1999年
・日記だったり呟きだったり業務連絡だったり…
 
 12月26日(日)
・お知らせ

tsoも180000ヒットを迎え、恒例となっている転校生外伝の公開です。今回は転校生S、脳まで溶けてしまいそうな(笑)「涙のわけ」、どうぞお楽しみ下さい。

今回の更新で、今年のtsoの更新は最後となります。来年は1月2日・9日は更新お休みで、16日から更新再開します。

それから鎮魂歌第二章が公開されていないのは私がさぼっているわけではなくて、今回は転校生外伝のみの公開であるためです。第二十二話「猫と転校生」Aパートの公開は来年1月16日になります。それまでどうぞ、首を長くしてお待ち下さい(笑)。

・1999

自分の今年を振り返ってみる。

最初の頃は……修了のための論文と実験の日々。ナチュラルハイだった日々。そういえば年始に風邪引いてるね。今年はあれ以来は病気していない。3月は……友達と旅行してたっけ。その末は学会準備と発表、就職の準備。4月からは社会人。ひたすら眠い新人研修が続いて、工場実習、販売実習、あちこち歩き回って疲れたけど面白かったな。それで7月にやっとこの場所に落ち着いて。それまでの間のtsoの更新はオファさんにお任せしてたんだよね。8月になってインターネット環境が整い、ようやくの復帰。友達の結婚が3つもあった。車も買った。

学生生活を終え、自分で金を稼ぐ立場に。今年の出来事は自分にとってかなり大きいはずなんだけど、なぜかあまりそう大したことじゃないような気がしてならない。なぜだか分からないけど、ここまではあっという間に来ている気がする。うーむ、これでいいのだろうか。時間が過ぎるのが早く感じることについては、「それだけ充実した時間を過ごしている」という考え方と、「忙しいようで空虚な時間を浪費している」という見方の二つがある。自分には後者の方のような気がしてならないけど、前者であることを望みたいね。

tsoでいえば、今年はとにかく鎮魂歌第二章の年でしたねぇ。物語も佳境に入っています。オファさん、今年もお疲れさまでした。私は日記のなかで「呟き」みたいな事を毎回やろうと心がけていましたが……やっぱりちゃんとした形にしないと、やってた気にならないのは変な感じですねぇ。カウンターも順調に増えて(途中でリセットされてしまいましたが)18万を迎えましたし、今年もいい年でした。

で、来年への抱負。個人的には、恋人を作ること。ただいまロンリーなので。tsoでは、来年は鎮魂歌第二章の終了が待っています。オファさん来年もよろしく!あとは……私の書き物の更新を増やす。

ではでは、これにて今年のtsoはお開き。来年、2000年のその年に、またお会いしましょう!

 
 12月20日(月)
・忘年会

今週の金曜日も定時退社。まだ仕事は残っていたが、幹事が遅れてはならない。そう、新入社員である私はその当然の義務として、幹事という役目を与えられたのである。

学生時代は、仲間内では私以外がその役目を果たしていた。はっきり言って幹事をやるのは初めてである。はじめは「泊まりで温泉案」の声が高く、「一人一万円以内で美味しい食べ物」という希望を満たす場所を探し、日時も決めて全員にメールで打診した。ところがほとんどが参加できないという答え。プランに見合った場所がちょっと遠かったことが災いしたようだった。それではもっと近場をと探し出したときには既に時遅し。結局苦労して探した「泊まりで温泉案」は却下し、「一人5000円で美味しい食べ物案」となった。

といっても、「美味しい物」とはまた抽象的である。何にするかは、上司の判断で私が食べたい物にすることとなった。冬といえば鍋、カニなんかも入っていればみんな納得してくれるだろうと、私はすぐさま店を予約した。しかし考えてみると、「おまえが食べたい物にすればいい」というのは、何とも無責任なような……。

で、金曜日。定時退社した私は社宅前で待ち伏せ(待ち合わせ場所なので)。しかし時間になっても全然人が集まらない。パラパラと集まりだしたのは、待ち合わせ時間の20分後。それでも予定の人数が集まっていない。幹事が会場に送れては話にならないので、残りの輸送班をおいて焦りつつ予約していた店に行ってみると、予想通り人がいない。後に残してきた輸送班をあわせても、事前の調査の参加人数の半分も集まっていない。ここで、イヤな想いが頭をかすめた。今日の料理はコースで決まっている。つまり参加予定人数分の料理があらかじめ用意されている。±5人くらいなら調整がきくだろうが、それを越えて少ない場合はその分の料金はこちらで負担をしなければならないことになる。それは調査不足である私の責任だろう。最悪の場合は数万円の出費を覚悟しなければならない……。部長が店に来たところでとりあえず乾杯となったが、それでもまだ必要最低限に届いていない。私はドキドキしながらちらちらと玄関先を覗き、ビールの注文(飲み放題コース)とあちこち注いで回り、料理はほとんど食べることができなかった(というか食べる気もしなかったが)。

どうやら二時間の間に必要最低限の人数が集まり、ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、二次会はカラオケ。精算を済ませて店の外に出ると、既にほとんどの人はなく、課長と私を含めて6人のみ。それからの約4時間は、課長のオンステージ。10曲メモリーできる機械の8曲は常に課長の入れた曲、しかも自分の歌でなくともマイクが二つあるので人の入れた曲でも勝手に歌う。課長曰く、「俺は天才だから何でも歌えるんだよ」「課長は偉いだろ?早く課長になりたいだろ?」。見かねた係長が「おまえの分も入れろ」。しかし課長は「俺が歌うからこの曲を入れろ」。私は眠くてしょうがなかった。

時間になって精算を済ませ、私は課長と係長を家まで送り届ける途についた。車中私は解放されることへの安堵感で一杯だったが、いきなり課長がこんな事を言いだした。「そういえば係長、おまえの家にはまだ行ったことがないな。これから行くか」。おいおい。いくら何でも遅すぎるだろ。奥さんだって寝てるだろうし、子供だっているはず。いきなり押し掛けるなんて……。ところが係長、「電話してみましょう」。…………。

家についた我々が玄関のドアを開けると、眠そうな奥さんが出迎えてくれた。私はひたすら恐縮、イスに座ってウーロン茶を飲みながら深夜番組を何とはなしに見ていたが、課長はところかまわず歩き回り、大声で自分の家との比較をしていた。係長と奥さんはいちいちそれに答えていたが、隙を見てお菓子を持ってきてくれた。

私「お子さん、もうお休みではないのですか?大丈夫でしょうか?」
係長「二階で寝てるから」
課長「おい、二階も見せろよ」
私「………………」

二階から戻ってきた課長と係長は、家を建てるということがいかに大変か、係長の苦労話、課長がいかに天才かなどを蕩々と語ってくれた。とても勉強になった。眠かったけど。

やっと係長の家から脱出した私は、今度は課長を家まで送る。車中、私は気が気ではなかった。まさかこれから課長の家で、なんて事は……。しかし課長、家の前であっさり「お休み」。そういえばそうだ。自分の奥さんに迷惑をかけるようなことはしないよな……。たっぷり一年は歳をとった気分で、私はやっと長い一日(二日?)を終えた。

 
 12月12日(日)
・疲れた……

金曜日の夜、仕事を抜け出して出発した結婚式。先ほど戻ってきました。眠い。疲れた。ので、今日は鎮魂歌の更新だけして、眠ることにします……。それにしても、疲れたけど、いい結婚式だった………。

 
 12月5日(日)
・実感

先月末から今月にかけてというもの、鬼のようにお金を使っている。これから使う予定も目白押し。別に、ストレスのたまりすぎで自己破産するほど物を買い漁る病気にかかったわけではない(全部現金払いだし……)。

まず、友人の結婚式のための準備。この機会に、と思いそろえた礼服やらなにやら。靴からベルトまで、全部買ってしまった。行ったら行ったで、移動費、ご祝儀、宿泊費、二次会・三次会費(どこまでやるか分からない)……。それから北海道への帰省のためのチケット代。これが馬鹿にならない。一日で家までたどり着くためには、今までの鉄道・フェリーの使用では不可能なのである。どうしても飛行機を使わねばならない。飛行機といえば各種の割引があるが、年末年始は割引が全くきかない”多客期”である(悪魔的な制度だね……「往復割引」だけの時の方が良かった)。値段が高くともそれしか選べないのではしょうがない。それから冬服の費用。学生の時に来ていた物はほとんど捨ててしまっていたので、一から買い直しなのである。ここのところ、週末ともなると何か買っているような気がする。これは自分のせいだけど。そういえばもうすぐ忘年会という行事もある。帰省したら、今度は自分がお年玉を払う立場?うーむ、一体いくら使うのやら……。

もし私がまだ学生だったら、礼服なんて買ってないだろう。リクルートスーツに白ネクタイで終わり。帰省も、休みが長いんだから、鉄道で二日(三日?)かけても問題ない。学生同士の忘年会など、費用はしれている。貧乏学生には、そんなに服は必要ない。

服を選びながら、社会人になったことを実感していた。自分で稼いだお金なのだ、誰に憚ることがあるだろうか……。

 
 11月28日(日)
・演劇

昨日今日とかけて、友人の演劇を見てきた。舞台の上の友人を見るのも初めてなら、演劇自体を見るもの初めてである。物語は第二次大戦後、苦難の末に南極探検を成し遂げた白瀬ノブの話。かなり重い感じである。舞台の幕が上がって、一体どんなことになるだろうかと見守ったが……。

友人は、出番は少なかったが、準主役級の役柄を見事にこなしていた。友人のシーンはまるで別人を見るようでどきどきしたが、他の出演者の場面は違う意味でどきどきした。カミカミで、いつトチるともしれない。友人であることを抜きに客観的に見ても、十数人いた出演者のなかでも友人はいい方だった。脚本にも疑問が残った。かなり重厚な内容なのに、喋るペンギン四姉妹が出てきてあれこれと解説するのである。他にやらせる役がなくてしょうがなく解説役としてペンギンを出した、という感じ。かわいかったけど(こう思わせるのがねらい?)。だから初めて演劇を見た感想は、「こんなもんかなぁ」って感じである。まぁ、他に仕事を持っていてこれが本職ではないのだから、といわれればそれまでなのだが……。

一人、気に入った役者がいた。ちょっとした役だったが、快活な素振りと流暢な喋りが目を引いた。後で聞いたところによるとその人は私と同じ歳で、演劇は高校からやっていてキャリアは長いんだそうだ。田村正和や加賀丈史のような、演技が上手くて安心してみていられる役者が好きな私のアンテナに引っかかったようだ。今回のことで分かったのは、TVの役者と演劇の役者は別、ということである。舞台の上でTVのように演じたのでは伝わるものが少ないだろうし、TVで舞台のように演じたらあまりにわざとらしいだろう。で、どちらかというと私は舞台の方が好きなようである。今度、別の舞台を見てみたいと思った次第である。

 
 11月21日(日)
・広義のヴィジュアル系

”ヴィジュアル系”という言葉が登場して久しいが、それでも一般に浸透してきたのはここ10年の間だろう。元々は海外のロック歌手(デビット・ボウイが先駆け?)にならったBOOWYという日本のロックバンドがその始まり(だと私が勝手に思いこんでいる)で、見た目の奇抜さや中性的なカウンターテノールの歌声などがその特徴であるが、おおざっぱな分類としてはロックの中の一つの分野と考えていいだろう。だが今回はバンドの話ではない。音楽以外も含めたヴィジュアル系の話である。

その昔、マスコミがラジオや規制だらけの雑誌しかなかったとき、個人の才能を世間に知らしめるために”見た目”はあまり関係なかった。例えば歌手なら歌唱力が重要であり、アナウンサーなら正確な発生と聞き取り易さ、役者なら演技力である。勿論今でもそれらは変わってはいないだろう。しかし、別に歌がうまくなくても歌手にはなれるし、しゃべりが下手でもアナウンサーにはなれるし、演技が下手でも役者になれる。なぜなら能力がそこそこならば、”見た目が良ければそれでいい”からである。ここで、単に”ビジュアル系”という場合は下手・上手いを別にして先ほど説明したようなロックバンドをさすが、”広義のヴィジュアル系”とは、見た目だけで中身がないことを指すと定義しよう。

広義のヴィジュアル系は、勿論TVというマスコミの発達と密接な関係がある。話すことだけが重要であったラジオの時代にはアナウンサーの見た目など関係ないから話す能力に長けた人がアナウンサーになっただろうし、見た目だけで演技力がさっぱりな奴が演劇の舞台役者になどなれなかっただろう。やたらと下手な役者が氾濫しているのは今のTVドラマの需要を考えると仕方のないことかもしれないし、TVのアナウンサーがあまりにも○○だと聞いている分は問題ないが見てる人はゲンナリするだろう。しゃべりやコンテンツではない、かわいければいいという需要も、実際にある(と思う)。TV局でもそれを十分に理解して、時間帯によって広義のヴィジュアル系とそうでない人間を使い分けているのであろう。TV局はCMによる広告収入が命なので、どれだけ番組が見られているかを示す指標となる視聴率さえ取れればよいのだ。見た目と中身、両方を持っている人間など、そうはいないということだろう。

探してみると広義のビジュアル系は驚くほど多い。麻薬中毒の警察官、汚職まみれの官僚、中学生を金で買う中学教師、口ばっかりで偉そうな政治家。あらゆる分野で、至る所に存在する。世間を騒がせている宗教家も、見た目は現在裁判中のあの人とそっくりである。

こうなると、広義のヴィジュアル系とそうでない人との区分けが難しくなってきた。あらゆる価値観と同様に、ボーダーラインの引き方は人それぞれに異なるだろう。広義のヴィジュアル系などという定義に、意味などないのかもしれない。だがその境界は、絶対的なものではないにせよ、どこかに存在するはずだ。

……そういえば自分は?技術者という範囲の中の、広義のヴィジュアル系とはなってはいないだろうか?スタイルだけに甘んじてはいないだろうか?

某宗教家が「まだ生きていた!」と話すTV記者会見を見ながら、私は自問自答するのだった。

 
 11月16日(火)
・170000hit!!

通算で170000hitを記録いたしました。これからもどーぞよろしくです。

というわけで、記念企画ophanimさんの転校生外伝を公開です。今回は転校生R、転校生Sに続いてあの人の登場です。Rな方もMな方も、どーぞお楽しみ下さい。ではでは。

 
 11月14日(日)
・信じること

法治国家日本では、法律を破れば法律により罰せられる。その入り口が警察。悪いことをすると警察に捕まることは幼稚園児でも知っている。しかし、警察ならば悪いことをしても罰せられず、ただ職業を変えるだけだということは幼稚園児でも知らないだろう。私もつい最近まで知らなかった。それにしても、警察が嘘をついたら、我々庶民はどうすればいいのだろう?

近頃の警察の惨状は、はっきり言って目に余る。県民が「なぜ逮捕されないのか」と怒るのも納得できる。これでは、ほんの一握り(であると考えられる)の不正が、組織全体のものと思われても仕方ない。事件が起こっているのは、現場だけではないということだろうか。

昔なら子供に「将来何になりたいか?」と聞けば、多分10人中の一人は「お巡りさん」と答えただろう。いまはどうだろうか。自分に子供がいたとして、この事をいったい何といって説明すればいいのだろうか。「警察だって嘘をつく」とはとても言えそうにない。それは子供には分からない理屈だろうし、それが分かるような子供になって欲しくない。やはり反面教師として、見習う事のないように諭すしかないだろう。自ら信じることを裏切るようなことをしてはならない、と……。

 
 11月7日(日)
・車4

車購入から早一ヶ月。週末ともなればドライブすることこそ買った車への愛情の印だと思っていたが、大事なことを忘れていた。まだ一度として洗車をしていない。ならばこの機会にピカピカの車にしてやろうと、ワックスがけにも挑戦した。しかしいきなりワックス掛けしようというのが間違いだったのかもしれない。

友達の話では「車体の汚れを落として、水分を拭き取って、ワックスを塗って、ワックスを拭き取る。」ということだったので、とりあえず車用品店でワックスとタオルを買った。汚れを落とすならコイン洗車、ということで車を洗って、タオルで水分を拭き取り、いよいよワックス。日差しの強い中ワックスをあちこちに塗りたくり、それから拭き取り………

さて、一度でもワックス掛けをしたことのある人、洗車をしたことのある人ならもうおわかりでしょう。いくつもの間違いをしています。まず、コイン洗車ではどうやらちゃんとした汚れは落ちきっていないようです。ワックス掛けしたスポンジが黒くなったのがその証拠でしょう(笑)。そして、ワックスは一度に塗りすぎてはいけません。後で拭き取るときに、ワックスが固まって大変なことになります(笑)。そもそもこんな炎天下の元でやるべきではなかったようです。あとでワックスの使用上の注意の所を読んでみるとそんなことが書いてありました。ワックスがすぐに固まるのでめちゃめちゃ大変なのです。

まず、ワックス掛けは曇りの日にやる(もしくは日陰で)。洗車はスポンジで、自分の手で汚れを落とす。その後柔らかい布で水分をよく拭き取る。エンジンが十分に冷えてから(車体があつくならない環境で)ワックス掛けをする。いっぺんにワックスを塗ろうとせず、少しずつ塗り、乾いたら柔らかい布で拭き取る。布は汚れたら同じ面を使わない(ケチってはいけない)。

まぁなんとかワックスは拭き取ったけど、とにかく大変だった。汗水を垂らしながらの勉強の代償……。

 
 10月31日(日)
・季節の変わり目

あるニュース番組で、「夏が終わったと思ったらすぐ冬のようになり、まるで秋がないみたいだ」といっているのを聞いた。そして、「最近では夏と冬の繰り返しで、秋と春が希薄になっていってる」だと。そのキャスターには失礼かもしれないが(あるいはそれを言わせているディレクター?)、全く馬鹿げている。

おそらくは”地球が温暖化している”とかいうことを言いたいんだろう。そして”美しい四季を持っているはずの日本の情景が失われつつあるんですよ”と。いや何も、その問題提起を否定しているわけではないし、CO2削減が大事なのは分かってる。京都で盛大に約束しちゃったんだし。ただ、嘘を言っちゃいけないよといっているのだ。たかだか数年で秋が冬に(夏に?)なるほどに気温が変化するわけがない。感覚だけで適当なことをいってはいけない。

多分ここで問題なのは(それほど大げさなことではないのかもしれないが)”感覚の2値化”ではないだろうか。夏と冬の変わり目こそ秋のはずだが、「もう暑くない、寒いから冬」くらいの感じだったのかもしれない。事件・事故、毎日の変化に追いつくに必死のマスコミでは、秋を感じるほどのゆとりがなかったのだろうか。季節を感じる心のセンサーが、「暑いか寒いか」しか働いていないのかもしれない。

たとえば北国で育った私みたいなのが初めてこの地方に住み始めたなら、「冬がないみたいだ」というのはまだ納得できる。なぜなら、私にとって冬とは雪の降る季節のことだからだ。春は雪が融ける季節であり、夏と秋の境目はストーブ(などの暖房器具)をつけるかつけないかである(ちなみに我が家では通年で半年以上ストーブをつけている)。しかしここでは、冬でもほとんど雪は降らないらしい。一体なにをもって四季の変わり目を知るか、悩む気持ちは理解できなくもない。周りの同期の友達は「寒くなってきた」なんていっているが、全然寒いと感じない。私にとっては暑すぎる夏も、同期には「まだマシ」なんだそうだ。これから”初めて迎える冬”に、何とも不安な気がする今日この頃である。

全く連絡を取らない私に業を煮やして、実家の母から電話がかかってきた。様子を聞いてみると、やはりもうかなり前からストーブをつけているらしい。それに”冬の来訪者”を見たんだそうだ。もしかすると私はもう見ることはないかもしれない、雪虫………。

 
 10月23日(日)
・鎮魂歌第二章17b

今回の話の最後の方に、帰宅後のレイの様子を想像するアスカが描かれるシーンがある。内容は17bを読んでもらうとして、場面が四つに分かれているところから、これは四コマ漫画にできるのではないかと思った。まさか本編に挿入するわけにもいかないので、ここでこっそり書いたものを公開しようと思ったのだが………やめました。いや勿論、そんなにうまくいくとは思ってなかったけど、何とか見れるくらいにはなるだろうと思ってた。でもマウスで絵を描くのがこんなに大変とは考えてなかった。いくつか書いてみたんだけど、はっきり言ってどうにもならないものばっかり。紙に鉛筆で書くのはそこそこなんだけど、マウスで書くのは難しいです。

しかし、オファさんに「書いてみます」と言った以上、努力は見せないと……。そういうわけで、落書きのなかでも、一番ましな奴を。すぐ消しますので。

一番マシな落書き

 
 10月17日(日)
・MP3と20GB-HDD

最近はネットサーフィンする機会がめっきり減ったからわからないんだけど、今でもMP3がダウンロードし放題の状態が続いているのだろうか。大学の時はダウンロードしまくってたし、手持ちのCDもmp3に変換しているので、MP3ファイルはどれほどかわからないほど持っている。こうしている今も、Winampが曲を演奏している。既に私にとって、mp3はpc環境にかかせないものとなっている。

Rioの発売に始まった(Rioが最初だったと思うんだけど、そうじゃないかも)携帯MP3プレイヤーは、いまや数社から発売されるに至っている。認知度もかなり上がってきているのではないだろうか。とはいってもそれはパソコン愛好者の間だけで、一般にはまだまだマイナーなイメージが強い(最近ではCDオーディオから直接mp3に変換してデータを取り込む携帯mp3プレイヤーがあるらしいが……)。mp3プレイヤーを爆発的にヒットさせるためには、やっぱりデータの小ささを生かして”ミュージックボックス”化することも手の一つだと思う。現状ではメディアにスマートメディアやコンパクトフラッシュを使うのが一般的なようだが、それではメディアに入る曲数はCDやMDと大差ない(それで十分といわれると返す言葉がないのだけど……)。mp3の一番の特徴は、そのデータの小ささである。だからこそスマートメディアのようなものが使えると言えるが、何も”半導体rom”にこだわる必要はない。見方を変えて、mp3ファイルを再生可能な携帯CDプレイヤーみたいなものがあれば(あるいはMDプレイヤー)、百曲以上のシングルが再生可能な、アルバムがまるごと十枚もランダム再生可能な環境が出来てしまう。CDチェンジャーなしで。………メーカーは多分同じ事を(たとえ一時期でも)考えていただろう。でも現状では利益を上げるだけの需要がないかもしれない。CDのメディアにmp3ファイルを入れるにはパソコンとcd-rドライブが必要になるし。MDに録音するにも、特別なサウンドボードが必要だと思う(よく知らないけど)。発売してもマニア受けするだけで終わってしまうか……。そもそも、元々の音源がCDであったものをmp3に圧縮してCDに焼き直すなんてのをメーカーが催促するようなものを売り出すこと自体が問題な気がする。うーむ。著作権の問題もクリアできないだろうし。やっぱり企業レベルじゃ無理かな。

上記のようなことは既に行われているらしい。ただし、個人で。CDにmp3ファイルがあったとして、CD上のmp3データを読み込むハードは既にある。既存のCDプレイヤーを使えばいい。問題なのはソフトだけで、その部分をmp3を再生可能なようにプログラムしてやればいいのだ(CDのデータと違って、mp3は特殊な圧縮がなされているので、その圧縮を展開して音楽のデータに戻すソフトが必要である)。何の雑誌だったか忘れたけど、ワンボードパソコンにWinampかなんかを入れて、そんなことをやっているレポートが載っていたのを見たことがある。探せばきっとインターネット上にもあるだろう。

知り合いのmp3愛好家は、手持ちの20GBHDDの中身の半分はmp3ファイルでである。残り半分は怪しげな画像と、「CD革命」というソフトによって仮想CDROM化されたソフトで埋まっている。「20Gなんてハードディスク、いったい何に使うの??」といぶかしんでいる人を見かけたら、私はこの友達のことを話すことにしている。

 
 10月10日(日)
・連休と車

仕事をする人間にとっては、休みの日ってのは特別な意味があるような気がする。学生の時は休みたいときに休めたし(勿論いつも休めるわけじゃないけど)、研究中もいつも神経を張っている必要なかったし。でもうちの職場は、いつも何かピンと張りつめた空気が漂っている。気を抜いている暇がほとんどない。今週は毎日22時過ぎまで仕事してたし。一週間仕事をして、そこからの休み、しかも三連休。

私は「休みの日に家でごろごろしているなどもったいない」派である。学生時代の私の足は主に自転車、バス、電車であったので、実は車がうらやましくてしょうがなかった。自転車だと移動距離が狭い範囲で限られるし、雨が降れば(普通は)乗れない。バスや電車はダイレクトに目的地まで行けるとは限らず、しかも時間が指定されているのでそれまで待たねばならない。車ならばそれらの問題は一挙に解決。だから、車を持っている人がどこにも行こうとしないことの方が理解しがたかった。車はどこへでも自由に羽ばたける、まさに自由への翼ではないか。水を得た私は、とりあえず目的もなく我が町からどんどん北上してみたのだ。

ところが早速、車の所有者ならば誰でも理解している事態に直面した。まず、街の中心地にはなかなか車をとめるところがない(もしくはお金がかかる)。街を歩き回るのが好きな私は、今までは自転車でふらっと街へ出て、辺りを散策することが出来た。そもそも「街」まで自転車で出ることなどほとんど不可能な今の状況にあって、実現するためには車に自転車でも積み込むしかない。中心街から少し離れた場所に車をとめて、そこから自転車で街を回るのがベストな気がする。それから、移動中の景色があまり楽しめない。電車やバスに慣れている私にはこれも結構辛い。それに渋滞。横を自転車やバイクがすり抜けてゆくのがムカツク。結局待たされている気がする。

………なんだか良くない部分ばかりを書いてしまった。とにかく自由の翼を手に入れたことは確かだ。さて、今日はどこへ行こうか……

 
 10月3日(日)
・ギャンブル?

こっちに住むようになって、とても気になったことがある。競輪やら競艇やら、ギャンブルのCMがやたらと多く、しかもその内容はただただ明るく奨励するだけ。経営者側のイメージ戦略なんだろうけど、これでいいのかな、と思ってしまう。

私はギャンブルをあまりやらないが、全く否定的な方ではない。学生の時は周りにいる友達次第な所があった(社会人になってからは全くやっていないが、それは私をギャンブルに誘うような友達がいないということだ)。競馬好きの友達に連れられて新潟競馬場に行ったときは一レースに数百円を使って一日中楽しんだ。目の前を馬が走り抜けてゆくのは迫力があるし、それが自分の応援する馬ならなおさらだ。そのときは動物園にでも行く感覚で、レジャーシートを広げて観戦している家族をいくつも見た。徹夜で麻雀したことも一度や二度ではない。しかしギャンブルに馬鹿みたいに金をつぎ込んだことは一度としてない。

例えば麻雀やポーカーは、ただそれだけならば誰かと交流を深める為の手段である。勝ち負けよりも人と親しくなるきっかけをつかむような場面が多いのではないだろうか。しかし賭の要素が加わると、とたんにその中身は豹変し、人対人の微妙な心理戦がともなう高度に知的な戦略戦となる。静かでも激しい駆け引き。人を相手にしているからこその心の読みあいがそこにある。その勝負に勝つということは、報酬が伴う点でプロスポーツ選手が勝利する感覚に似ているのではないだろうか。競馬や競輪はどうだろう?それに関わる人間にドラマがあることはたしかである。この名場面に、この選手に一票という感覚で小銭を賭けるならばいいのだが、レースの主催者や多くの人にとってはそうではないだろう。レースをしている選手は楽しめても、実際に賭けている人間にとっては(ほとんど上限がないということもあって)非常に危険な結果になりかねない。いくら事前の情報があっても、結局は運任せである。そのさいたるものがパチンコだろう(私は人を迎えに行ったことはあっても、自分でパチンコをしにいったことは一度としてない)。あれは競馬や競輪にあった人間ドラマさえもなく、ただ経営者の決めた確率に踊っているだけのように思える。全く異質なもののような気さえする。画面のスロットの数字がいったり来たり(リーチというらしいけど麻雀のものとは全く違う)しているのは駆け引きではなく、プログラムがそうなっているだけである。あんな騒がしい店内で何時間もじっと座ったまま、ただレバーを握っているだけ。そのうち金銭感覚は麻痺し、札束はティッシュペーパーのように消費される(経験者談)。じっとしているなら本を読んでいる方が面白いと思うし、コンピューター相手ならテレビゲームの方がまだマシだと思うのだけど?

賭博は、自制する精神力を持っているならば、適度な刺激になるし、面白いものだと思う。人生でもそんな場面がいくつもあるし、判断力を養う点で必要なものなのかもしれない。無くなってしまえば、それはそれで味気ないだろう。自分が稼いだ金で好きやっているといわれれば、とやかく言うつもりもない。しかし、例えば親や学校や公共の機関などは、まず子供にその危険性を十分に知らしめるべきではないだろうか。賭の一般性というか、どの程度社会的に認められているかという点については、子供が育つ周囲の環境が関係しているのは絶対にあるはずだからだ(その点で私は恵まれていた)。「認識」する事は重要である。奨励することよりもまず身を滅ぼす危険性を教えるべきだと思う。そうでなけば、賭博のために数百万円の借金を作りその返済のために保険金目当てで自分の子供を殺す親が出来たり、自動車の中に取り残された幼い命の灯がまた一つ消えることになるだろう。

 
 9月26日(日)
・続 車

どんな車にするかは、実はさんざん迷った。

学生時代、「もし車を買うとしたら?」ということを聞かれても、あまりピンとこなかった。買う予定が全くなかったこともあり、興味もあまりなかったせいもある。「車なんて、動けばいいんじゃないの?」ってな感じだ。

で、いざ自ら車を持つ(持たねばならない)状況になって、困ってしまった。どれにすればいいのかわからない。車種も知らない、年式って何?知識もこの程度である。最も今でもどれほど知識が増えたのか定かではないが、一ヶ月ほど前よりは相当マシなはずである。一台目は中古がいいという風に聞いていたので、とりあえず価格帯をつかむために中古車情報誌をパラパラとめくるところから始めた。しかし、メーカーも車も特定してない状態では、どうにも頭に入らない。とりあえずものを見ようということで、友達と近くの街を徘徊した。

そのときに注意するようにいわれたポイントは、年式、走行距離、事故履歴、いじってある箇所と、気に入ったら実際にエンジンをかけてみること。まぁ初見なので、いきなり買うことは考えてなかったが……。買ってしまったのである。私が、ではなく、一緒に見に行った友達がである。目の前で新車の軽を買われてしまった私は、少し軽にぐらついた。安い車検や燃費、税金の面での圧倒的有利を考えると、ちょっとした魅力を感じてしまう。

で、自分の車の用途を考えてみた。勿論どんな場面でも使うが、軽にするかそうではないかは(友達によると)遠出をするかしないかで決まるそうだ。で、考えてみると、絶対に遠出はする。それは間違いがない。次に見た目。実は軽自動車のデザインは嫌いではない。しかし、新基準になってからの箱形の軽は好きではない。つまり新基準前のものだが、それだと安全面や遠距離での走行に問題が残る。高速道路は問題外である。軽自動車は二台の車を持つ場合の二台目に、街のりでの使用目的にするべきである。そもそもここは街ではない(笑)。これで軽自動車は消えた。

最近流行の角張った背の高い車は好きではない。値段が安いのが魅力だったが、四ドアセダンなら、もっと歳をとってからでも乗れる。ならば、二ドアのスポーツタイプかな……という感じで絞り込みが進んだ。しかしそれでも候補はまだまだある。二ドアでスポーツタイプというと、”よく走る”車が多い。しかし私は別に走り屋になろうというわけではない。AT車が欲しかった。そこそこ走れればいいのだ。……そう、最終的には見た目で、と言うことに気がついた。言い方は悪いかもしれないが、自分が見て”いい”と思う車が、やっぱりいい車なのだと思う。自分にフィーリングが合っている、どこにでも行きたいと思わせてくれる、なによりも自分で乗りたいと思う車。

そして、少し高くついたが、自分の欲求を満たしてくれる車に出会ったのだ。来週納車予定。さて、どこに行こうかな……。

 
 9月22日(水)
・オファさん二周年

そーですか、あれからもう二年ですか……

思えば、裏庭で初めてチャットしてからもう二年がたつのですね。で、突如舞い込んだ(仮題)転校生、それがそのままタイトルになり……今までインターネットをしてきて、最もメールをやりとりした相手であり……様々な言葉を交わした友人でもあり……時には先生でもあり………うーん。うまい言葉が見つからない。結局、言える言葉はこれだね。

いままでありがとう。これからもよろしく、オファさん。

 
 9月19日(日)
・車

今住んでいるところは、凄いところである。我が人生で、ここに落ち着くまで住む場所を6回変えたことになるが、その中でもピカイチの田舎なのである。都会出身の同期は、いまだに夢から覚めていないらしい。俺はといえば、それほどショックも感じない。望んだ結果だし、元々田舎出身の身なので免疫が出来ていたのかもしれない。

しかし困ったことに、移動手段がない。街の中心街(?)らしき場所には青果店と郵便局くらいしかないし、最寄りのバス停は歩いて15分(!)、駅までなら歩いて50分(!!)である(ちなみに駅までのバスはない)。事実上バスしか使えないことになるが、一時間に一本のバスに乗っても隣町まで40分、終電は夜7時(!!!)。さてさて。

学生の時ははじめは原付、後半は自転車生活だった。街の中心街まではバスで行けばよかった。遊びはたいていは友達と一緒だったし、大きな買い物をするときは車を持っている友達に頼んでた。大学で4年も一緒に過ごした友達だから、気兼ねもなかった。車の必要性は感じていても、なきゃ困るものでもなかった。

ところが、ここでの生活はどうだ。故郷は田舎だが、家には車が数台あるので、いつもどれかはあいている状態である。だからそれほどの不便を感じたことはなかった(子供の時は不便であるという判断さえ付かなかった)。というわけで週末は車持ちの友達と一緒の行動である。それはそれで悪くないんだけど、何でもかんでもの買い物に友達をつきあわせるわけにもいかない。とにかく、”自分で”どこにも出かけることが出来ないのである。ここでの生活に、車はなきゃ困るものなのだ。

学生の時に車を持たなかった大きな理由の一つに、そもそも自分の稼ぎもないのにローンを組まなければ変えないようなものを買うなど烏滸がましいというのもある。買うなら就職してから、とも思っていた。今こそ車購入の時。時は来たれり。

で、買っちゃったんだけど。以下次回。

 
 9月5日(日)
・150回目の更新

今回の更新で150回目の更新となりました。私の感覚としては、お休みしていたとき以外はほぼ週一で更新していたような気がしていましたが、計算してみるとそうでもないようです。the Silent Oceanをスタートさせたのが1997年5月14日、1999年9月5日の今日までに845日が経過しています。それを150で割ると、5.63日に一回の割合で更新していることがわかるのです。今年の四月からは週一回以下のペースで更新していたことを考えると、昔に比べると更新ペースは落ちているのかなと思ってしまいますね。実際にそうなんだけど…。

で、150回更新記念ってのも考えたんだけど……メインタイトル更新が、150回記念の前倒しということで……(^^;;

 
 9月4日(土)
・150000hit

お待たせいたしました、150000hitによせて、転校生RとSの第八話の同時公開です。どうやら今日の早い時間にヒットしたようですが、酒でべろべろになってましたから……(^^。今回はSとRの同時公開ですので、どーぞゆっくり楽しんで下さいね。明日は鎮魂歌の定期更新がありますので、今日はこの辺で。

 
 8月28日(土)
・インターネット恋愛

いわゆる”やらせ”だとは思うのだが、この前テレビでインターネットを通じて恋愛をスタートさせるというドキュメント(?)をやっていた。5ヶ月ほど前に振られた26歳の女性が、インターネットで彼氏を募集しようと、パソコン教室に通ってホームページを作り、彼女に来たメールの人とオフで会って彼氏をゲットしようと言うもの。初めてのオフでは約束した場所には誰も現れなかったが、二度目でめでたくカップル成立。二人で会おうとするか、普通?あまりに美男美女のカップルじゃない??とか思いつつ、でも実際にはこれからはこんな事が増えるんだろうなー、なんて思いながら見ていたのでした。

まぁなんにしても、やっぱインターネットの鍵を握るのは通信料でしょう。今の状態は高すぎる!使い放題にしてくれ!テレホは深夜しかない(現在私はテレホも使える状態ではないが)し、一般回線は速度が遅い。そういう意味で、この前発表された東京電力とMSともう一社で作るインターネットのための回線、すごく期待してます。始めは都市の一部で、ということだから、今私が住んでいる田舎まで来るのは相当時間がかかりそうだけど。あ、ケーブルって言う手もあるか。あと、やっぱり普通の人にはパソコンやホームページは難しいみたいだから、その壁をいかに乗り越えるか、どうやって乗り越えさせるのか、なんでしょうねぇ。

現在の職場は、あんまり女性がいない。仕事も残業続きで、この前はPM10:00を経験しました。電話で親にそういう状況を報告すると、「こりゃ見合いだな………」なんて言われてしまいました。インターネット恋愛、私にとっても、あんまり遠い存在ではないのかもしれないっす……。

 
 8月24日(火)
・ひさびさに

いや、ほんと、めちゃめちゃひさしぶりの日記ですね。もう帰ってこないんじゃないかと思われてもしょうがないかな。でも戻ってきました。オファさんの怪我の具合もだいぶ良くなったようで、来週から更新再開します。これからも、どーぞよろしく。

そんなわけで、トップページを変更しました。自分ではかなり気に入っているのですが。いかがでしょう。バナーも作っちゃいました。気に入っていただけたら、使って下さいね。

本当は日曜日にやろうと思ってたんですけどね、先週の土日はサーバーがお休みだったらしくて。インターネットにつながらなかったのですよ。土日にお休みするなんて、とんでもないプロパだと思いませんか?全く、おかげで週末の予定がすっかり狂ってしまった………

それにしても、ほんとに久しぶりだなぁ…。前回はほぼ5ヶ月前?そのころはまだ学生だったんだなぁ…。ああ懐かしい……。と、湿っぽくなったところでまた来週。

 
 3月20日(土)
・最近恐怖したこと

「一度風邪を引くと、しばらくは風邪の心配がない」ということをなぜか確信していた私は、つい最近体の調子が悪くなったときに自分が風邪を引いているとは思いたくなかった。だが実際には熱がでて、体を動かすと頭が痛い。のどが痛く、咳がでる。この時期に体の体調を崩してしまったことに、自分に腹が立った。

昔、自分の弟が風邪で寝込んでしまったときに言ったことがある。「病気は気合いで治る。治らないのは、気持ちが病気に負けているからだ。」。今思うとかなりめちゃくちゃなことを言っているように思う。寝込んでいる弟に対して、思いやりが感じられない言葉だった。しかし、「気合いで治ることもある」ことを、今回は実践して見せた気がする。毎日ふらふらになりながら研究室にきていたにもかかわらず、結局治ってしまったのだ。

治りかけの頃、熱は引いたのに、鼻水と頭痛が止まらない時期があった。周期的におそってくる、こめかみから後頭部にかけて貫くような痛み。痛みにうめきながら、栄養ドリンクを片手に仕事をするつらさを始めて味わった。社会人になる前に、社会人の生活を味わった気がした。研究室なら休もうと思えば休めなくはないが、社会人はそうはいかないだろう、きっと。

後輩に、冗談めかして「現代病の、花粉症じゃないですかぁ?」などといわれて、そのときは私も一緒に笑ったのだが、後になって本当に花粉症だったらどうしよう、と恐怖した。私は4年前までは北海道に住んでいたのである。北海道には花粉はない。北海道の人間が花粉の舞う場所に住み始めて初めて自分が花粉に弱いということを知るということはよくある話である。まさか自分が花粉症にかかるとは。恐怖以外の何者でもない。

幸いなことに、現在は鼻水も頭痛も止まっている。だがこれから先、自分が花粉症を発症しないとは限らない。なんでも花粉は人間の体に年を経るごとに蓄積し、体の外にでることがない。そしてその人間の花粉蓄積許容量を超えると花粉症が発症するんだそうだ。その許容量が個人によって極端に大きかったり少なかったりするらしい。許容量の少ない人間が花粉症となり、許容量の大きい人間は花粉症にはならないのである。

4年前から、私の体にはどんどん花粉がたまっているだろう。花粉の舞う地域に住むからには、その進入を防ぐにはマスクをする以外にない。気合いではどうにもならないこともある。私の中のダムが決壊することが、いつかあるのだろうか・・・

 
 3月6日(土)
・私が脳死したとき

今年の正月帰省した折、私は家族にこんなことを聞いてみた。

「今俺が脳死して、臓器移植を希望していたら、どうする?」

父と母は笑った。ふざけたことを言うのもたいがいにしろとでも言いたげな表情で。あまり臓器移植に関心のない人の認識なんてこんなモンなのだと悟った。

私は、笑い事じゃない、法律だってあるのだ、まじめに考えなければならない問題なのだと少し強い口調で訴えると、今度は困った顔をした。私が脳死状態に陥ったときの臓器移植には反対なのである。心臓が動いていれば、少しでも助かる可能性があると思いこんでいるようだ。断固として賛同しようとしない。それで私はこういった。

「気の済むようにしたらいい。」

私が死んでしまった後のことだから、人工呼吸器で強制的に生かそうが、移植に使おうが、残された家族が気の済むようにすればいいと言うことである。今回の移植の報道のされ方を見て、今にして思えば全く適切なことを言ったと思う。

私は脳死を人の死と考えている。昔から、脳死になったら人工呼吸器など止めてくれと両親には頼んである。どうせ火葬するんだから、燃やしてしまうのならばまだ臓器が新鮮なうちに誰かに移植すればいいんじゃないかと思う。灰になれば骨しか残らないのだから、使えるものは使った方がいい。

勿論第三者の、脳死判定が正当に行われたかどうか、蘇生処理は十分に行われたかどうかを判断する機関が必要だと思う。そして情報開示をプライバシーが保たれつつ行われるような、国からマスコミ・病院への指導が必要だ。そうなれば日本の脳死患者からの臓器移植は今後増えることになるだろう。

今回の事件で、我が愛すべき家族の考え方が変わっただろうか。もっと深く、脳死という状態についての知識を得て、さらに移植でなければ助からない重病患者が海外へと行かなければならない現状を知って、移植賛同寄りになっただろうか。自分が重病にかかり、誰かの臓器を必要とするような立場になったとき、いつまでも待ち続けなければならないことを想像しただろうか。いや、恐らく今も反対しているだろう。

我が家族は、私の死を認める証明書にサインできないと思う。私が今脳死しても、強制的に生かされ、そしていつか、病院で衰弱死するに違いない。それが私が脳死したときの未来である。

 
 2月27日(土)
・3月の過ごし方

もうすぐ3月なんだけど、発表の終わってしまった私の友達は、なんだか忙しそうである。勿論、遊びで。

ある友達は海外に行ってしまった。二週間は帰ってこないらしい。ある友達は山にこもってしまった。ぎりぎりまでスキー三昧なんだそうである。思い思いに、学生でしかできないようなことをしているように見える。そういえば去年修了した先輩も海外に旅行に行っていたっけか。

で、私はといえば…研究の引き継ぎも残ってるし、論文も書かなくちゃならないし。どこかに旅行に行くとか、遊びに行くという予定はない。もったいない?いやいや、そういう自分の境遇を嘆いて愚痴っているのではない。そういう過ごし方もあるってことである。自ら望んでそうしているんだから。論文だって教授に強制されているわけじゃないし、引き継ぎは苦ではなくむしろ楽しい。自分の研究を引き続いてやってくれる人がいるということは、私にとっては喜ばしいことである。

遊び回っている友達も、学生生活が終わるから遊ばなくちゃっていうのじゃないと思う。今遊びたいから、旅行がしたいから、それをするんだよね。つまり今までと何も変わってない。やりたいことを、やりたいときにしているだけである。

遊びたい人は思う存分遊べばいいし、何もしたくない人は何もしなければいいと思う。自分の部屋でただボーっとしているのだっていいじゃない。もうすぐ自ら望んで、自分でしたいと思うことが出来ない状態になるんだろうから…

・或るアンケート

質問 「あなたにとって仕事とは何ですか?」

答え 「収入を得るための手段」

 
 2月25日(木)120000hit
・120000hitに際して

まずはご来場いただいている皆様に感謝です。私もとてもうれしく思います。これからもよろしくお願いします。

この時期はどうやら誰にとっても忙しい時期みたいですね。年度末っていろんな締め切りがあるみたいだし。勿論卒業(修了)を控えた学生である私も、締め切りに追われている身ですけど。鎮魂歌の作者であるオファさんも、今とっても忙しいみたいですし。そんな中、外伝を書いてくれてありがとう(さりげなくお礼)。

早速お祝いのメールが届いて、そのメールを読んで120000hitしたのを知りました。TSOの読者の方からメールが来ると凄くうれしいんだけど、これは二重のうれしさでした。

ではでは、近い将来次の転校生外伝を公開できる日が来ることを楽しみにして…

 
 2月20日(土)
・最近驚いたこと

九年前の同級生からメールが来ました。

私が故郷の町を離れてから、もう九年も経とうとしているんだと改めて実感したんだけど、その友達がもうばりばり働いているということだったんです。ま、この歳なら不思議じゃ無いというか、それが普通なのかもしれないけど。

この四月からは、私も会社で働くことになるんですよねぇ…。今までは「早く自分で金を稼ぎたい」なっていってた奴が、就職を目前に控えた今は「もっと遊びたい」だって。私は今でも前者の意見ですね。実際に会社に入ってみないと、忙しさがどの程度なのかは解らないでしょ?かえって今の壊れた生活が矯正されて、自分の体にとってはいいかも。精神的な負担は増すかもしれないけどね。

ところでどーして突然その友達からメールが来たのかって、「指とま」というところに私が登録しているからなのです。URLは探せばすぐに見つかると思うから書かないけど。そこに登録してある私の名前を発見して、それでコンタクトを取ってきたということなのです。その時もらったメールにも書いてあったけど、「いやぁ、凄い時代になったものだ」

「人捜し」のページって、探してみると結構あるモンですね。今や自分のメールアドレス、Webページを持っているのはそれほど珍しいことじゃなくなってるから、確かに探せば九年前の中学生時代の友達だって見つけることができるかもしれません。実際、こうして私の元に九年前の友達からメールが来ているわけだし。

インターネットの世界で、場所と時間を越えて、「九年前の旧友」というとても身近な存在に出会ってしまう。うむ、全く、凄い時代になったモンだ。

 
 2月13日(土)
・最近驚いたこと
どーやら目処がたってきました。何がって、卒業ですよぉ。
しかしこの二週間はとんでもない忙しさだった…今までこんなにまじめにやったことはないくらい(笑)。まぁ、まじめにやらないと卒業できないんだからしょうがないんだけどね。経験者の方には解ってもらえるでしょう。
最近じゃあバグの発見も驚いたけど、その次に驚いたのは、「おまえ死にそうな顔してる」って同僚にいわれてトイレで自分の顔を見たとき。ここのところあまり寝てなかったのと疲れているのとで、ホントにやばい顔してました。鏡見て自分じゃないと思ったもの。「クマができる」とか「頬がこける」ってこういう状態のことなのか、と身をもって確認しました。さすがにヤバすぎる顔してたんですぐに帰ったんだけど、布団の中で論文の構成考えてたら夢の中でも論文かいてたし…。
考えてみると、最近テレビ見てないな。うむ、全く見てない…昼に食堂でちらっと見る程度か…。♪家に帰って寝るだけ〜、なんて歌があったけど、まさにその通りの生活をしてる。酒も飲んでない。ネットサーフィンもしてない。メールも書いてない。
ところがところが、同時にその忙しさが楽しくてしょうがないと感じている自分がいることにも驚いてます。そういう自分を見つけて、私はとうとう自分が狂ってしまったのかと思ったんですけどね(睡眠時間が短くてかなりハイになっていたせいもあると思うけど)。もう全部放り出して宇宙で宙返りしたくらいの気持ちなんだけど(できるできないは別としてね)、締め切りが迫っている今でも実験をしている自分。あーあ、やっぱ根っからの工学系人間なのかなぁ…。

・例の予言
七の月があーたらこーたらいうあれですね。衛星が落ちてくるとか、隕石が落下するとか、宇宙人が来るとか。核戦争なんてのも。
ただ、一つはっきりしていることがあります。断言します。この予言は、必ず当たります。
勿論人類が滅亡するなんてのは信じてませんけどね、私は。将来いつかは滅亡するかもしれないけど、それが明日、いやいや半年先だなんてことは考えにくいですね。環境破壊だって半年で人類が滅亡するほどのスピードで進んでいるわけでもないし。第一、予言には「人類滅亡」なんて一言も書いてないんでしょう?後からなんとでも解釈可能なんだから、この予言(?)は必ず当たるんですよ。当然でしょ?
今年の末頃「例の予言は実はこのことだったんだ!」ということになるのは、今のところ1999年問題が一番可能性が高いと思うな。戦争もあり得るけど、予想がつかないから何とも言えないし。一番やめて欲しいのは自作自演の春髷丼だなぁ。今も「俺が予言の実行者になるんだ、うひひひ」なんて笑いながら計画を練っている奴がいるのかなぁ…
 
 1月30日(土)
・最近のこと
まいった。プログラムにバグを発見。パニックに陥ってます。
あうう、卒業できるのだろうか…
 
 1月23日(土)この、死というもの
・最近のこと
死というものについて考える機会があった。
いや、別に私の近親に不幸があったわけではない、実際にはその逆で、近親の不幸というものに未だに出会ったことがない。
父方の祖父・祖母は物心着く前には既にいなかったし、遙か遠方に離れてすんでいた母方の祖母が亡くなったのを聞かされたのは、すべてが済んで半年後に電話で知った。
墓参りはそのさらに半年後である。
近親の死、というものに対して実感がない。

・「自殺は無意味である」
自殺。これまた、考えたこともない。
この世から自らの存在を自らの手によって消し去る行為。
もし自分に子供がいれば、もしくは既にこの世に生きた証を残している場合、何もすることが無くなってしまったならその時は自殺を考えるかもしれない。
だが、いま、なぜ自分は自殺せねばならないのか?
自分の存在をやめる?
この世から消える?
なぜ??
全く訳が分からない。何で自分が死ななければならないのか。理解できない。
自分がほとほとイヤになることはよくある。
それこそ数え切れないくらい。穴があったら入りたい経験など、もういくつあったか思い出すことすら出来ない。
でもそれは自殺したい気持ちとは違う。穴に入りたいのは、この世を去りたい気持ちではない。それははっきりしている。
勿論、自殺する気持ちがどんなものなのかを考えたことはある。
例えば今、それを考えている。どんなものなのだろうか、と。
つまり自分がこの世で行うすべてを成してしまって、もうすることがないのだと思いこんでしまったときだろう。先ほど書いた事のようなものだと思う。
言うまでもなくそれは私にとって、よぼよぼの爺さんになってからのお話である。
もしくは自分が全知全能で不死身になったりしたら、死にたいと思うかもしれない。(そんなのはまっぴらだから)
それとも、時代が違えば、例えば江戸時代の武家社会ならば、自ら腹を切ることによって誠意・忠節などを示す必要に駆られるかもしれない。
自殺によって、君主を、家族を守らねばならなかった時代があった。
そんな社会では「死」そのものに意味があったのだ。
だが最近の自殺はどうだ?
何で中学生や高校生が自らの存在を消そうとするのか?
そして自殺の原因が全く分からない謎の自殺。
彼らは(返済不可能なほどの)多額の借金を背負っていたわけでもなく、誰かに死んで詫びなければならないほどの迷惑をかけたわけでもない。
解決策もあったはずなのだ。いや、必ずあったのだ。死ぬ以外に。
では、(死の価値を論ずる倫理の問題はさておいて)この死には価値があったのか?
勿論我々に何らかの教訓は残すだろう。だがそれだけだ。
「教訓」はあっと言う間に忘れられ、時の彼方に葬り去られる。
生きていれば、そんな「教訓」以上の何かを残せたかもしれないのに。
この、価値観があまりにも多様になってしまった現代においても、私にはその死に価値があったとは思えない。
いや、あまりに多様になりすぎて、その死が持つ意味が薄れたのかもしれないが、それは増々自殺には意味が無いことになる。
「自殺は無意味である」、私はそれを当然のこととして、意識することもなく考えていた。

・死の描写
ところがである、私が人の死を描く場面に出くわした。
初めは単に創作的な興味から「死を描いてみたい」という欲求からだった。
だから死は必然だった。
その死について、私は「事故」ということにしようとし、事故の原因は「恋人をかばって体が反射的に動いた」で、これで十分だと思った。
例えば。
ドキュメンタリーであったなら、それで許されたかもしれない。
いや、許すも何も、ホントのことだからしょうがない。
しかし描こうとしているのは「物語」なのだ。
とらえようによっては「こいつは自殺した」とも思える。
人物の死には、それなりの状況や意味が無くてはならない。
そのあたりは十分に考えたつもりだった。
しかし死、とりわけ自殺について詳しく考えたことのない私は、それでも思慮不足だったのだ。
結果はどうしようもないものとなった。
それ以上深く掘り下げもせず、そうしようという考えを持つこともなかった。
そのことに気づくまでは。いや、気づかされるまでは。
自分には絶対に訪れることはないであろう「自殺」という場面。
全くもって、私は死というものを軽く考えていたのである。
だからあんな風になったんだ。
私は少なからずショックを受け、自分に嫌気がさした。
無意味に「殺人」を犯してしまったことに、自らの思慮の浅さに加減に…。

・自らの死という概念
例えば、死んだらどうなるのかということを私はよく考える。
いわゆる輪廻が起こり得るのか、など。
死と直接は関係ないが、すべての宗教を否定する考えも持っている(完全ではないが)。
しかし実際に「自分が死ぬ」事、「自らの命を絶つ」事を考えたことはなかった。
そういう概念すらなかった。
勿論いつか死が自分に訪れることはわかっていても、それが明日起こることを想像していなかった。
自らの死。
未だに「死は価値のないものである」という考えを捨てる気はない。
だが今はこのような考えを「認識」している。
今まで無かった概念ならば、今導入すればよい。組み込めばよい。
この、死というもの。
この概念を組み込んだその先に、いったい何があるのだろうか…。

 
 1月16日(土)
・カウンター変更
最終的にこの形にしました。
開いてみた感じだと結構重いですね…まぁ元々重いという話もあるけど。
しばらくはこのカウンターを使っていこうと思います。

・健康的な生活
病み上がりだったので無理しないでおこうと。
ここのところはずっと早く寝て早く起きる生活を心がけてます。
夜11時には寝て、朝8時には出勤。
ああ、なんと健康的な生活!
それを友達に話したら、一言。
「今から就職後みたいな生活してどーすんの?」
今日は徹夜でした…

・雪
前に「雪が減っている」という話を書いたことがあるけど、何とも撤回したい気分である。
最近の雪の振り方は普通ではないのだ。めちゃくちゃな振り方である。
もう地元北海道と同じくらい積もっている。
おかげで長靴を履いて家を出なければならない。
不便なことこの上ないが、考えてみると今まで全く雪がなかったことの方が異常なのだ。
それに雪が降って、何となくほっとしている自分がいる。
「あーあ、やっぱり俺って、雪国育ちなんだな…」
つくづくそう感じて、早くも雪のない土地での生活に不安を覚えたのでした。

 
 1月10日(日) ご挨拶
・ご挨拶
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
ずいぶん遅い挨拶となってしまいましたが…

・言い訳
さてさて、いきなり更新が予定よりも遅れてしまったのは、私の風邪のせいです。
新潟に帰ってきた日に体の調子がおかしかったのは、てっきり正月ボケなのだとばっかりおもっていたのですが、どうやら実はその時から風邪をひいていたようです。
その日の夜から三日間も寝込んでしまいました。
昔からなんですけど、私はどうやら3年に一度大きな風邪をひく習性があるようなのです。
それも「流行の風邪」とかに関係なく訪れるのです。
症状も決まっていて、高熱(37.5℃以上)頭痛(体を起こせない)食欲不振(普通の飯が食えなくなる)の状態が三日間ほど続きます。今回は幸いなことに重い症状は二日で収まりましたが、それでもこの三日間はカロリーメイト(フルーツ味)とオレンジジュースしか口にしていません。
まぁ、寝ていれば治るんだけど、何もせずにただじっと寝ているだけというのも苦痛ですよね。修論が書きたくてしょうがなかったです。

・カウンター変更
最近はIEの使用率が高まってますね。アクセスログを覗いても、1/3くらいはIEです。IE5ってのも増えてきました。
アクセスログってのは便利なもので、どんなブラウザがTSOに訪れたのか知ることが出来ます。そこに記録されているうちの1/3がIEって訳です。あとの1/3はNNで、残りの1/3がWWWCというソフト。
このWWWCというソフトは俗に言う「自動巡回系」のソフトであることは御存知のことと思います。指定したホームページを指定した時間に自動巡回して更新されているかどうかを調べるのですな。IE4にも同様の機能があるようです。
TSOに設置してあるカウンターは、このような自動巡回してくるものにもヒットします。今回故あって、メインカウンターはこれらの自動巡回系のソフトにはヒットしないような仕様に変えることを検討中です。どっちが良い・悪いではなく、気分とカウンターの上昇率の問題なのですけどね。
しばらくは現在のカウンタと新しいカウンターを試験的に併用して運用しますので、トップページが重いと思いますが、ご勘弁下さい。
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