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| 第2話 再会と邂逅:Cパート | 目次 |
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「たい焼き下さいっ!」
あゆは昨日と同じ屋台に再び顔を見せた。
「お、来たな。また5個か?」
「うんっ!!」
今度はスムーズにことが運んでいく。
あゆは屋台の軒先に両肘をついて幸せそうにたい焼きが焼き上がる様を眺めていた。その笑顔は見る者にも幸せのお裾分けが来そうなほどだった。
主人は餡をたっぷりとサービスしたたい焼きを5つ作ると、袋に詰めてあゆに手渡した。
「あいよっ!」
「ありがとうっ!」
あゆはぺこっと頭を下げて………………その場を離れた。
うんうん、と頷いていた主人が、何か一つ抜けた動作があったことに気がついたのは、あゆの背中の羽が随分小さくなってからだった。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
お金もらってないよっ!
主人はあゆを追いかけて走り出した。
「ほぇ?」
あゆは一瞬振り向いた後、主人の形相を見て仰天して逃げ出した。
(大丈夫、昨日の感じだったらすぐ追いつける………。)
だが、昨日あれほど簡単に追いつけたはずのあゆに、なかなか追いつけない。人が昨日よりも多いせいか、人混みを縫って走っていくあゆの背中は少しずつ遠くなっているように感じる。
(あの羽は本物の羽なんか?)
主人は馬鹿なことを考えている、と自分を叱咤しながら、より小さくなっていくあゆの背中を必死で追いかけた。
「………。」
「………。」
事態の急変に咄嗟に対応できないでいた二人は、顔を見合わせてからどちらともなくため息をもらした。
大人しくしていた、と思っていた患畜のうちの一匹が、突然苦しみだしたかと思うと、急激に容態を悪化させたのだ。
「……打ち身がひどいから……。」
もしかすると、内臓も悪かったのかもしれない、と佐祐理は考えた。素人が外からざっと見ただけでは、どこがどう悪いのかなど判るはずもない。
「……病院に……。」
舞が苦しむ患畜に手をさしのべようとしたその指先で、患畜は息を引き取った。
「ふぁ………。」
佐祐理の目に涙がにじむ。
彼女が犯した深い罪の、ささやかな贖罪のために始めたままごとのような病院。
だが、こういう場面に出くわす度、自らの罪が重なるような気がして仕方がない。
「……お墓…作ってあげようね……。」
佐祐理は悲しそうに、のろのろと立ち上がった。
「佐祐理、悪い。私の見立てが悪かった………。」
舞は患畜の死よりもむしろ佐祐理の落胆ぶりに対して深く反省をした。
「ううん……。舞のせいじゃないよ…。私の力不足だよ…。」
佐祐理は力無く微笑んだ。
彼女がこうした”病院”を始めて、はや今年で10年になる。
勿論、最初からうまくいったわけではない、というモノローグが付き物なのだろうが、事実は全く逆で、1年目が最もうまくいっていたのだ。だからこそ、今までやめることもなく続いている、とも言える。
無論、ずぶのど素人二人にいきなり獣医の真似ごとが出来るはずが無い。偏に舞の不思議な力があってこそだった。
それが失われてから既に8年。
無茶な治療を試みてはむざむざ患畜を見殺しにしたこともある。大規模な手術が必要な患畜が手に入ったときは、涙を飲んで専門医に診せに行ったこともある。
その分、今では、自分の手に負えるものと負えないもの程度の見分けはつく、と思っていたのだが………。
(………?)
その感覚に先に気がついたのはやはり持ち主の方だった。
腰に差してあった木剣をすっと引き抜く。
(待たれよっ!いまわのものっ!!)
真剣もかくやと思えるほどの煌めきを残して、舞は木剣で患畜の身体を一薙した。
体毛一本ほどの間隔で撫でられた患畜は、とたんに身体を起こして元気に跳ね回った。
「…あ、あはは…。」
佐祐理の顔に泣き笑いの笑顔が戻る。
(良かった……。)
そう思う舞の目の前で、木剣が次第にその煌めきを失っていった。
祐一はぼんやりと歩道に立っていた。
秋子が戻ってくるまでしばらく街並みを眺めながら時間を潰す。商店街の佇まいは、昨日まで暮らしていた街とさほど変わらない。街が白い雪に包まれている以外は………。
「それにしても…。」
暇だ。
それに寒い。
歩いている時は少しマシだった寒さが、じっとしていると再び襲ってくる。
秋子のあの様子では買い物自体が始まるまで相当かかりそうだ。
祐一はそっと目を閉じた。
7年前にも、この景色を俺は見ていたんだろうか。
記憶の奥底にある、雪の思い出。
目を閉じてゆっくりと記憶を掘り起こす。
白い雪。
街並み。
いとこの少女。
そして……。
「そこの人っ!」
そう、そこの人……。
ん?
「どいてっ! どいてっ!」
きょろきょろ、と辺りを窺うと、すぐ目の前に女の子がいた。
いた……というか、走っている。
手袋をした手で大事そうに紙袋を抱えた、小柄で背中に羽の生えた女の子だった。
………?
は、羽ぇ?
「うぐぅ…どいて〜っ!!!」
べちっ!
「うぐぅ…痛いよぉ〜」
すっかり失念していたが、女の子は走ってる最中だった。
しかも、全速力で………。
「ひどいよぉ…避けてって言ったのに〜…。」
女の子はまともに顔からぶつかったらしく、涙目で赤くなった鼻の頭をさすっている。
「悪い悪い。あんまり高速だったので避けられなかった。」
祐一はそう言い分けした。
「うぐぅ…ボク、そんなに足速くないもん…。」
どうやら鼻の頭を思いっきりぶつけたらしく、すっかり赤くなっていた。
目には大粒の涙まで浮かんでいる。
「いや、謙遜することはないぞ。多分、100mを7秒くらいでは走っていたぞ。」
「それじゃ世界新だよっ!」
どうやら頭は打っていないようだ、と祐一は一安心する。鼻を押さえている女の子の全体像を見渡す余裕も出来てきた。
小学校高学年くらいかな?と祐一は判断した。
「うぐぅ…。」
女の子はまだ鼻を押さえている。
「ちょっとだけ痛そうだな。」
「ちょっとじゃないよっ! 凄くだよっ!」
元気が戻ってきたようだ。
この分だとこれ以上泣き出されて面倒なことになることはないだろう。
祐一は女の子に手を貸してその場に立ち上がらせた。
「よいっと。軽いなぁ…。えーと?」
祐一の鼻を香ばしい匂いがくすぐった。
「…あっ!」
その匂いで思い出したように女の子も後ろを振り返る。
「と、とりあえず話は後っ!」
「……え?」
俺の手を掴んで、そのまま引っ張るように走り出す。
「ちょ、ちょっと待てっ!」
ぐいっと引っ張り返すとあっけなく引き戻すことが出来た。
「待てないよ〜っ!」
じたばたと足を振り回すが全く効果がない。それでも必死の表情で後ろを振り返る。
「まずは事情を話してみろ。いったい何がどうしたんだ?」
「追われてるんだよ……。」
女の子は呟くようにそう説明した。
「……追われてるって?」
「………。」
それっきり口を閉ざす。
待てよ……。
祐一は女の子の持っている紙袋に目を留めた。
「その持ってる紙袋と何か関係があるのか?」
女の子の目が急に全速力で泳ぎだした。
「ぜ、ぜ、ぜんぜん、そ、そ、そ、そんなことないよっ!」
明らかに動揺している。
「関係あるんだな。」
「ええっ!う、ううん、か、関係ないよっ!」
どもりながら、紙袋を胸元で抱えるように少し後ずさる。
とても分かりやすい女の子のようだった。
「まぁ、言いたくないのなら別に構わないけど…。」
「これはあげられないんだよ…。」
女の子は俯きながらそう呟いた。
どうやら説明すると取られると思ったらしい。子供じゃあるまいし…。
祐一は苦笑しながら話の矛先を変えることにした。
「…ところで、この羽は何なんだ?」
祐一は再び女の子との距離を詰めると、女の子の背中の羽をつまんだ。
「…はね?」
女の子は不思議そうに首を傾げている。
「はねって、なに?」
祐一の言っていることが分からないというふうに、顔に『?』を浮かべる。
「背中についてるだろ?」
「背中…?」
首を傾げたままの体勢で、自分の背中を見ようと後ろを向く。
「…はね〜。」
……が、当然後ろを向くと背中の羽は前に来る。さらに自分の背中を追いかけるように、右回りにくるくると動く。
「…うぐぅ。」
自分のしっぽにじゃれつく子犬のように、その場でくるくると回転する女の子。
「…うぐぅ…見えない。」
祐一は呆れかえってその様子を見守っていた。
(もしかするとそうではないかと薄々思っていたが、今なら断言できる。こいつは変な奴だ。)
間違いない。
「と、とりあえず、首だけ動かして背中を見てみろ…。」
「…んしょ。」
言われた通り、覗き込むように自分の背中を見る。
「…あ、ホントだっ。」
無邪気に顔をほころばせる。
「羽があるよ〜。可愛い羽〜。」
…やっぱり変な奴だ。
祐一は諦めて自分で謎を解くことにした。白い羽を手で掴んでみる。
プラスチックのような、冷たい感触。
どうやら背中のリュックにくっついているらしい。
だが、何故ぱたぱたと動くのかは謎のままだ。
「ボクはあゆだよ。月宮あゆ。」
不意に女の子…月宮あゆが顔を上げた。
「オレは祐一だよ。相沢祐一。」
祐一もあゆの真似をして自己紹介をした。
途端にあゆの表情が強張り、複雑な表情で、真っ直ぐに祐一を見返した。
「お、なんだ?真似されて怒ったか?」
「そうじゃなくて、祐一君って…。ここにいたことある?」
切羽詰まったように、食い下がる。
「ああ、つい昨日引っ越してきたんだ。昔はよく来てたこともあったんだけどな。」
祐一はそう説明した。
幼い頃にはこの街に住んでいたし、引っ越してからも毎年の夏休み、冬休みには必ず名雪と一緒に宿題を仕上げたものだった。名雪に合わせて宿題を終えれば地元に戻ってから更に1週間は遊んで暮らせる。祐一が名雪の宿題とすり替えておいたりするので、名雪にとっては休みの最後に白紙の宿題が姿を現すこともしばしばだったが…。
「…7年前にも?」
あゆが説明を追加する。
「そうだな、最後にこの街に来たのはちょうどそれくらいかな…ってなんで知ってるんだ?」
祐一は驚いてあゆの顔を見下ろした。あゆは大きな瞳にいっぱいの涙をためて、それがこぼれないように必死で耐えていた。
「もしかして……祐一…君?」
繰り返す。
だからそうだけど、と言おうとした祐一だったが、あゆのただならぬ表情に気圧されてゆっくり頷くことしかできなかった。
「そっ…か…。」
俯いて、声を落とす。その拍子に商店街のタイルにぽろっと涙の雨が二つ落ちる。
あゆの肩が小刻みに震えていた。
「…どうしたんだ? あゆ」
「本当は、最初に名前聞いた時から…そうじゃないかって思ってたんだ…。」
あゆの小さな体が、微かに震えているのが分かった。
「名前…一緒だし…それに、変な男の子だし…。」
余計なお世話だ。
突っ込みの一つも入れたいところだが、泣いている女の子に追い打ちを掛けている姿を、誰が”ぼけと突っ込みの一種”、と評価してくれるだろうか?祐一は辛うじて突っ込みの衝動に耐えた。
「昔の、ボクが知ってる頃の、ホントそのまんまだったし…。」
瞬間、祐一の脳裏を電撃が襲う。
あゆは自分を知っている。
つまり、自分もあゆを知っていたはずだ……。
「……帰ってきて……くれたんだね。」
あゆは再び顔を上げた。
その目にはまだ少し涙が残っていたが、笑顔が涙を乾かしていく。
「ボクとの約束、守ってくれたんだね。」
不意に、祐一の記憶の片隅をかすめた風景。
そして、その、名前……。
「あゆ……。そうだ……。」
思い出した……。
7年前にこの街で出会って、そして一緒に遊んだ女の子がいた。
その少女の名前が、確か……。
「……あゆ。」
祐一もあゆの視線を正面から受け止める。
「うんっ。久しぶりだねっ。」
あゆは飛び跳ねるようにしてそう叫び、喜びを全身で表現した。
「そうだな……本当に久しぶりだ。」
少しずつ、それでも確実によみがえる記憶。
祐一は確かに昔、あゆと遊んでいた。
だが、今の祐一に思い出せることはそれだけだった。
どんな女の子だったのかも、どうして知り合ったのかも、どんな別れがあったのかも、思い出せなかった……。
「お帰り、祐一君っ。」
大地を蹴って、祐一の方に駆けてくるあゆ。
そしてそれを、見事な体捌きで避ける祐一………。
「…えっ!」
あゆの目的地が急に視線から消えた。
べちっ!
雪の商店街に激しい衝突音が鳴り響いた。
きょろきょろきょろきょろ…。
商店街の一角にある寂れた空き地のクマザサの中で、一対の視線が辺りを激しく窺っていた。
(こ、ここなら大丈夫よね?)
女の子はがさがさ、と激しい音を立てながらコンビニの袋を切り裂いた。
(あぅ〜……開け方判んない……。)
仕方なくパンの袋も爪で切り裂く。
ほわ〜ん、とカレーの匂いが立ちこめたが、この場合有り難くない。
女の子は野犬や山犬が寄ってこないうちに、と手早くそれを口の中に詰め込んだ。
(あぅ〜〜〜…か、辛いぃ〜〜…。)
だが、贅沢は言っていられない。
記憶の許す限り遡ってみても、何かを口にした、という記憶が全くない。
(うぅ〜、覚えてなさいよぉ〜……。)
更にコンビニの袋を逆さにする。
ぽろぽろ、と他の食べ物も姿を現したが、ちゃりん、と音を立てて財布も袋から出てきた。
(………?これは…えーと…みんなが食べ物と交換していたものだわ。)
きっとこの先役に立つに違いない、と判断して、女の子はそれをポケットにしまい込んだ。
(まずは腹ごしらえよっ。)
次の食べ物に手を伸ばし……がつん、と、したたかに指を打ち付ける。
(はぅっ……。)
パンの袋を破った要領で缶に指先を叩き付けたのだから、その痛みたるや………。
(うぅ…絶対復習してやるぅ…。)
その心構えは立派だが、やはり微妙に意味が違っていた。
<続き>