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| 第4話 新しい仲間:Bパート | 目次 |
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「ボク、こっちだから…。」
という声がどこかでして、あゆが二人と別れてからどれほど経ったか?
雪の街を、白い息を弾ませながら走り抜けていく。
特徴のある屋根の家が、視界の隅をよぎった。
おそらく昔見た光景。
冬の冷たさに体が慣れたとき、この風景も思い出の中からよみがえるのだろうか?。
「まだか?」
そんな思いを断ち切るかのように、わざと声を出す。
「もうちょっとだよ。」
何度目かの名雪の台詞。
どう見ても走り難そうな制服だったが、名雪は気にした様子もなくどこか楽しそうに走る。それについていくのがやっとの祐一は、陸上部、という名雪の言葉に初めて素直に頷けた。とはいえ、それが”毎朝の特訓”によって得られたものではないか?と言う新たな疑念も持つには持ったのだが…。
「明日はもっと余裕持って家を出ような?」
「努力はするよ〜。」
懇願するような祐一の台詞も、他人事のように楽しそうな名雪の台詞も、白い息になって流れ去っていく。
「走ると、あったかいよね。」
名雪は何が嬉しいのか、ずっと笑顔のままだ。
「…そうだな。」
答える祐一は体力の限界を感じていた。
「到着だよ〜っ。」
これ以上は無理、と思い始めたところで、ようやく待望の言葉が名雪の口から飛び出した。
それは、祐一が想像していたよりも大きな建物だった。だが、名雪の”実力”を知った今、多少大きな高校の陸上部でも名雪が部長であることにいささかも疑念を挟む余地はない。
「つ、疲れた…。」
肩で息をする祐一を後目に、
「よかった、間に合ったよ。」
と、更に祐一を置き去りにしていく名雪。
さすがに陸上部と言うだけあって、名雪はまだまだ余裕がありそうだった。
「ここが、わたしの学校で、そして、今日から祐一が通う学校、だよ。」
名雪はくるくる、と身体を回しながら祐一に説明したが、残念ながら祐一にはそれを笑って受け止める余裕はない。膝に手を当て、はぁはぁと息をする。
そうしている間にも、二人の横を制服姿の生徒達が通り過ぎていく。
よく見てみると、女の子の制服は3種類あるようだった。
青いリボンと緑のリボン、そして名雪と同じ赤いリボン。
もしかすると、学年ごとに色が別れているのかもしれないな、と祐一は漠然と考える。
となると、赤いリボンの生徒は祐一や名雪と同じ2年の生徒ということになる。その赤いリボンが一つ、近寄ってくる。
「名雪っ! おはよっ!久しぶりねぇ、元気だった?」
一際元気な声が響く。
屈託なく笑うその女の子は、名雪の背中をぽんぽんと嬉しそうに叩いていた。
「…香里っ、痛いよぉ…。」
名雪は目を細めて困った顔を作った。
そのすらっとした外見に似合わず、美坂香里は結構力が強いらしい。
「相変わらず眠そうな顔してるわねぇ、名雪は。」
香里はさりげなく図星をついた。
要するに、いつものほほんとしている、ということだろう。
「わたしは昔からこんな顔だよ……。」
名雪も敢えて香里の意見に反対しない。
ある程度自覚はあるようだ。
(どうやら名雪とは顔馴染みらしいな。)
祐一は二人の仲の良い様子からそう判断した。
「それに、久しぶりじゃないよ。おとといも電話したよ。」
「直接会うのは久しぶりって意味よ。」
「今週の火曜日に一緒に映画観たよ、たしか。」
(ん?えーと、今日が金曜日だからおとといが水曜日で、だから、火曜日はその前か?)
心の中で指折り数えて計算する祐一の心の中を知ってか知らずか、香里は即座に
「3日会わなかったら立派に久しぶりよ。」
と、正解を出した。
「…そうかな?」
名雪は香里の回転の速さについていけなかったのか、たった一日の違いをあっさり納得させられてしまった。
祐一も”そんなものかな?”と思わされてしまう。
ふと、香里が祐一を見る。
「そう言えば、さっきから気になってたんだけど、この人、誰?」
祐一は突然の話題変更に一瞬身体を固くしてしまった。
「……だ、誰と言われても困るけど……。」
唐突に話を自分に向けられても対応できるほど祐一はここの空気に慣れていない。
祐一は救いを求めるように名雪に視線を送った。
「わたしの従兄弟だよ。今日から一緒にこの学校に通うんだよ。」
名雪は自分のことのように胸を張って答えた。
それはまるで子供が自分の親を自慢するかのような所作だった。
「そっか…そうなんだ…。初めまして、美坂香里です。」
香里は納得したように、うんうんと軽く二つほど頷いてから会釈をした。
一瞬はっとなるほど屈託のない笑顔を作った。
「俺は相沢祐一。えっと、美坂さん?」
「香里でいいわよ。」
さらっと受け流す。
軽いウェーブのかかった髪をさっと掻き上げる仕草はどこか大人びていた。
祐一の周りには名雪やあゆ、栞とった、高校生にしては幼すぎる女性が揃っていたが、香里一人でそれを埋め合わせられるほど大人っぽい雰囲気がある。
「だったら俺も祐一でいい。」
「あたしは遠慮しておくわ、相沢君。」
香里は祐一の言葉をさらりと受け流し、同時に”自分は相沢君と呼ぶわよ”と宣言した。
無駄のない、洗練された受け答えは上品だった。
(何というか、秋子さんとは違った意味でマイペースだな…。)
祐一は柳のようにさらりさらりとしなやかに会話を受け流しつつ、自分の用件だけはしっかり打ち込んでくる香里にそこはかとない優雅さを感じた。
「わたしと香里は同じクラスなんだけど、祐一も一緒のクラスになれるといいね。」
名雪は笑顔でそう話す。
「転入するクラスって、まだ分からないの?」
香里が意外そうな顔をした。
「俺は聞いてない。今日、分かるんじゃないか?」
祐一は適当な答えをした。
だが、間違いではない。
少なくとも、今日判らなかったら祐一は行く場所がないだろう。
何しろ急に決まったことだ。祐一自身も驚いたが受け入れ側も驚いたであろうことは想像に難くない。制服や教科書の手配もまだだ。もっとも、教科書に関してはあったところで祐一が持参する可能性は低かったが…。
「…一緒のクラスになれるといいね。」
名雪がもう一度同じ言葉を繰り返した。
じっと祐一の方を見ている。
こういうときはとりあえず同意しておくに限る。
「そうだな…。」
「うんっ。」
祐一の言葉に名雪は嬉しそうに頷いた。それを合図にしたかのように、予鈴のチャイムの音が鳴り響く。
「…あ、予鈴だよ。」
「走った方がいいわね。石橋とどっちが早いか勝負。」
「…うんっ!」
8時半の担任との戦いは、どこの学校でも同じらしい。
いつの間にか周りの生徒もまばらになり、僅かな生徒達ももう駆け出している。
「祐一はどうするの?」
名雪が問いかける。
「俺は、とりあえず職員室に行ってみるつもりだ。」
祐一が答えている間にも、名雪と香里との距離が開いていく。
「うんっ、がんばってねっ!」
「名雪、走るわよっ!」
「あ、うんっ!!」
昇降口に向けて全速力で走っていく二人の姿を目で追いながら、祐一も足を速める。
「俺も急ぐか…。」
まず、職員室に行って…。
?
しょ、職員室?
既に祐一の周りに生徒の姿はなかった。
「と、とりあえず、学校の中に…。」
しかし、祐一を迎え入れるべき昇降口はまだない。
仕方なく、名雪達が消えた昇降口から校内に入ることにした。
…上履き忘れた…。
(く〜…。世間の荒波は厳しいのぉ…。)
この寒い地方でスリッパで学校のリノリウムに触れることは避けたかった…、と後悔するが、もはや手遅れだ。
しかも…。
(外靴を入れるものもない…。)
雪で少し湿った通学用革靴はかさばるので鞄にも入れられず、入ったところで中のものが大きな被害を受けること請け合いだ。
(仕方ない。秋子さん、ごめんなさい…。)
祐一は秋子がそっと持たせてくれた弁当入れの袋をあけた。
(………。)
そこには上履きと、外靴を入れるためのビニールが鎮座していた。
(弁当袋が妙に大きい、と思ったのはこのせいだったか…。)
自分の未熟さを噛み締めながら、靴を履き替える。
今度こそ自力で職員室にたどり着いて見せます、と心に誓いつつ、祐一は避難経路図など、自分の位置が判るものを探し始めた。
「なんだ?見慣れない制服だな?」
その声に振り向くと、どうも用務員らしい人が不審者を見つめる目で祐一を眺めていた。
「あ、あの〜。今日転校してきた者ですが、職員室が判らなくて…。」
「だったら少し早めに来るとか、いくらでもやりようはあっただろう?」
…もっともだ。
「す、すみません…。」
祐一は恐縮するばかりでその後の言葉が出ない。
その沈黙を反省と受け取ったのか、その人物は態度を急に和らげると、
「まぁ、私も今から職員室に行く用事があったところだ。ついてきなさい。」
と、それ以上追及することもなく、祐一の先に立って歩き始めた。
職員室に入ると一斉に教師達の目がこちらを貫く。
「あ、今日は何もなし。」
目の前の人物は突然そんなことを言った。
「今日は人に会うからね。」
……?
何の話だ?
祐一は首を傾げた。
「あぁ、それと彼、転校生だから。石橋君所の。相沢祐一君。」
なんと、彼は祐一の名前を知っていた。
謎は深まる…が、石橋、と呼ばれた恰幅のいい先生の一言であっさり謎が解けた。
「はい。校長。」
…校長?
祐一は作業服にゴム手袋姿の目の前の人物をもう一度眺めた。
用務員然とした、つい先ほどまで雪かきをしていたようなこの男が、校長…。
唖然とする祐一を置いて、校長は本来の執務室…校長室へと消えていった。
その石橋先生に案内されて、祐一は2階にある教室に連れていかれた。
(…?石橋?)
どこかで聞いたような、と躊躇したときには石橋は教室に入っていた。
「あー、全員席に着けー。」
教室のドアを開けて、まず一声。
バタバタと生徒が自分の席に戻っていく。
「今日は転校生を紹介する。」
その言葉に、おおっ!と教室がざわめく。
「ちなみに、男だ。」
一瞬で教室の喧噪が静まる。現金なものだ…。
「相沢祐一君だ。入りたまえ。」
名前を呼ばれたので、祐一は教室の中に入った。クラス中の注目が祐一の一挙手一投足に集まっているのが分かる。何度転校してもこの瞬間には慣れない。いつもいつもその視線の主が違うのだから当たり前と言えば当たり前かも知れないが、加えられる好奇心に満ちた視線の焦点は居心地のいいものではない。
教室の中は、当然のように知らない顔ばかりだし…。
俯いていた祐一は視線の波を押し返すように顔を上げた。
………。
窓際の後ろの方の席に、見覚えのある顔がふたつ並んでいた。
「…祐一〜。」
嬉しそうに手を振っている従姉妹の少女。そしてその隣で、冗談半分に、楽しそうに手を振っている女の子。
祐一は敢えてそこからは視線を外した。
「あー、じゃあ、自己紹介して。」
「…相沢祐一です。よろしくお願いします。」
名雪の方に気がつかない振りをして無難に挨拶を済ませた…はずだったが、何故か教室のそこかしこからくすくす笑いが聞こえる。
何かまずかったか、と思って担任を見てみたが、特に問題がある様子もなかった。
「あー、君はそこのあいてる席に座って。」
祐一が示された場所は、一番窓側の後ろの方の席だった。
「祐一っ、同じクラスだよ。」
「びっくりね…。」
その席は、名雪の隣で、香里の斜め前だった。
なんでこんな中途半端な場所が空いているんだ?と不思議に思う。1列ごとに男女に分かれた列の、後ろから2番目。自分の前にも後ろにも住人がいる。常識的にはこんな位置、空くはずがないのだが…。
「よかったね…。」
名雪が祐一に笑いかける。
「そうかな?」
何かおかしいような気がするが…?
漠然とした疑問を抱きながら新学期1日目のHRが滞りなく終了した。
今日の予定は始業式だけのようだ。始業式は教頭先生が担当したらしく、祐一が職員室にいる間に終わったようだ。そういえば、人と会うとか言っていた気もする。
つまり、今日はこれで放課後らしい。
「普通の自己紹介だったわね。」
担任が出ていった直後、がっかりという風に香里が祐一に近づいて来た。
「…悪かったな。」
普通じゃない自己紹介があるんだったら是非見てみたいものだ、と内心毒づく。
「しかし、まさか本当に同じクラスになるとは思わなかった。」
「わたしもびっくりしたよ。」
祐一と名雪がそう言い合う中、
「でも、あたしはちょっとだけ迷惑。」
と、香里が祐一に何かの書類を差し出す。
「何これ?」
「教科書とか制服のサイズとかの調査票。今日中に出せば日曜に一切合切郵送されるって。」
だから今書いてね、とペンを祐一に無理矢理掴ませる。
「あ、そっか。」
名雪がぽん、と手を叩く。
「香里はクラス委員さんだもんね。」
「そういうこと。あ、ちなみに、あたし、今日急いでるの。」
そう言って微笑んだ香里の目は、確かにちょっとだけ怒っていた。
<続き>