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| 第3話 午後のひととき:Bパート | 目次 |
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「こ、これで、全部………。」
どさっ、とフローリングの床に段ボールを置く。
これで最後。
廊下にあった荷物は全て部屋に運んだはずだ。
「お疲れさまでした。」
若奥様のような名雪の台詞に救われながら、部屋の中を見回した祐一は、自分が運んだ数とほぼ同じ数の未開封段ボール箱を発見した。
「………こら。」
「なに?」
「祐一君っ、この漫画おもしろいねっ!」
名雪があゆを抱くようにして漫画を広げていた。
一瞬だけ顔を上げてまた漫画に目を戻し、二人で同じ場面で頷き合っている。
この二人が並ぶと、まるで姉妹のようだった。
まぁ、どっちが妹かは言うまでもないが………。
「読むなっ!」
一瞬そんな二人に目を奪われていた祐一だったが、ふと本来の仕事を思い出して大声をあげた。
「あっ! 大変だよっ!」
それに反応してあゆが急に顔をあげた。
「やっと気がつい………。」
「………この漫画、いいところで終わってるっ………。」
…………。
帰れっ、と祐一が言おうとしたとき、名雪があゆから漫画を受け取って立ち上がった。
「ほんとだね。でも、多分この段ボールのどれかに入ってるよ。」
「そうだねっ!」
名雪の言葉が引き金になって、あゆは猛然と段ボールの開封を始めた。
空いた段ボールの中身を名雪が種類別に分類し、祐一がそれを自分の使い勝手がいいように収納していく。
それまでの沈滞が嘘のようなスピードで作業が進んでいった。
祐一や名雪が休もうとしても、あゆが次々に段ボールの中身を二人に手渡すので手の動きを止められない。
空になった段ボールが次々と折り畳まれ、部屋が次第に元の広さを取り戻していった。
「あ、続きあったよ。」
あゆがそんな嬉しそうな声を上げたときには大半の段ボールが片づいていた。
「部屋もだいぶ片づいたし、ここらで休憩にするか?」
ようやくあゆが一旦止まったところを見逃さず、祐一は声を掛けた。
その言葉であゆもようやく部屋の状況を見渡す。
「あ、ほんとだ。綺麗になってるよ。」
あゆは折角見つけた漫画を申し訳なさそうにそっと祐一に手渡した。
「………ボク、少しは役に立ったかな?」
いいや、役に立ってない、とからかうのは簡単ではなかった。
あゆが心底反省したようにがっくりと肩を落としていたからだ。
そんなことを言おうものなら、背中の羽まで力を失ってとぼとぼと帰ってしまうだろ。
それに、確かに、主要部分は名雪と祐一がやったといえないこともないが、あゆが先頭に立って箱を開き続けなければ、絶対に途中で休憩を入れることで妥協したに違いない。
そしてその休憩は非常に長い…ことによっては、一年以上の…ものになっていた可能性が高い。
箱を開けながら箱の中身を綿密に調べてもくれたし、何より、重い、多いと文句たらたらだった名雪を巻き込んでくれた功績は大きい。
「まぁ、少しはな。」
「よかった。ボク、祐一君の役に立てて、本当によかったよ………。」
あゆは祐一の言葉を聞いてほっとしたように息を吐いた。
まるで自分一人で責任を背負い込んでいたかのようなその態度に、”やっぱりさっきからかわなくて良かったな”と祐一は思う。
「どれ、カステラでも食べるか。」
すっかり忘れているような顔のあゆに祐一が提案する。
「あ………うんっっっ!!!」
あゆは特大の笑顔を作って万歳をした。
「カステラ?祐一、買ってきたの?」
事情の判らない名雪が首を傾げる。
「うんにゃ。秋子さんが用意してくれてるはずだから、行こうか。」
祐一はそう言って部屋の扉を開けた。
彼が思っていた通り、階下では秋子が今や遅しと3人を待ちわびていた。
キッチンのテーブルには、秋子が用意してくれていたカステラが並んでいた。
あゆを名雪の右側に座らせようとすると、あゆがいやいやをした。
「祐一君、ボク、違う方の角が良い。ボク、左利きだから………。」
なるほど、左利きのあゆが名雪の右側でナイフを使うとお互い邪魔だ。
祐一は名雪とあゆの場所を交換させ、自分はテーブルのもう一辺に椅子を移動して座った。
秋子と並ぶのは何となく気が引けたからだ。
「あら。気にしなくても良かったのに……。これ、もともと6人がけの机ですから……。」
秋子はくすっと笑うと、椅子をもう二つ出してきて祐一を隣に誘った。
………。
「いえ、やっぱり遠慮しておきます。」
祐一は自分が移動した椅子に腰を落ち着けた。
秋子は別段気を悪くした様子もなく自分の席に着いた。
それを待っていたかのようにあゆが歓声を上げる。
「いただきますっ。」
言い終わるが早いか、ぱくっとカステラを頬張るあゆ。
「うぐぅ、おいしいよぉ………。」
目に涙を浮かべて感想を言う。
はぐはぐ、と口の中でゆっくりと味わいながらも、手を休めずに早くも次のカステラを準備している。
見ているだけで食が進みそうだった。
(しかし、嬉しくても悲しくてもうぐぅだな……。)
あゆの様子を苦笑混じりに眺めながら、祐一もカステラを一切れ口に入れる。
「よかったわ、気に入ってもらえて。わたしの手作りなんですよ。」
秋子は、コーヒーカップをテーブルの上に並べながら説明した。
祐一は”ぶっ”と吹きこぼしそうになるのをようやくこらえた。
(か、カステラを、手作り???)
言われてみれば、市販のものとは違って焦げ茶色の部分には本当に焦げ目が少し付いていた。だが、味の方はどちらが上か、正直に答えると営業妨害になりそうだ。
「ふぁ、ふぉうふぁんふぁ……。」
そのことを判っているのかいないのか、口いっぱいにカステラを詰め込んだあゆが幸せそうに頷いている。
「ええ、そうよ。あゆちゃん、コーヒーでいい?」
「ふぉふ、ふぇふぉふぃふぁふぁふふぁ。」
「あゆちゃん、猫舌なの? だったら、ミルクの方がいいわね。」
「ふぁふぃ。」
秋子はあゆの不思議な言葉もしっかり聞き取っていた。
あゆのコーヒーカップにミルクを注ぐ。
「なゆちゃんは?」
「う〜…。コーヒーでいいよ…。」
名雪は不満そうに顔を赤くしながら注文を出した。
秋子は名雪にコーヒーを注ぎながら、視線で祐一に尋ねる。
祐一も頷いてカップを差し出すことで自らの意志を示した。祐一のカップにもなみなみとコーヒーが注がれる。
二人にコーヒーを注ぐと、秋子は一旦台所に戻っていった。
「それにしても…カステラを自作って……凄いな……。」
「お母さん、大概のものは自作しているよ〜。」
「ほぇ〜…。」
女性陣にとっても称賛に値するものなら、男性の祐一にとってはなおさらだ。
(しかし……。)
祐一の思考はそこに行き着く。
(秋子さん、仕事は一体何をしているんだ?)
その祐一の疑念を押しのけるように、秋子がカステラのお代わりを持って戻ってきた。
「秋子さんすごいよっ!だって、このカステラすっごくおいしかったもん!」
あゆはすっごく、のところで両手で万歳をしてみせた。
「ありがとう、あゆちゃん。」
「わたしも嬉しいよ。」
この3人を見ていると、実の親子、姉妹のようで微笑ましく、また羨ましい、と祐一は思った。
「あ、ボクそろそろ帰らないと………。」
「帰る……?あ、そうか……。」
あゆが壁の時計を見てそう言ったとき、祐一は妙な違和感に捕らわれた。
秋子と名雪とあゆが実の親子で、この先ずっと一緒に暮らしていくものだ、と信じて疑わなかったからだ。
それほど3人は仲良く見えた。
だが現実にはあゆはあくまでも”月宮”あゆであり、時間が来れば帰らなくてはならない。
急激に寂しくなる。
「そうだな……だったら、玄関まで送るよ。」
「夕飯くらい食べていけばいいのに………。」
祐一と名雪の声に、秋子も残念そうに頷いた。
外に出ると、既に陽はたっぷりと傾いていた。
「それじゃ、これで帰るね。」
オレンジ色の光が、あゆの姿を照らしている。
「………帰るんだよな?」
「うん。」
祐一は”家の中を”振り返った。
「帰るなら、俺の前にいないといけないんだけどな。」
「う、うん……。」
祐一の視線の中で、あゆは名雪の陰に隠れた。
「……もしかして、暗いの怖いんだろ?」
「う、ううん、ぜ、全然そ、そんなこと無いよ……。」
更に秋子の陰に隠れながらそんな強がりを言う。
外は墨をぶちまけたような暗闇………。
あゆを照らしたオレンジ色の光の正体は玄関の街灯だった。
「あゆちゃん、おうちに連絡してちょうだい。後で私が送り届けますからって。」
秋子は少しも迷惑そうにせず、むしろ嬉しそうに話した。
「で、でも………。」
あゆはちょっとだけ秋子の陰から出て外に出る意志を見せたが、あまりの暗さにまた引っ込んでしまう。
「そうしなよ。あゆちゃん。」
名雪も嬉しそうに話す。
そう言いながら、扉を開けていると寒いので閉めてしまった。
「なゆちゃんもそう言ってるし、あゆ、そうしてみたらどうだ?」
祐一も寒い中立っているのが馬鹿馬鹿しくなって中に戻ってくる。
「わ、祐一もなゆちゃんって言ったらだめだよ……。」
名雪は膨れっ面を作った。
誰が”なゆちゃん”を使って良くて誰だと悪いのか、その基準はよく判らないが、面白いので折に触れて使ってみよう、と祐一は決心した。
「……わ、悪いと思うんだ……。」
あゆは両手をしっかり握りしめたまま、どうにかそれだけを言った。
「よし、それじゃ、あゆ。とりあえず家に電話して家の人に聞いてみたらどうだ?」
祐一が出した妥協案にあゆも頷いて、その問題はとりあえず棚上げになった。
日のとっぷりと暮れた商店街を、ずるっずるっと布のお化けが徘徊している。
ちらっとショーウィンドウを見る。
疲れ切った顔の少女がぼろ布をかぶっている様子がガラスに映し出された。
「わぁっ!」
びっくりしたのはお化けの方だったが、ガラスの中でも当然同じ光景が繰り広げられた。
「何よぉ…。」
お化け…いや、少女はぼろ布をかなぐり捨てると、ガラスに向かって突進し、…当然のように弾き返された。
「あぅ〜〜…。」
情けない声を上げて降参すると、ガラスの向こうでも降参する姿がある。
「…あたし?」
これが?
少女はようやくガラスに映る自分の姿を自分のものと認識した。
「って、あんた誰よぉ…。」
…そうでもなかった。
それからたっぷり10分はガラスに映る自分の姿と格闘した後、ようやく少女はそれが自分の姿だと納得した。
(それにしても、自分の格好まで忘れてしまうほど怒ってるなんて…。)
余程腹に据えかねることがあったに違いない。
少女は再びぼろ布を拾おうとして、それに目を留めた。
「?」
ガラスに映った自分と同じくらいの年代の少女達が群がっている。自分の持っているぼろ布と同じような布の向こうで、楽しそうに数人が押し合いへし合いじゃれ合っている。
(…。)
時間の経つのも忘れてその様子を見ていると、次第に人が減っていき、とうとう誰もいなくなった。
恐る恐る近づいてみる。
「お嬢ちゃん。撮るなら早く撮ってくれんかね?」
ゲームセンターの主人が少女に声を掛けた。
少女が戸惑う間もなく、ぐいっと布の中に押し込む。
「ここにお金入れるんだよ。300円。はい。じゃ、撮るからね。」
適当に選んだフレームに少女の顔を入れ込む。
「じゃ、後は明後日にしてもらえるかな?明日は急用で店閉めるんだ。」
主人はそう言って忙しく立ち回り、シャッターを下ろした。
「あぅ…。」
12枚綴りのシールの中の自分…。
不安そうに、小さくなっている自分の姿は、今の自分の気持ちそのままに思えた。
少女はシールを大切に財布の中にしまい込むと、再びぼろ布を頭からかぶって今夜の野宿の場所を求めてとぼとぼと歩き始めた。
「…帰る。」
「舞、明日学校でね。」
いつもの挨拶を交わして舞と別れた佐祐理は、ぐるっと大回りをして自分の部屋に戻った。父親と極力顔を会わせないようにするためだ。だが、今日はそれが裏目に出た。久しぶりに早めに家に戻ってきた父とばったり玄関で鉢合わせてしまったのだ。
「………。」
「…お父様、お帰りなさいませ。」
そう言った佐祐理の顔には先ほどまでの生き生きとした表情は窺い知ることが出来ない。能面のように硬い表情のまま、佐祐理はゆっくりと顔を上げた。
「…あぁ…。」
倉田は平静を装って答えた。
「いつもお勤めご苦労様です。」
全く平坦な口調には感情の欠片もこもっていない。
「佐祐理。今日も川澄君…。」
「………わたくしは明日の準備がございますので失礼いたします。」
その名前が出た途端、佐祐理は父の言葉を遮るように口を開き、そそくさとその場を退散した。
倉田はため息をつきながら食堂に向かった。
「お疲れさまでした。」
そのため息を疲労によるものと判断した使用人がそう話しかける。
「うむ。」
否定もせず、外套を渡して食卓につく。
お嬢様はいつものように…自室で……。
言い難そうにそう続ける。
………。
(結局、どこで食べるかの違いでしかないな……。)
病院の執務室か、自宅のがらんどうの食卓か……。
倉田は一人の食卓を目の前にして、そう嘯く以外に術を知らなかった。
<続き>