コンビニ:08.連絡ノート

by harumi





(あらすじ)
 心の広いコンビニ店員(バイト)であるharumiは、
 さまよえる心静かな女子高生におでんのつゆを分け与えた。
 harumiの心は幸せに包まれた。


 注:これを読む前に「おでん2」をお読み下さい




この店はようやく開店から2年、俺が入ったときはまだ1年も経過していなかった。
この店に来るまでにいろいろなバイトを経験している俺は、今までのどのバイトの職場にもあって、ここにはないものを発見した。
それは「連絡ノート」である。

仕事中に気がついたことや業務で疑問に思ったこと、休みの申請など(例えば○月×日は都合が悪くなったので、誰か替わってくれる人がいないか、なども)の事務的な連絡事項を伝えるだけでなく、普段顔を合わせないバイト仲間への連絡手段をもつことで、店に対する愛着も湧く。
要するにWebで言うところの掲示板のような機能を果たすのだ。
私が店長に提案した「連絡ノート」はすぐに採用された。


牛乳・パンを並べ終えた俺は、休憩がてら、バックルームへと下がった。
この時間ともなれば既に客足もまばらである。
そして、俺は今さっきの出来事を「連絡ノート」に書き込んだ。


『×月○日 harumi

 客におでんのつゆだけ下さいと言われました。
 丁寧にお断りすると、以前深夜にもらった事があると言われました。
 店長にはおでんのつゆだけの配布は不可であると言われています。
 お願いですから他の深夜の方、つゆだけやるなんて事はしないで下さい。』


他の深夜のバイトの人を責めているわけではない。
勿論、客の狂言であったことも否定できない。
だが深夜の誰かが本当に客に配っているのだとしたら、俺がやらないわけにも行かない。
あの場面では、ああするしかなかったのだ。
ここは団結して深夜のバイト全員がそれをしないことで固まらなければならない。
そうすれば俺もきっぱりと断ることもできる。
その確証が欲しかった。

朝になり、交代のバイトの姉ちゃんが来た。
この時間に店長が来ることはほとんどないので、連絡ノートはそのまま店長への伝言板でもあった。
引継をして、その日のバイトはそれで終了した。


次のバイトの時、俺はいつもよりも早めに店に着いた。
おでんの件についてノートに何が書いてあるか気がかりだったのもある。
なにより、そのことで店長と話がしたかった。
しかし、店に店長の姿はなかった。
その時間のバイトに聞くと、既に帰ってしまったようだ。

ノートを見た俺は、我が目を疑った。

『harumi君の気持ちは分かるが、タダであげて下さい
  by店長』

・・なんということか・・
絶句して、しばらく立ちつくしてしまった。


バイトが始まり、深夜0時頃。
店に店長がやってきた。
金庫の中のお金を数えるためらしい。
俺も他に仕事があったため、はじめは挨拶をしただけだった。

金庫の点検が終わったところで、俺が店長に話しかけようとしたとき。
店長のほうから話しかけてきた。

「ところでharumi君、おでんのつゆのことだけど。」

「店長・・私は確かに聞きましたよ。店長の口からはっきりと。つゆだけやるのはダメなんだ、と。」

「いや、俺はそんなことを言った覚えはないな」

「い・い・え!聞きました、確かに」

「・・そうかな。言ったかな。いや、言ってないと思うな・・俺がそんなことを言うはずがない・・俺ならそんなことを言わない・・俺は・・」

このオヤジは・・いつもこうだ。

以前、こんなことがあった。
俺がイヤな思いをしつつ、廃棄の弁当の中身を袋に開けていたとき。
(弁当はプラスチックの容器に入っているから、その容器(不燃物)と割り箸(可燃物)と弁当の中身(生ゴミ)をそれぞれ分けて捨てなければならないと言われていたのだ)

それを見ていた店長が、

「あ、それ開けなくても良いよ。」

「へ?」

「だから、それ開けないで、そのまま段ボールに詰めて、捨てていいよ。」

「でも店長、分別しなきゃならないから、わけろって前に・・」

「あれ?それもういいって言わなかったっけ?ゴミ収集車を見てたら、どうも分けて集めていないようだから。分けても分けなくても同じなんだよね。」

「・・・・聞いてませんよ」

「いやいや、言ったはずだよ。あぁ、でも俺言い忘れたかもしれないな。じゃ、今度から分けなくてもいいよ」

一体この分別の作業に、どれほどの時間と、手間と、精神的なダメージを負っていたことか・・
それを、「じゃ、今度から」の一言で済ませるのか?

いつもこんな調子だ。
挨拶の件もそうである。
細かいことを並べると、他にもたくさんある。
このオヤジは自分の言動にたいして、責任というものを持っていない。それとも言ったそばからすべて忘れてしまうのだろうか。

だいたい、バイトの募集広告には「随時昇給」とか書いてあるくせに、一年以上バイトをしている俺の給料が一円も上がらないのはどういうことだ?
随時、の意味を分かっているのか?

とにかく、おでんのつゆの件は、既に終わったことらしい。
タダで配布は可、だ。
俺は笑顔で、おでんのつゆだけを、なみなみと注いで客に提供しなければならないことになった。
幸いなことにあれ以来あの女は来店していないし、つゆだけを注文してくる客もいない。
もっともつゆだけの注文があったとき、俺が笑顔でいられるかどうかは甚だ疑問である。


「ところでharumi君、前に研究室がだんだん忙しくなってきたという話をしていたね」

「はい」

「で、いつまでバイトするんだい?」

「はいぃ??」

「だって、忙しいんだろう?いつやめるの?」

「いつって・・・だからその時、再来月一杯までは出来るという話をしたはずですが??」

「あ、そうだったっけ?」


その時の俺の顔は、微笑んでいただろうか?




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