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| 第4話 新しい仲間:Cパート | 目次 |
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「祐一、明日からよろしくね。」
「そ、そうだな。」
名雪が笑顔でぺこん、と挨拶をしても、思わず身体を避けてしまうのは事情が事情だけに仕方がない。
「あんまり嬉しそうじゃないね…。」
名雪はその祐一の態度を見て悲しそうに眉を寄せる。
「そんなことないぞ。思わず踊りだしそうなくらい嬉しいんだ。」
何故避けてしまうのか、その理由をこんなところで説明するわけにはいかない。祐一は適当なことを言ってごまかした。
「よく分からないけど、でも、うん、よかったよ。」
幸い名雪はそれ以上深く考えることもなく機嫌を直してくれた。
「やっぱり、仲がいいわね。」
自分の席に座って二人のやりとりを楽しそうに眺めていた香里が、いきなり割り込んでくる。
「そんなことないぞ。これでも顔を合わせる度に、生傷が絶えないんだ。」
祐一は香里向けに今度は逆、いや、頭突きの件があるからある意味真実の説明をする。
が、こんな狭い空間に割り込まれた以上、香里との会話は筒抜けだ。
「え? そうなの?」
と、心配そうに名雪が訊き返してくる。
「…い、いや、まじめに反応されても困るが…。」
少しは気を回せよ、と祐一は従姉妹の反応をじれったく思う。
祐一が、従姉妹とはいえ、女子生徒である名雪の家に居候してるなどということがばれたら、どう考えてもいい噂になるような話ではない。少し頭の固い教育委員会などの耳に入れば停学もしくは退学などの問題に発展しかねない。それぐらい判るだろう、と名雪に目配せしても、嬉しそうににこにこするばかりだ。
「やっぱり仲いいじゃない。」
その様子を更に誤解を招く言い方で揶揄する香里。
(だ、だめだ…。)
名雪にアイコンタクトは通用しない。
祐一はそう悟った。
他のクラスメートも、明らかに興味を持って祐一達に視線を送っていたが、既に放課後ということもあって、ひとり、またひとりと鞄を持って教室を出ていった。
「香里は今日部活は?」
「部室には寄るけど、すぐ帰るわ。」
「わたしは今日も部活だよ〜…。」
「部長さんは大変よねぇ?」
「でも、わたし、走るの好きだから…。」
二人がそんな会話をしているのを漫然と聞き流しながら、祐一が資料の空欄を埋めていると、人影がまばらになった頃を見計らうように、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
入ってきた、というのは正確ではない。
戻ってきたのだ。
「美坂〜…。」
「遅かったわね、北川君。」
にこやかな表情を作りながら香里が席を立つ。
「こ、これ。」
「じゃ、コピーね。」
怪しい裏取引が目の前で繰り広げられるのを黙って見過ごすことは祐一の好奇心…もとい、正義感が許さなかった。香里の隙を見て受け取った”ブツ”を覗き見る。
「なんじゃこりゃ?」
なんのことはない、人気ドラマの録画ビデオテープだった。
「美坂ぁ。こ、これ、コピーが薄くてよく見えないぞ?」
「文句あって?」
苦労したのになぁ、とぶつぶついいながらも、どうにか判別可能なレベルの文字を追いかけていた北川が、ふと顔を上げる。
「あ、相沢だっけ?俺、北川潤(きたがわじゅん)。よろしく。」
「おう。」
ようやく普通に会話できそうな奴が現れた、と祐一は快く握手に応じる。
「宿題のコピーか何かか?」
「お。判ってるな?」
北川はにやっと笑う。
この辺りの機微が判るのも嬉しい。
「まぁ、危険な代償だったが…。」
北川は香里の顔を横目で見ながらそう呟く。
「?なんで?このドラマ、主人公がラスト結局金持ちの方について不評だったろ?」
あっ!という叫び声が北川と、名雪から上がった。
「ゆ、祐一の馬鹿っ!わたし楽しみにしてたのにぃ〜…。」
涙目になって抗議する。
祐一は訳が判らない。
「な、なんで?一ヶ月くらい前に終わってるドラマだろ?」
「ここじゃ、これからいいところだったんだよぉ…。」
「だ、だって実際北川はビデオ持ってきたし…。」
「北川君の家はそういう関係の仕事なんだよ〜。」
馬鹿馬鹿馬鹿っ!と祐一を叩く。
「わ、悪かった。まさかそんなにずれてると思わなかったから…。」
「う〜…。」
本気で悲しかったらしく、まだ目が潤んでいる。
「今度何か奢ってやるから…。」
「…イチゴサンデー…。」
ふぅ、と一段落した後で、大失態に気づく。
「やっっぱり、仲いいわよね?」
香里がとてもにこやかに二人を見ていた。
「か、香里も、楽しみにしてたんだよな?」
祐一は今更遅い、と自覚しながら繕ってみる。
「別に…。あたし、このドラマ見てないから。」
へ?と首を傾げる祐一と北川。
「香里、見てないならわたしに貸して。」
名雪は香里に手を合わせた。
「悪いけど、それは出来ないの。それに、相沢君に聞いたらいいわよ。」
「だな。そういう契約だからな。」
北川はそう言って胸を張った。
「お前ら、同棲中ならいつでも時間あるだろ?」
!?
「な、な、な、なにをおっしゃいますやら…。」
祐一は狼狽してこの寒い中大粒の冷や汗を流した。
「ん?だって、水瀬が言ってたし…それに、相沢の頭と水瀬の頭に、ほれ、赤い跡が…。」
北川はほいっと、祐一の頭を触った。
「こ、これは名雪の頭突き…。っていうか、お前、ばらしたのか?」
「え?え?」
名雪は頭突きは身に覚えが無く、同じ家に住んでいることを話すのが何故悪いか判らず、あたふたしていた。
「でも、もうみんな知ってるわよ。朝、名雪がみんなの前で言ってたから。」
香里が追い打ちをかける。
「おう。だから、俺が一個下がって水瀬の隣を開けてやったんだ。感謝しろよ。」
北川がふふん、と鼻を鳴らす。
「あんたは一番後ろが良かっただけでしょ?」
「おう。ついでに美坂の隣だとノートが借りられる。」
「次、は無いわよ。」
祐一の頭越しに絶望的な会話が交わされる。
道理でクラスの雰囲気がおかしかったわけだ。中途半端な席が空いていたのも理解できる。おおらかと言うよりいい加減な担任。
祐一の脳裏に幻想が浮かぶ。
朝、HR前の騒然とした空気の中で発表される衝撃の事実。その中で香里当たりが、立ち上がる。もし、このクラスに来るようなことがあったら、あの無責任な担任のことだから空いている席に適当に入れるに違いないわ、だから、北川君、下がってよ…おう、いいぞ、俺は一番後ろが好きだからな…みんな、ありがと〜、と呑気に笑う名雪……。
幻想の中の名雪の、のほほんとした笑顔を見ているうちにふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「な〜ゆ〜き〜っ!」
「あ、わ、わたし、そろそろ部活行かなくっちゃっ!!」
鞄と弁当袋をひっつかんでダッシュに移る名雪。
「待てっ!」
「相沢君も待つのよ。」
追いかけようとした祐一をむんず、と掴む香里。
「早く書いてくれないと、あたしも帰れないからね。」
こ、怖い…。
「美坂大魔人を怒らせない方がいいぞ。」
北川の忠告が無くても祐一はそうしたに違いない。
背筋を伸ばして座り直すと、てきぱきと作業を進める。
「だから、それ、逆効果だと思うんだけど?」
「褒めてるぞ。数学だろうが歴史だろうが並み居るメジャーリーガー級の難問奇問をばっさばっさと解きまくる美坂。締め切り間際には必ず仕上がっているという頼れる守護神。しかも、怖い顔。ほら、大魔人。」
ぺち。
北川の顔に香里が軽く手を添える。
「…没収。」
何をされるか、と気を取られた隙に北川の鞄からコピーが抜き取られていた。
「あ、あぁっ!そないな殺生な…。」
「で、できましたっ!」
祐一は小学生のような返事をして書類を香里に手渡した。
「ありがとう。それじゃ、あたしはこれで帰るから。」
「美坂様ぁ…。」
北川の血の叫びは届かなかった。
じ、自分はものすごくまずいことをしたんじゃないか、と祐一は今更ながらに怖くなる。
「北川。」
すっかりしおれてしまった北川に声を掛ける。
「なんだ、相沢?」
「光の速さでノートを書き写す自信、あるか?」
そっと香里の鞄から抜き取ったノートを見せる。
答えを出すのももどかしく、北川が文字通り光の速さで香里のノートを写し取っていた。
「た、助かったぜっ!相沢っ!」
この瞬間、二人は固い友情で結ばれた…が、二人の前には難題が残された。
「「このノート、どうやって戻す?」」
俺の家は美坂の家に近いが…、と北川が言うが、それではノートを返す本質的な解決にはならない。
「参ったな…今日は病院に行かなくちゃいけないんだが…。」
祐一は折角詰めてもらった弁当を見やった。
「カンパするか?」
「…違う。」
「顔か?」
「違う、と思う。」
「頭か?」
「……可能ならお願いしたい。」
そんな不毛なやりとりをしていると、ふと思いついたことがある。
「あ、もしかしたら…。香里に案内してもらえるかもしれないな。」
そしたら会話の流れでさりげなく…。
「よし。じゃあ、俺が何とかしてみるよ。」
祐一はそう言って席を立った。
「北川、香里の部活判るか?」
「知らん。」
………。
「昇降口で待ち伏せるぞっ!」
「おうっ!」
祐一と北川は同時に走り出した。そして祐一だけが立ち止まる。
「昇降口はどこだっ!?」
「おぅっ?」
北川を先頭に、再び二人は走り出した。
「どうしてもだめか?」
倉田は荷物をまとめながら、最後にもう一度聞いた。
「私個人の意見としては君に賛成だよ。」
再び作業服を戸棚から出しながら、校長は話した。
「だが、本校は伝統的に生徒会の権限を大きく認めている。年末の生徒総会で決まったことを年が変わったからと言って無効にすることは出来んよ。」
諦めたようにそう言って、上着を脱ぐ。
「ここの制服にしても、私としては、私服登校でも全く構わないと思っていたんだが、どういうわけか、生徒会の方で制服着用を選択した。ま、それ一つ取ってみても、私の個人的意見はここではさほど重要視されとらんよ。」
後半は自嘲気味に笑ったが、それでも落胆する倉田の気持ちを晴らすことは出来なかった。
「だったら…せめて、2月1日まで伸ばすことは出来ないか?」
倉田は再び顔を上げた。
「生徒会が週明けに退学勧告を出すのはもう避けられんよ、倉田。」
校長は壁に掛かったホワイトボードの予定表を示しながら説明した。
「最近の生徒会はちと横暴だからなぁ。とはいえ、今回の決定は納得できる部分もあるぞ。勧告に従えば今年度の授業料が軽減されるから親御さんの負担も減るし…。」
まぁ、それがいかにも久瀬らしい発想なんだが、と付け加える。
「それに、実際は倉田、君の気持ちの問題なんだろ?」
向こうの家族も全員が退学に反対ではない、と聞いたぞ、と囁く。
「私は…私の意見は、患者の気持ちが全てだ…。」
倉田は自分に言い聞かせるようにそう呻いた。
「それに、彼女の今年度の授業料なら当方で負担するつもりだ。」
倉田は校長を見据えた。
「…倉田、こんなことを言ったらどうかと思うが…。」
見込みはあるのか?
倉田の視線を正面から受け止めて、校長は厳しい一言を発した。
「0ではない。2月1日が来るまでは。」
だが、その日が近づけば近づくだけ限りなく0に近づいていく…。
「だから、それは詭弁だろう?」
校長も疲れたようにため息を吐きながら言った。
「0%ではない=100%だ、などという確率論が成り立たない限りその主張は間違いに近いぞ?」
「100%のようなものだ。」
適合者さえ見つかれば、すぐに手術に入れる準備はしてある。
倉田は己を励ましながら答えた。
「専用の手術道具も揃えた。」
…。
「スタッフの目処もつけてある。」
……。
「会合の予定もいつでもキャンセルできるようにしてある。」
「…本気なんだな?」
校長はゆっくりと頷く倉田の動作を最後まで見守った。
「だが、繰り返すようだが、週明けの退学勧告はもはや免れん。」
決定は既に年末に行われており、加えて冬休み期間中の課外・補講に出席しなかった以上、救済措置もなく、今日には勧告が確定、週明けの総会後で発表される手筈だ。
倉田の肩が崩れる。
「…だが、私が判を押すのを忘れる可能性は無いとは言えんがね。」
倉田は思わず顔を上げた。
「…済まない…。」
そして再び深々と頭を下げる。
「いや、いいって。長年のつきあい、ってこともあるし…実際、生徒会は横暴だからな、最近特に…。」
お前の所の娘が引っ込んでから、と恨みがましくつつく。
「娘は…私の言うことは聞かんから…。」
倉田は寂しそうに苦笑した。
「それにしたって、久瀬の所の馬鹿息子よりはいいと思うがな…。」
苦々しげに呟く校長の言葉を、倉田は敢えて聞き流した。
<続き>