コンビニ:12.N by harumi
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今回紹介する人物は、我がコンビニに来た客ではない。 ましてや私が応対した客でもない。 違うコンビニで働いている、私の友人から伝え聞いた話だ。 だがこの話はきわめて信憑性が高い。 その人物はいろいろと有名なので、ここに書き記しておこうと思う。 その名をNと言う。 勿論本当にNと言うわけではなく、仮名である。 だが、我が大学でNと言えば彼しかいない。 (私が書いた旅日記に出てくるNとは別人である) ある日のこと、Nがコピーを取りに来た。 そのこと自体はなんの問題もない。 だがしかし、コピーをとっている原本はかなり猥雑な部類に入る写真集だったのだという。 そう、ここではとても明かせないような、ましてやその写真を載せるなど、とてもとても・・ (想像して下さい) しかも、人の少ない深夜ではなく、昼間に堂々と。 まわりに客がいる状況で、笑みさえ浮かべてコピーを取り続けたんだそうだ。 もっとも、彼が笑みを浮かべていないのを見たことがある人は少ないだろう。 なぜならいつも笑っているのだ。 なぜなのかは、誰も知らない。 で、コピーもとの写真はカラーだったわけだけど、複写機がカラー対応にも関わらず、自分が所有する写真集をわざわざ白黒でコピーしてどうしようというのか? どうしても気になった誰かが、彼に聞いたのだという。 「Nくん、どうしてわざわざ白黒でコピーをとるの?」 「白黒の方が燃えるんだよ・・」 彼にまつわる伝説は、とどまるところを知らない。 付いたあだ名が”学園のアイドル”。 しかも彼は、そのあだ名を気に入っているらしい。 はっきり言って、学生にとっては我が大学の学長よりもN君の方が遙かに有名である。 しらぬひとはいないと言ってよい。 既にコンビニの内容とはかなりずれてしまっているが、ずれたついでに、私が経験したN君について少し書いておこう。 私がまだ学校の寮に住んでいた頃、入居してちょうど一年目の話だ。 4月、新入生が新たに入寮する。 学校の体育館ではこれから入学式。 もっとも、私は関係ないので取り立ててあわてることもなく、ゆっくりと寮から出ようとすると、私を呼び止める声があった。 それがN君だった。 勿論、面識など無い。 だがどうやら困っているようだ。 話だけでも聞いてあげるか。 「ネクタイの結び方が分からないんです」 「・・・はぁ・・・?」 「私の部屋に来てください」 「ちょ・・ちょっと・・」 放っておくわけにもいくまい。 5Fの部屋までついていった私は、彼にネクタイを結んであげることとなった。 (ネクタイが部屋においてあったんだな、これが) 「きみね、ネクタイくらい自分で結ばないと」 「わかってるよ。でも、結び方を書いた紙をなくしちゃったんだ。これから始業式に出なくちゃならないから焦ってたし。」 「・・・できたよ。ああ、ほら、早く行かないと式が始まるよ・・」 「ほんとだ。」 と言ったかと思うと、彼は何も言わずに部屋を出ていってしまった。 明らかに私の方が年上だというのにため口を利かれたことも、礼の一つも言われなかったことよりも、いきなり彼が出ていったしまったことに驚いた。 おい・・ここは君の部屋だろう・・鍵くらいかけたらどうなんだ・・ その場に残された俺は、ただ呆然とするしかなかった。 しばらくたって俺はすっかりその出来事を忘れていた。 だから寮の風呂場で偶然彼に出会ったときも、俺にはだれだかさっぱり分からなかった。 脱衣所で、彼はくっつかんばかりに顔を寄せてきた。 ひどく目が悪いらしい。 「・・・あんた、どこかであったことない?」 これが彼の第一声。 その時はなんだこいつ、とか思ったが、今思うと、おいN君、君も忘れていたんじゃないか・・ 俺が忘れてたのも悪いけどさ・・ その次にN君を見たのは、寮の廊下を裸で(何も着ずに)走り去ってゆく姿だった。 後で聞いた話では、風呂に入る直前に忘れ物をしたのを思い出したらしい。それを部屋まで取りに行ったのだ。 ちなみに寮の風呂は2階、N君の部屋は5階・・・ まぁ男子寮だし、別に良いか・・ その次は、うちの研究室の助手Kさんと口論している姿だった。 どうやらN君、Kさんの講義を取っているのだが、単位を取るのが難しいようだ。 最終の試験、さらにその追試の結果の悪さ、しかも最終のレポートが遅れそうなことについて弁明しているようだったが、いかんせんその態度はなぜか高圧的である。 彼は”礼節”とか”協調”という言葉を知らない。 知っているのかもしれないが、言葉の意味を知らないのだろう。 誰に対してもため口なのが、彼の凄いところである。 教授に「バカ野郎!」と叫んだ話はあまりにも有名だ。 (小気味よい話ではあるが・・決して真似したくはない) 二人が大声で言い合っていたのは、学内の売店の中。 しかも、人通りの一番多そうな場所だ。 Kさんはほとほとイヤそうだったが、ついにはっきりと言った。 「君にはやる気が見られないんだよ」 「いいえ。今まではロング・ヴァケィションだったのです」 テレビではキムタク主演のロング・ヴァケィションが大流行。 たぶんN君も影響されていたんだろう。 見ていたのだろうと推測する。 「・・・・だから、ロング・ヴァケィションは良いとして、君はあまりにも成績が悪いんだよ。しかもレポートも未提出。これじゃあ単位はあげらない」 「どうしてですか!俺がこんなに言ってるのに!いいですか、俺のロング・ヴァケィションは終わりを告げたのですよ!これからなんです!これからなんだ!」 売店の店員は向こうを向いて、我関せずと言った感じだ。 周りの客もなぜか冷静なのが、奇妙なコントラストだったように覚えている。 「・・だからもうロング・ヴァケィションは良いから・・」 助手の声は疲れ切っている。 「なぜ分からないのですか?!俺は忙しかったんだ。いろいろと。勉強してる暇なんか無かったんだ!」 助手Kさんには悪いが、もう聞くに耐えなかった。 まるで、テレビで質の悪い三文ヴァラエティーにチャンネルが合ってしまったときにすぐさまチャンネルを変えるように、俺は買い物を済ませ、その場を去った。 その後、彼が助手Kさんの単位を落としたことを聞いた。 一度、彼を街の中で見かけたことがある。 自転車だけが多くて、何もない駅前を歩いていたときのことだ。 彼は、笑ってはいなかった。 緑の制服に軍手をはめていた彼は、黙々と自転車を並べ直していた。 彼が被っていた緑の帽子についていたピンバッチの文字を、俺はかろうじて”ボランティア”と書いてあるのを見て取った。 俺は何も言わず、いや言葉を失って、その場を去った。 俺はその時、つくづく思った。 人間とは難しい生き物である、と。 全く、他人を理解することなど、永久に不可能なことなのだ・・・・・ |