の少女の方は少々乱暴な着地にも全く気づくことなく昏々と眠り続けている。
「お腹空いてたみたいなんだけど、大丈夫かな?」
祐一は視線を名雪に戻すと、声のトーンを落として相談した。
「お腹?」
名雪は自分のお腹に目を落とした。
「うん、部活してかまくら作ったから空いたかも。」
にこっと笑う。
「…名雪のお腹じゃない。」
「う〜…。」
祐一が呆れて名雪の額をつつくと、名雪は不満そうに呻いた。それからしゃがみ込んで寝床に眠る少女の様子を窺う。
「どうだ?惰眠のスペシャリスト?」
「う〜…せめて睡眠にしてよ…。」
名雪は眉を顰めて抗議しながら立ち上がった。
「とりあえず、今は疲れて眠ってるみたいだから、そっとしておいたほうがいいと思う。」
枕元に何か食べ物を置いておくよ、と付け加える。
「そっか。じゃあ、起きるまで様子をみるか。」
「うん。」
眠りのスペシャリストの意見を尊重し、祐一は名雪の先に立って、その部屋を後にした。
「とりあえず訳は飯でも食いながら話すよ。」
「今日のご飯はお餅だよ?」
祐一がキッチンに向かおうとした、その背中に名雪が声を掛ける。
「餅だろうが飯だろうが、食う場所は変わらんだろ?」
だが、キッチンに入った祐一の目に飛び込んできたのは、まっさらのテーブル。普段ならこの時間には”後は食べるだけ”の状態になっているはずなのに…。
「今日は秋子さん、ゆっくりだな?」
俺が変なもの拾って来ちまったからか?と聞いた祐一の背後には既に誰もいなかった。
「名雪ぃ〜。」
祐一は名雪の声が消えた方に向かって移動した。
「…おい、まじか?」
そこには秋子が準備した夕飯…餅だが…の準備が整っていた。
「祐一さん、どうぞ?」
秋子がにこやかに誘う。
「あっ、祐一君っ!早く早くっ焦げちゃうよっ!」
「祐一、あゆちゃんの隣とわたしの隣、どっちがいい?」
偽姉妹もそれぞれの言葉で呼びかける。
…かまくらの中から…。
「何が悲しくてこの寒い中…雪の中で食わなくたって…。」
はぁ、とため息をもらす。
しかし、そこに行かなければ今夜は飢えと格闘しなければならない。
祐一は常識的な判断から、一晩の飢えよりも一時の寒さをとった。
「寒っ…くない?」
「でしょ?」「頑張ったもんねっ!」
偽姉妹がしてやったり、とばかりに笑顔を見せる。意外に奥行きのある内部は煙の逃げ道も完備していて煙くないし、壁は厚くて中の温度を逃がさない。七輪程度の温源で充分な暖をとれる。大部分を雪で作られたベンチには厳重にビニールシートが掛けられ、クッションが載せてある。
加えて暑いくらいになればいつでも身体を冷やせる雪の壁。
予想よりも遙かに快適だった。
「さ、みんな揃ったところで、いただきましょう。」
秋子の号令で夕食が始まった。
焼き上がった餅とたい焼き、肉、野菜類は即座に誰かの胃の中に収めていかなければ、充分な置き場所がない。自然、競争するように各自が手を出し、ニアミスをしては引っ込める。和気藹々とした雰囲気も手伝って、いつも以上に食が進む。
「うわ、名雪…。まじか、それ?」
祐一は名雪が餅にイチゴジャムを塗りたくって食べたのを見て思わず身体を引いた。隣にいたあゆが押し潰されて、うぐぅ、と非難の声を上げる。
「美味しいよ?祐一もやってみる?」
「…金輪際遠慮しておく。」
「まだ試してもいないのに金輪際はおかしいよ?」
「絶対嫌だ。」
苺大福があるんだからおかしくないよ、という名雪の抗議をきっぱりと退け、スタンダードな磯辺焼きに仕上げて頬張る。
謝りがてら、あゆの顔を見る。
「…あゆの勝ち。」
祐一は隣であんこをつけて食べていたあゆの手を持ち上げて勝ち名乗りを上げさせた。
「う〜、なんでよ〜。」
「あんこ餅は全国区だが苺餅は名雪限定だ。」
「あゆちゃんのそれはたい焼きのなれの果てだよ…。」
名雪の指摘通り、よく見るとあゆの手には元はたい焼きの皮部分だったようなものが握られている。
「だが、それはそれで新商品になりそうだ。」
「了承。」
秋子が祐一の言葉にすぐ了承を出す。
「ほら?」
「う〜…。でもっでもっ、イチゴたい焼きとか作れば売れるかもっ!」
「売れるかっ!」
「了承。」
「な、何でもいいんですかぁ?」
あははは、という笑い声がかまくらの中を満たす。
「お母さん、苺餅も変じゃないよね?」
「そうね。でも、多分大福の方が特許押さえてるわね。」
秋子は静かにそう言った。
「はい、やっぱりあゆの勝ちぃ!」
「うぐぅ…。」
あゆは祐一に手を挙げさせられると困った声を出した。
「なんだ、あゆ?嬉しくないのか?それに、さっきから少し元気が無いぞ?」
祐一は手を引っ込めようと力を入れるあゆを不審そうに見つめた。
「あゆちゃんはかまくら作った本人だから段々心配になってきたんでしょう。」
秋子が笑顔を崩さずに話す。
「それじゃあ、名残惜しいけど、お茶はキッチンで飲みましょう。」
訳が判らない祐一を後目に、あゆはどたばたと片づけに入る。
「祐一、七輪の火、止めてくれる?」
名雪はてきぱきと残った餅やたい焼きをお盆に載せ替えて運び出た。
「祐一さん…。」
入り口で秋子が声を掛ける。
「なんですか?」
「そろそろ危ないですよ?」
言い終わるか終わらないうちにかまくらが崩れ始めた。祐一は慌ててかまくらの外に飛び出した。崩れる過程でぼろぼろと紙くずが飛び出てきた。
「こ、殺す気かぁっ!」
祐一は真っ先に逃げ出したあゆに焦点を絞って文句を言った。
「うぐぅ…だって、女の子二人で作ったんだから全部雪で作るのは無理だよ…。」
あゆは半泣きで名雪の陰に隠れた。
「え?」
祐一は埋もれた七輪を救出がてら、無惨なかまくら遺跡を発掘した。
「な、なんだこのちゃちな作りは?」
分厚い壁だと思っていた雪壁の芯の部分は段ボールだった。
「祐一が手伝ってくれないから、だよ。」
名雪はあゆを庇うためか、祐一にも責任がある、という趣旨の発言をした。
「それに、それは祐一の段ボールだよ。」
雪と水にまみれた七輪を持ち上げながら、改めて段ボールを見てみると、なるほど、見覚えのある段ボールがちらほらと見えなくもない。祐一の出した「廃棄物」が有効利用されたわけだ。
「むむむ…。」
「ダメよ、喧嘩したら。さ、お茶にしましょう?」
お湯が沸いたのか秋子が再び顔を見せる。言葉自体は諭すような言葉だが、どこか楽しそうだ。実際秋子もこの騒動を楽しんだ、といったところか。
「名雪、これをあの子の枕元に置いてあげて。」
秋子は焼き上がった餅を磯辺焼きに仕立てたものを皿に載せ、名雪に手渡した。名雪は素直に頷いてとてとて、と走り去る。防御壁を失ったあゆも慌てて名雪についていった。
「あ、そうだった。訳を説明しますよ。」
祐一は七輪を雪が積もらない縁の下にしまい込んで、庭を後にする。
「大丈夫ですよ。」
秋子の答えはいつもと変わらなかった。
「実はだなぁ…。」
名雪とあゆが戻ってきたのを見計らって、祐一は説明を開始した。
「いきなり襲いかかってきて、一方的に気絶…。というわけなんだ。」
「端折り過ぎ。」
反応してくれたのは名雪だけで、他の二人は自家製漬け物をつまみに静かにお茶をすすっている。
「と言ったって、本当、それ以外の話はないんだぞ。」
「秋子さん、お茶のお代わりもらっていい?」
「勿論ですよ。でも、2杯目は熱くなるから、お水で薄めますよ?」
一応形としては4人で食卓を囲んではいるものの、会話は完全に2分されていた。
「きっかけとかあるでしょう? ぶつかったとか、知らないうちに迷惑かけてたとか…。」
秋子はあゆにお茶のお代わりを出すと、ようやく祐一の話題に参加した。
「それがまったく思い当たらないから、辟易してるんですよ。」
祐一は冷えてきたお茶を一気に喉に流し込んだ。
「…でも、祐一君、ボクにぶつかったとき、謝らなかったよ…。」
むぐっ。
ごほっごほっごほっ…。
「え?そうなの?」
「高速すぎて避けられなかったって言って…。」
「祐一〜…極悪人、だよ…。」
気管にお茶を導入してしまって反論できないうちに話の流れがどんどん祐一に不利に流れていた。
「顔に覚えは?」
秋子が問いかける。
「あったら、殴り返してますよ。」
「女の子に手をあげない。」
祐一をたしなめるように、名雪が口を挟む。
「俺の主義では、人様に迷惑かける奴は男女問わず、平等にお仕置きなんだよっ。」
「…じゃ、じゃあ、祐一君は自分にお仕置きだよっ。」
む…。
これまで散々あゆをからかっている場面を目撃されているだけに、当人から指摘されるともうどうしようもない。祐一は引き下がるしかなかった。
「そうねぇ。もし、誤解だったら、誤解を解いてあげる。そうすれば、謝ってもくれるし、解決するでしょ?」
秋子は議論が落ち着いたところを見計らって意見を提示した。
「そう…ですね…。」
その祐一の一言で、この件については話がついた。
「まだ寝てやがる。おい、そろそろ起きないと家に帰れないぞっ。」
祐一はそう言って、ぺしぺしと眠る少女の頬をぶったり、頬をうにゅーと引っ張ってみたりしたが一向に起きる様子が無かった。枕元の磯辺焼きにも手をつけた様子が無く、すっかり固くなっている。
「ほんと、気絶してるみたいに寝てるぞ?」
「この様子じゃ、朝まで起きないかもね?」
祐一とあゆは少女の両側で顔を見合わせた。
「今夜は泊めてやるあげようよ。」
名雪は二人の意見をまとめるようにそう言った。
「そうと決まったら、退散するか?」
「うんっ!」
祐一とあゆが立ち上がる中、名雪はそこに留まっている。
「ん?」
「家族の人に連絡してあげたいから、連絡先の分かる物を持ってるか、ちょっと探してみるよ。それと、着替えさせてあげるから。」
「そっか。そうだな。それは名雪に任せるよ。」
祐一は異性だし、あゆはこの家の者ではないのだから妥当な判断といえる。二人は残りを名雪に任せて部屋を退散することにした。
「どんな感じだ?」
祐一はあゆに印象を聞いてみた。
「うん…やっぱり、悪い子には見えないよ。」
固くなった磯辺焼きの載った皿を大事に運びながら、あゆが答えた。
「やっぱりって?」
「祐一君、いじわるだから…。」
あゆはその言葉を、言葉の意味にそぐわない、明るい笑顔を作りながら口にした。そんな二人と入れ違いに、果物の入った籠を持った秋子が階段を上っていった。
しばらく待つうちに名雪が一つの財布とともに2階から降りてきた。
「こんなものがあったよ?」
名雪はあまり女物とは言い難い財布を手にしていた。
「わたしが一人で開けると後で祐一に何か言われそうだから、祐一とあゆちゃんと一緒に見ようと思ったんだよ。」
「…随分な言われようだなぁ…。」
「で、でもっ、きっと祐一君なら、名雪さんが手を加えたんだろっって言うと思うよっ。」
…今日のあゆは鋭い…。
確かに、祐一が自問してみても、今の状況で名雪が一人で調べた後で”何も無かった”と報告されても、それを素直に受け入れられるかどうか疑問だった。
ここは意見の異なる者が同時に検証する必要がある。
名雪は慎重に財布を開けると、丁寧に中身を取り出してテーブルの上に並べていった。
千円札が3枚に、図書・CD割引券が4枚、レシートが3枚、テレホンカードが1枚…。
「レシートの一枚は今日の日付だねっ。」
あゆが目敏く指摘する。
「そうだね。あ、これ、商店街のコンビニだよ〜…。」
財布の中身を重視している二人の間を割るように、祐一が名雪の手から財布を奪い取った。
「…ここに名前が書いてある。」
祐一が指し示した箇所には、”天野美汐”と明記してあった。
<続き>