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| 第2話 再会と邂逅:Dパート | 目次 |
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「…きゃっ。」
衝撃音にかき消されるように、女の子の短い悲鳴が聞こえた、ような気がした。
祐一があゆの突撃をかわしたその背後に、ちょうど人が来たらしい。
当然、まともにぶつかる。
「だ、大丈夫ですか?えーと、その、すみません。………と、あゆも?」
「………。」
あゆも女の子も全く動かない。
「えっと…今のは俺が全面的に悪い、……かもしれない。」
祐一は二人のところに恐る恐る歩み寄りながら状態を確認した。
あゆが見知らぬ女の子と熱い抱擁を交わしている……ようにも無理に見れば見えなくもない。
「もしかして……全然痛くもかゆくもなかったとか?」
「すっっっっごく痛かったよぉっ!」
あゆは突然立ち直った。
がばっと振り返って、えぐえぐと目尻を擦りながら、涙目で祐一に非難の視線を送る。
「……うぅっ……避けたぁっ!祐一君が避けたぁっ!」
商店街のど真ん中で大声を張り上げる。
「……悪い、つい条件反射で。」
「うぐぅ…そんなに反射神経がいいのなら、さっきも避けて……。」
もっともな意見だった。
まぁ、あゆは大丈夫そうだ、と祐一はもう一人の女の子の方に視線を戻した。
スナック菓子や文房具、そして雑誌の山を視線だけで見つめている。
何が起こったのか分からない、といった感じで、頭にのったたい焼きを払うこともなく目をしばたたかせる。
「あゆ………このたい焼きはお前が買ったのか?」
スナック菓子がこの女の子のものだとすると、たい焼きとの相性はすこぶる悪そうだ。
ぶちまけられた商品の上に、たい焼きが4つ落ちている。
一つも路上に落ちなかったのは大いなる幸運の賜だ。
少女の頭の上のたい焼きを合わせれば、都合5つになる。
「祐一君が避けたぁっ!……って、あ、うん。」
たい焼きの話題が出た途端、あゆは泣き叫ぶのをやめていそいそとたい焼きの回収に入った。
あゆが大人しくなったので、祐一は女の子に気持ちを集中した。
様々な荷物の散乱した商店街の通りに、微動だにせず、ただ視線を地面に注ぐ女の子。
「…大丈夫か?」
祐一が話しかけても、女の子は”え……あ………”と口を動かすばかりだ。
「どうしたの…?」
祐一の後ろからのぞき込むように姿を見せたあゆが、遠慮がちに口を挟む。
狙いは女の子の頭に乗っているたい焼きのようだ。
「どうやら、あゆが体当たりして荷物をぶちまけてしまったようだな。」
祐一は一言で現場検証を済ませた。
「………まるで、ボクが悪いみたいな言い方だね。」
あゆが非難を込めた目で祐一を見上げる。
「事実だろ?」
「祐一君が避けるからだよっ!」
あゆはぴょんぴょんとその場で跳ね上がって怒っていることをアピールした。
「いや、だって、いきなり襲いかかって来たから………。」
「ひ、ひどいよぉっ! 襲いかかってなんかないよっ!」
あゆは両手をばたばたさせて無実をアピールした。
すっかり元気そうで一安心だ。
「襲いかかってきたんじゃないのなら、なんだったんだ?」
「感動の再会シーンだよっ!」
(………?)
その台詞にぴくっと女の子が反応した。
たい焼きがすり落ちてきて、女の子の手の中にすっぽりと収まる。
「…あゆはこの女の子と知り合いだったのか?」
「ち、違うけど……祐一君が……。」
一瞬女の子に視線を移す。
「うぐぅ、もういいもんっ!」
あゆは頬を膨らませて、ぷいと横を向いた。
「7年ぶりの感動の再会シーンで他人にぶつかったの、多分ボクくらいだよ……。」
「やったな、世界初だ。」
「ぜんっぜんっ、嬉しくないよぉっ!」
「まぁ、それはいいとして………。」
「よくないよぉっ!」
祐一は不満そうに頬を膨らませるあゆを無視して、改めて道の上に座ったままの少女に視線を移した。
「ところで………。」
さっきから祐一とあゆのやり取りを、まったく同じ体勢でぽかんと見つめている少女。
少女は肩からずれ落ちたストールを羽織り直すこともなく、路上に散乱した荷物を拾い上げることもなく、二人を見上げていた。
雪よりもなお白い肌が印象的な、小柄な女の子だった。
「大丈夫か?」
祐一が声をかけるものの、少女からの返事はない。
「打ち所、悪かったか?」
「……いえ……あ…あの、大丈夫です…はい…。」
その言葉で不意に我に返ったように、ゆっくりと頷く。
「えっと、とりあえず、拾うの手伝うよ。」
あゆは女の子の側にしゃがみ込んで、散乱している少女の物と思われる買い物袋に手をのば………そうとした。
「あ!」
驚いたようなあゆの声とともに、手がすーっと買い物袋から離れていった。
「………あゆ、その羽って本当に飛べたんだな?」
祐一が感心したように声を上げる。
その言葉通り、あゆの身体はぱたぱたと宙に浮いていた。
その傍らに立つ、ひとりの男の手によって………。
薄くなった頭に、人の良さそうな穏和な表情。
そして、なぜかエプロン姿………。
その、エプロン以外はどこから見ても”普通のおやじ”があゆのリュックをつまみ上げていた。
「…ふぅ…ふぅ…。」
息切れしているその呼吸に合わせてあゆもぱたぱたと羽を羽ばたかせる。
「…じょ、嬢ちゃん、お金………。」
祐一はあゆが逃げていた理由を理解した。
「あゆ〜…食い逃げは良くないぞ?」
「くいにげ?」
祐一の言葉に、少女も小首を傾げる。
「そ、そうだよ。嬢ちゃん。あげたのは昨日だけだ。」
たい焼き屋の主人も息を整えながらあゆに事情を説明する。
「違うよっ!たい焼きは祐一君のサービスだからいいんだよっ!!」
あゆは涙目になって抗議した。
部外者だと信じていたところに突然名前が挙がって、祐一は仰天した。
「お、俺か?」
「そうだよっ!」
あゆはじたばたと両足をばたつかせた。その勢いに負けて、たい焼き屋の主人はあゆを地面に下ろす。
「俺?」
祐一はもう一度繰り返した。
「そうだよっ!”ちなみに、最後のたい焼きは俺からのサービスだ”って…。」
おぼろげな記憶の中で、その台詞が確かに自分のものだったような気がしてくる。
「そうだっけか……?参ったな。今は秋子さんの買い物の荷物持ちに来ただけで、財布は持ってこなかったな…。」
祐一は頭をかいてあゆに謝った。
「うぐぅ…約束したのに…。」
あゆは再び大きな目に涙を集め始めた。
「あの………。」
不意に小さな声がして3人は声の主を求めた。
女の子が財布を出して待っていた。
「よろしかったら、私が立て替えますが……。」
おずおずと申し出る。
たい焼き屋の主人はあゆと祐一、それに女の子を代わる代わる、たっぷり3周は見つめた後、
「まぁ、俺っちとしちゃあ、誰からお代をもらおうが関係ないっすけどね…。」
と呟いて、お金を受け取り、元来た道を帰っていった。
「いやぁ、助かったよ。えーと……。」
「栞です。美坂、栞……。」
栞はそう自己紹介した。
「俺は相沢祐一。ちゃんとした一般市民。で、こいつが前科17犯の月宮あゆ。」
「うぐぅっ!ボクに前科なんか無いよっっ!!」
あゆは背中の羽までばたばたと使って祐一の言葉を否定する。
「お金明日届けるから、連絡先を教えてもらえるかな?」
祐一はあゆの抗議を完全に無視して栞に話しかけた。
途端に栞の動きがぴたっと止まる。
「えーと…。それは…ちょっと…。」
警戒されているのか、と祐一は苦笑する。
無理もない。
いきなり見ず知らずの他人に激突されて荷物をぶちまけられ、何故か立て替えまでした上に家まで押し掛けられたら人が良いにもほどがある、と言うものだ。逆に、この子が自分たちの窮状を見かねて好意を示してくれたことに感謝するのが先だろう。幸い、名前が判っているのだからこれ以上は望むまい。
「ね、キミも食べる?」
あゆは二人の会話が途切れた瞬間を狙うようにしてたい焼きを一つ差し出した。
「あ、え、あ、はい…。そ、それじゃ、私はこれでいいです。」
栞はさっき自分の頭に乗っていたたい焼きをあゆに示した。
「…やっぱり、秋子さんが帰ってくるのを待った方がいいかな?」
「はぐ…おいしいね。」
既に祐一の言葉はあゆの耳に入っていなかった。
「話の最中に食うなっ!」
「うぐぅ…。」
あゆはたい焼きを口に詰めたままぴたっと動きを止めた。
「でも、たい焼きは焼きたてが一番おいしいって…。」
「そうですね。」
祐一があゆに気を取られている間に、栞もまたたい焼きを頬張っていた。
「う、うぐぅ…。」
「うぐぅ…って真似しないでっ!」
祐一は困ってあゆの真似をしてみたが、本家から早速抗議が出た。
「でも、はいっ、これは祐一君の分だよっ。」
あゆは何が嬉しいのか、元気いっぱいに微笑みながらたい焼きを一つ祐一に差し出した。
「…わかった。もういいよ。」
祐一は諦めて、自分も同じようにかぶりついた。
3人で商店街のど真ん中に陣取ってたい焼きをかじっている………。
見れば見るほど妙な光景だが、不思議とそれほど気にならない。結局あゆと祐一が2匹ずつ、栞が1匹平らげて3人の会食は終了した。
「まぁ、あゆはともかく、俺は怪しい者じゃないから気にしないでくれ。」
あゆがまだたい焼きの餡を舐めている間に、祐一は栞に説明をした。
「えっと…よく分からないですけど、分かりました〜。」
栞はぺこっと頭を下げた。
「運命だよね。」
あゆが誰にともなくそう呟いた。
その言葉に、敏感に反応する、栞…。
「うんめい、ですか…。」
「少なくとも、ボクはそう思ってるよ。」
あゆはそう結論した。
「俺とあゆはただの腐れ縁だと思うぞ…。」
という祐一の茶々を気にすることもなく、あゆは新しい友人に興味を示した。
「ねぇねぇ、キミって何年生?」
「えっと…1年です。」
「………中学?」
祐一の疑問に、栞はにっこり微笑みながら、
「そんなこと言う人、嫌いです。」
と小さく呟いた。
「い、いやぁ、冗談冗談…。」
栞の小柄な体からもっと下の年齢を想像していた祐一は、心の中で栞の年齢を4つ下から1つ下に訂正した。
「ということは、ボクのひとつ下だね。」
あゆの笑顔の一言は祐一により一層大きな衝撃をもたらした。
「えっ! あゆって俺と同じ学年だったのか?」
「そうだよっ。」
あゆもにっこり微笑みながら抗議する。
「全然分からなかった…俺はてっきり……。」
………もっともっと下の学校だと思っていた。
「てっきり………何かな?」
あゆの顔は笑っていた。
しかし、声が笑っていない。
「い、いやぁ、判った判った。じゃ、とりあえず、うちに来てもらうのがいいかな?」
祐一は今自分が居候をしていることを説明し、家主の到着を待っている事情を話した。
「あゆにはたい焼きの分働いてもらうとして………。」
「うぐぅ!」
祐一とあゆがまた掛け合い漫才を始めようとすると、栞はそっと目を伏せた。
「実は、私、今入院中で………。」
門限があるのであまり長く外にはいられない、と話す。
「そ、そっか………。」
それを聞いてしまっては長く引き留めているわけにはいかない。
「美坂さん、病院の名前と病室の番号教えてもらえる?」
「あ、はい。倉田総合病院の、208号室です。それと、私のことは栞でいいですよ。」
栞はストールを身体に掛け直しながら微笑んだ。
「分かった、俺のことも遠慮なくお兄ちゃんと呼んでいいぞ。」
祐一がおどけると、一瞬顔を強張らせて、それから笑う。
「…そういうこと言う人、嫌いです。」
「いや、冗談だって。」
「分かってます。」
微笑んで、そしてお辞儀をして、ゆっくりと歩き出す。
「それでは、これで。」
すれ違うとき、もう一度お辞儀をする。
「明日必ずお見舞いに行くから。」
祐一は小さくなっていくストールに声を掛けた。
栞は大きな荷物を抱えたまま、また一旦わざわざこちらを振り向いてお辞儀をしていった。
「明日、あゆは何時頃都合がいいんだ?」
祐一は一緒になって手を振っているあゆに訊ねた。
「…ぼ、ボクは行かないよ?」
あゆは怯えたように首を振る。
「どうして?あゆのたい焼きを立て替えてくれたんだぞ?」
祐一は不思議そうにあゆを見た。
「あれは祐一君のサービスだよっ!」
あゆは、うぐぅ、と唇を尖らせた。
なるほど、そう言われればそうだったかもしれない。
祐一はその点は納得して引き下がった。が…。
「それはそれとして、入院している人と知り合って、お見舞いに行かないのもどうかと思うぞ?」
一般論として、だが………。
「…う、うぐぅ…。」
あゆは小さかった………いや、小さくなっていた。
「…もしかして、注射とか怖いんだろ?」
「そ、そんなこと…うぐぅ…。」
「苦い薬とか飲まされると思ってるだろ?」
「ち、違…うぐぅ…。」
あゆは一瞬強がってみせるものの、その場面を思い浮かべただけで怖くなるのか、耳を押さえてうぐぅうぐぅ、と繰り返す。
どうやら図星のようだった。
まぁ、嫌がるのを無理矢理連れて行っても、見舞われた方も迷惑だろう、と考えを変える。
祐一は一人で見舞いをすることに決めた。
<続き>