コンビニ:01.コピー

by harumi

コピー機
どこのコンビニにも置いてあるこの便利な機械に、
これほどの恐怖が潜んでいようとは・・・・




「おい、店員」

 レジでの客の対応をしていると、店の入り口の方から声をかけられた。見ると禿頭の小柄な老人が、コピー機の前でこちらを見ている。
 どうやらカラーコピーをうまく取れないようである。
 こういう時は勿論、コンビニの店員である私の勤めとして、正しい使い方を教えねばならない。レジでの応対が終わるとすぐさま老人の傍に寄り、やさしく声を掛ける。

「どうしましたか?」

「おい、コピーを取りてぇんだ。なんとかしろ」

 コピー機の液晶パネルが何やらおかしな事になっている。こんな表示は見た事がない。私は思わず声を出してしまった。

「なんだこりゃ」

「おい、早く何とかしろ。店員だろうが」

 関西なまりの入った、えらく凄みのある声である。どうやらトラックの運ちゃんらしいことは、さっきまではなかったはずの駐車場のトラックから見て取れる。コピー機の方は、一体どんな操作をしたのか、元に状態に戻すのに手間取ってしまった。いらついた老人が、

何やってんだよ!・・・ったく、バイトかよ。つかえねぇ奴だな。他に誰かいないのか、おまえ以外の誰かが」

 老人がぶつぶつと文句を言っている間に、コピーが出来る状態になった。後はコピーボタンを押すだけである。そこまでしてから、コピー機の横に何やら紙切れが置いてあるのが目に入った。本に挟むしおりくらいの大きさの短冊。「○○出版 **地図」とか書いてある。お店で売っている単行本などの間に挟まっているあれである。本を売る時にその短冊は抜いて、店に保管しておくのが普通なのだが・・・まさかと思いつつコピー機の中を覗き込んでみると、果たして**地図がそこにあるではないか。

「・・・お客様、この地図帳は」

「そこにおいてあったんだよ」

 何言ってんだ、こいつ?という感じの老人の指差す所は、地図などの雑誌をまとめておいてある本棚である。どうやら雑誌を購入せずにコピーしようという事らしい。
 こういう場合、店員としては黙っているわけにはいかない。もし黙ってコピーしていれば気付かなかったかもしれないが、万引きだって店員が気付かなければ注意される事はないのだ。見つけて、さらに黙っているわけにはいかないのである。黙認すれば他の客が真似するではないか。私はやんわりと切り出した。

「あの、販売前の売り物の雑誌などのコピーはご遠慮願いたいのですが・・・・」

なんだと?誰がそんな事決めたんだよ。ああ?この店のどこにそんな事書いてあるんだよ。ああ?言ってみろ、馬鹿野郎!

 老人は開き直ったのか。こういう態度に出るとは予想していなかった私は、言葉に詰まってしまった。

「おら、どうだ。大体売り物をコピーしちゃいけないなんてな、誰が決めたんだよ。ったく・・・・」

・・・・あ、あの・・・やはり売り場においてある物のコピーは、良くないのではないかと・・・・

だから、誰がそんな事決めたんだって言ってんだよ。店長を呼んでこい、店長を!

 なんだこいつは。酒でも飲んでるのか?いや、しらふのようだ・・・・・
 この客ばかりに構ってもいられない。レジでも客が待っている。私はいったんレジに戻りレジにならんでいた客の会計処理をすますと、バックルームに戻り、店長に電話をかける。深夜のこの時間帯は、私は一人ですべての作業をしており、店長はマンションで寝ている。電話に出たのは店長の奥さんであった。

「確認なんですが。売り場の物のコピーって、良くないんですよね?」

 バックルームからは店内の様子がTVカメラによってすべて分かるようになっている。モニターからは、老人が着々とコピーを取っている様子が伺える。
 店長の奥さんは、すぐにピンと来たようだ。

「ひょっとして、例の客?」

「そうです」

 この時までに、私は思い出していた。実はこの客には前にも遭遇したことがあったのだ。

「うーん・・・・・ほんとは良くないと思うけど、常連の客だからねぇ・・・」

「え?見逃すんですか?だって、店長を呼べとかいってますよ?」

「うん・・・・常連だから。ね?そういうことで、よろしくね」

 電話はそれで切れてしまった。モニターを見ると、老人は今度はレジの前に立っている。私は慌ててレジへと急ぐ。

「おい、これをくれ」

 老人はガムとコーヒーが所望らしい。小脇には、カラーコピーした地図を何枚も抱えている。ちらっと見た所、十枚くらいはありそうだ。私はさっさと、ガムとコーヒーの会計を済ませる。はっきり言ってすぐにでも帰ってもらいたかったのだ。

「***円になります」

「おい、店長はどうした。コピーはどうなんだ」

 どうやらこのじじい、”購入前の雑誌のコピー”が良くない事であるという事を認識していないらしい。いや、自分が全く正しいと思っているようだ。雑誌がコピーし放題なら、店の雑誌の売れ行きが悪くなるという事がわからないのだろうか?

「あのな、俺はあちこちの県を回っている。そのどこのコンビニでも、買う前の雑誌のコピーは駄目だなんて話しは聞いた事がない。だいたいな、どこにもそんな張り紙がないじゃねぇか。誰が駄目だと決めたんだ?」

 まさにその通り。”売り物の雑誌を購入前にコピーしないで下さい”という張り紙は、どこにもない。加えて言えば”売り物を購入前に店外に持ち出さないで下さい”とも書いていない。

「・・・・・・先ほど店長の奥さんに電話をしたのですが、やはり良くないという話でした」

「なんだと?店長の奥さんが?ふーん、奥さんがね。あのな、おまえバイトか?」

「はい、そうですが」

「新人だな。おまえなんか、この店で見た事ねぇんだ」

「・・・いいえ、この店で働いてもう一年近くなりますが・・・・・」

 前に散々顔を合わせてるんだよ、じじい!などと言えるわけがない。

「おまえ学生か。どこの出身だ?」

「北海道です」

「北海道は行った事がないな。だがな、どこの県のコンビニでも、買う前のコピーは駄目だといわれた事はないんだ」

 言わなかったのではなく、言えなかったのではないのか?

・・・・・売り物のコピーは駄目だぁ?どこにそんな道理があるんだよ!

(注:ほんとです。ほんとにこう言ったんです)

 私は頭がおかしくなりそうだった。私が間違っているのだろうか?道理って何だ?何が道理なんだ?
 他にもいろいろと言われた気がするのだが、半分聞き流していた。こいつに付き合っていたら、ほんとに狂ってしまいそうだった。

「おれもな、確認しておく。すっきりしないからな。だがな、こっちにも考えがあるんだ」

 くそじじいはさらに訳の分からない言葉を残しつつ去っていった。考え?聞きたくもないんだよ。もうどうでもいい、他の客が来る前に帰ってくれ。

 その後、くそじじいがコピーしていった地図の値段を確認した所、1300円。カラーコピーが一回100円。
 買えよ!素直に!





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