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| 第5話 見知らぬ襲撃者:Aパート | 目次 |
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重く曇った空。
祐一の心に引っかかる疑念…。
雪がやんでいるとはいえ、肌を直接刺すような寒風は衰えることなく、とてもではないが元気に走り出せる気分ではなかった。
栞が退院したら一緒に食べる、が、遠回しに断られたと思った、か…。
(佐祐理さんの言葉を極限まで悪く取れば、栞に退院の見込みはないってことになるが?)
もう一度病院を振り返る。
だが、しばらくじっとしていても、ただ寒風が体の温度を奪ってゆくばかりだった。患者が増えて喜ぶのは病院だけだ。
(案外それが当たりかもな。)
大したことない風邪でも入院させて治療費を稼ぐ。
そうだ。
きっとそうに違いない。
それ以上は気にしないことにして、祐一は歩き出した。
空を覆っていた雲は冷たい風に流されて、その名残さえすでに消えていた。それはありがたかったが、相変わらずの北風が強く吹き抜けて、寒さはさっきよりも厳しかった。
そんな雪景色の街並みを、祐一は記憶だけを頼りに歩いた。
(…ここは、昨日来たところだな。)
もしまた、あゆが走ってきたら今度はかわせばいいのか受け止めればいいのか、と悩みながら商店街へと入る。
…?
祐一は後ろを振り返った。
ぼろ切れが街角に放置してある以外は何も変わったものは視界に入らない。
(あゆなら飛んできそうなもんだが…。)
気のせいか、誰かに尾けられているような気がしていた。
(まぁ、…思い過ごしだろ…。)
栞のことが気にかかっているだけに違いない。
祐一はそう結論してまた家路を急いだ。
(………?)
少女はぴくっと鼻を動かした。
耳も敏感になる。
「……いる。」
多分憎いであろうと思う奴がいる。
かなり曖昧な表現だがそれが彼女の直感だった。
標的は呑気にショーウインドウなんぞを覗きながら歩いていた。
(見てらっしゃい。必ず仕留めてやるんだから〜…。)
足音もなく追跡して一思いに…。
あれ?
一思いに…。
あれれ。
ひ…と…お…も…いぃぃ………。
(あぅ〜……結構歩くの速い…。)
ぱたぱたぱた…。
(待ちなさいよぉ〜…。)
ぱたぱたぱた…。
(あぅ〜〜!)
行き過ぎた…。
標的はどこかの店の中に入ったようだった。
(ふぅ、ふぅ、ふぅ…で、でも、この次出てきたときが、覚悟しなさいよぉ〜…ふぅ、の、時なんだからぁ…。)
少女は道行く人の視線を一身に集めながら、ひたすらぼろを纏って路面に伏せていた。
祐一が雑誌を数点見繕って本屋から出てくると、目の前にそれはあった。
………。
(もしかしてこいつか?)
尾けられていたような気がしたのは気のせいではなかったようだ。
見覚えのあるぼろ切れが祐一の目の前に鎮座ましましていた。
「おい。」
びくっと飛び上がる。
しかも、10cmほど……。
祐一がそのまま相手の出方を窺っていると、相手は気づかれなかったとでも思っているのか、じりじりとこちらに移動している。
(あゆ…か?いや、あゆは”祐一君っ!”とか言って襲撃してくるタイプだからな。名雪…が、こんな体勢だったら2秒で寝るなぁ…。意表突いて香里…なんてことを考えたと知られただけで蹴られそうだし…。)
判った、秋子さんだ。
………。
馬鹿なこと考えてないで帰ろう。
祐一はぼろ切れは放っておいてその場を離れようとした。
瞬間、ばっとぼろ切れが立ち上がり、祐一の行く手を阻んだ。顔はまだ確認できない。
「誰だよ、お前…?ずっと尾けていただろ?」
「やっと見つけた…。」
声は聞き覚えのない少女のものだった。
眼光は鋭く祐一を睨み付けている。
ただならぬ空気が漂った。
「…あなただけは許さないから。」
「…人違いだ。」
祐一には全く見覚えのない顔だった。
「知らない奴に恨まれるような覚えはないぞ。」
「あるのよ、こっちには。」
どうにも話が通じない。穏便に済みそうになかった。
「覚悟っ!」
少女は固めた拳を後ろに引き、間合いを一気に詰めた。
だが、100m7秒(推定)のあゆの攻撃をかわした実績のある祐一だ。
その程度の攻撃をかわすことなど訳はない。
ぽこっ。
当たった。
というより、かわしたつもりが、相手の動きが遅すぎて、体を戻したところにちょうど相手の拳が到達したのだ。
が…。
「はい?」
本当に殴ったのだろうか?
殴ったのだろう。確かに祐一の顎に何かが当たった感覚が残っていた。しかし…。
「あぅ〜…。痛い…。」
少女が繰り出した拳の速度よりも祐一が振った身体の動きの方が速かったため、痛かったのはむしろ少女の拳の方だった。
「こ、このっ。」
ぽこっ、ぺちっ、ぽこっ、ぺちっ!
手で叩いたり足で蹴ったりもされるが、わざわざよけるまでもないような、やわなものだった。
小学生ぐらいの子供が何か買って欲しい、と暴れるときの方が遙かに強い力を出すだろう。
「はーー…ぜーー…ぜーー…。」
「なにやってんの、お前?」
真に迫った言動とは裏腹に、少女はあまりに喧嘩慣れしていなかった。既に息も上がっている。
「あぅーっ…。」
更には子供のように地団駄を踏んでさえ見せている。
「大体おまえ、頭押さえられたら手が届かないんじゃないのか?」
祐一は試しに少女の額を手のひらで押さえつけてみる。
ぶんぶんぶんっ!
空を切るばかりで、実際全然届かない。
「あぅーっ。」
「許さないんじゃなかったのか?」
余裕が出てきた祐一はそんなことを言ってからかってみたりする。
「お腹が空いてるからっ!それで調子が出ないのよぅっ!」
「そりゃ残念だな。今がチャンスだっていうのに。」
祐一は少女の額を押さえていた手を離し、両手を開いてやる。
「うーっ…。」
既に疲労困憊の少女は、ふらふらと足を泳がせながらも、懸命に腕を振り上げて祐一の目の前まで辿り着いた。
が、そこが気力の限界だった。
ぽてっ。
足が絡まり、つんのめるようになるともう持ちこたえられなかった。祐一の胸に頭を叩き付ける。
「おふっ…。」
全体重が乗っているのでそれなりに痛い…。
が、少女には仇をとった、と言う意識があったかどうか?
胸に額を当てたまま、ずるずると顔面を擦らせながら落ちていく。
「おっと…。」
すんでの所で抱え上げてやったが、既に少女は気を失ったように眠りこけていた。
よほど疲れていたのか、あるいは彼女が言うように気絶するほどお腹が減っていたのか…。
祐一は無言で彼女を抱き起こした。
「…何です?」
「なんだか、許さないとか何とか…。」
「え?あんな小さい子が?」
………?
何の話だ、と思って祐一が周りを見渡すと、通行人が遠巻きにして二人を見ていた。そして今や視線を一手に引き受けているのは祐一一人だ。
「………(汗)。」
その目は非難に満ち、皆が一様に祐一を責めているような気がした。
だいたい、年端もいかぬ(?)気絶した少女を、見知らぬ制服を着た男が抱いていれば、何事かと思ってそれを見た人の誰が祐一を被害者だと思うだろうか?
しかも、”許さないから”という言葉は聞こえていたようである。
とはいえ、ここで更に置いて逃げ出したりすれば、それこそ警察沙汰になりそうである。
「あはは……。し、栞〜、お兄ちゃんが悪かったよ〜……。」
この際栞には我慢してもらう……。
見知らぬ少女を”栞”と名付けて背中に背負う。
わざとらしく聞こえないように、それでいて耳に届くように、気を遣いながら声を出す。
「帰ったらちゃんとお菓子やるからさぁ……。」
そそくさと退散を決め込む。
人垣を抜けると足早に家を目指した。
家に着く頃には小走りに近かった。
「ただいまーっ。」
祐一は見知らぬ少女を背負ったまま、家に帰り着くと、そのまま居間へと直行した。
「あ、祐一、おかえ……。」
「祐一君?」
庭でかまくら作りをしている現地人ども……。羽のある方はかまくらの中に入っていて外からは姿が見えない。中での七輪の設置に余念がないようだ。かまくらの外にいた羽のない方の視線が祐一の背中に釘付けになる。
「大きなおでん種……。」
名雪は何を思ったかそんなことを言った。
「あっ、おでんもいいよねっ!」
あゆはあゆでかまくらの中で食べるもので頭がいっぱいのようだ。
「これがおでん種に見えるのか、おまえは?」
「人間…?」
「でもっ、やっぱりたい焼きがいいよ〜。焼きたてだよ〜っ…。」
一人は会話に参加していない。
「そうだ。人間だ。しかも女の子だ。」
祐一は背負ってきた少女をそっとソファーに下ろした。
「あー、困ったな…名雪、悪いけど布団の用意してくれないか?」
「うん。」
名雪は居間につながる窓を開けて長靴を脱いだ。
「しっかし、何が楽しくてこの寒い中かまくらなんて作ってんだ?」
「中でお餅焼くの。」
「たい焼きもだよっ。」
真新しい毛糸の帽子をかぶったあゆがかまくらの中から参加する。
「台所で焼けっ!」
「かまくらの中で焼くお餅はおいしいよ。」
「一緒だ!」
「祐一も食べたら判るよ。」
名雪はそう言い残して布団を敷きに部屋から出ていった。入れ替わって秋子がお盆を携えて入ってくる。
「大きなおでん種、買ってきたのね…。」
「あんたら一家は食人族かっ。」
「冗談よ。」
秋子は微笑みながら答えた。
「とりあえず寝かせてあげてください。わけは後で話しますから。」
「大丈夫よ。」
なにが大丈夫なんだかよくわからないまま、祐一はもう一度少女を背負うと名雪を追って2階に上がった。
「あゆちゃん、ここに置くわよ。」
秋子は居間からかまくらの中に向かって声を掛け、お盆に満載された餅とたい焼き(!)を置いた。
「うんっぐっは、はいっ!」
しゃっくりの出そうな返事をして、あゆがかまくらから顔を出す。
「秋子さん、この帽子、すっごく暖かいよっ!」
両手と両足を使って這い出てきたあゆは目深にかぶっていた帽子を両手で少し持ち上げた。
「そう、気に入ってくれて良かったわ。」
「これ、何て読むの?」
あゆは帽子をちょっとめくって縫い取り文字を秋子に示した。帽子を受け取るときに、絶対内緒、と強く約束させられたものだ。
「それは、あゆちゃんがもう少し大きくなったら教えてあげます。」
「ボク、もう充分大人だよ…。」
あゆは珍しく秋子にも口答えする。
「それでも、もう少し大人になったら、です。」
「うん、判ったよ…。」
あゆはそれ以上は粘ることなく縫い取り文字を隠した。
秋子は”素直な子は大好きですよ”とあゆの頭を撫でながら、七輪に火を入れた。
「えへへ。くすぐったいよ…。」
あゆは秋子に甘えるように頭を差し出している。
「…?誰か来たの?」
ふと、居間のソファーに目をやったあゆは、ソファーに見慣れぬGジャンが落ちていることに気がついた。
「ん、ちょっと、ね。」
秋子はにこっと微笑む。
「あ…そ、その…ボク、お邪魔だったら…。」
「そんなことないわよ。」
あゆがそわそわするのを優しく宥める。
「で、でも、昨日もすっかりご馳走になっちゃったし…、お弁当まで…。」
「気にしなくていいのよ。」
涙目になるあゆを、秋子は穏やかに抱き抱えた。
「でもっ、でもっ、…ぼ、ボク、何にもお返しとか出来ないし…。」
「あら?もう充分戴いてるわよ?」
秋子はゆっくりとあゆの頭を撫でた。
「え?」
「あゆちゃん、今日のお昼、一人で食べた?」
………?
「う、うん…。」
「寂しくなかった?」
「……。」
寂しかった…。
「私達はずっと二人だけの食卓だったのよ?ほんの3日くらい前まで…。」
………。
七輪の火がぱちっと爆ぜる音がする。
雪国の冬はしんしんと更けつつあった。
「名雪がかまくら作ったのなんて、何年ぶりかしら?あんなに楽しそうに…。」
あゆはそっと、秋子を見上げた。笑顔が、暖かかった。
「お礼を言いたいくらいよ?邪魔だなんてとんでもない。ずっとここにいて欲しいと思ってるわ。」
「ボク…いてもいい?」
「勿論。あゆちゃんさえよければね。」
「うんっ!」
あゆは元気に立ち上がった。
「さ、今日のお夕飯はあゆちゃんの腕にかかってるからね。」
「うんっ!ボク、頑張るよっ!」
あゆは早速餅を二つ、たい焼きを二つ手に持ってかまくらに戻っていった。
<続き>