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そっか。台詞、あったんだ。良かった。俺は、ここにいて、いいんだ。
「早くしてよね」
弓塚さんが不機嫌そうに俺を睨む。
「あ、あぁ」
慌てて台本を開く。
「ほら、早く」
本当に、不機嫌そうな、弓塚さん。
とても冷たい。空の月のように……。
あれ?待てよ?これって、もしかして……。
「あ、あの、弓塚さん。本当に、俺、これだけ?」
俺は泣きそうになりながら確認した。
「そうよ。有馬君」
弓塚さんは『それで何か文句ある?』とでも言いたげな顔で、俺……有馬志貴に侮蔑の視線をぶつけた。
「他に眼鏡かけた人いないんだから適任でしょ?」と、弓塚さん。
「ほら、志貴。急いでよ」とは、ぶ〜たれた表情のアルクェイド。
「兄さん、感情込めてね」なんて言いながら、なおざりな秋葉の表情。
「志貴さん、頑張れ〜」と、完璧に状況を面白がっている琥珀さん。
「志貴さま、お願いします」と、必要以上に事務的な翡翠。
(………なんだか………思いっきり意趣返しされてるな〜………。)
ふぅ。
ケンスケ:「平和だなー」
ほんっと、これ一言。
良くできました、といいたげな晶ちゃんの笑顔だけが救われる。
瀬尾晶:『とつぶやくケンスケ。(サウンドエフェクト)トンビの鳴く声』
「せ……」
「ぴ、ぴ〜ひょろろろ〜〜」
秋葉に睨まれただけで唇を尖らせてトンビの鳴き真似をする晶ちゃん。
ごめんな。浅上女学院は俺の管轄外だよ。本当にごめんな、晶ちゃん。秋葉はこれからも多分君を苛めるだろうけど、決して悪気が全てというわけじゃないと良いなと思うんだ。……あぁ、どこまでも正直な俺……。
「あ〜、ネロに鳥借りてこれば良かったわね〜。あいつ、日本に留学するのにまでペット666匹全部連れてきたから」
アルクェイド……念のために言っておくと、その中にはあからさまに持ち込み禁止な動物も含まれているんだ。全部連れてこられたら迷惑千万被害億万。ちゃんと管理できるのか、お前?
「本番に間に合えばいいのよ」
「そうね〜」
……あ〜ぱ〜金髪娘のあ〜ぱ〜提案もあっさり通ってしまう、このいい加減さ。
本当に先が思いやられる。
瀬尾晶:『……と、そのケンスケの視線に一台の赤いポルシェが入る』
「本番までには手配します」
「お願いね、妹」
…………誰が運転するんだよ、そんなもの…………。
瀬尾晶:『降りてきたのはびしっとキメまくりの快活そうな葛城ミサト先生。シンジ達三馬鹿トリオは窓から先生に口笛を鳴らして歓声を送る。それににこやかに応えるミサト先生』
「やっと私の出番ね」
秋葉は最初の態度はどこへやら、すっかり乗り気満点だ。よっぽど面白かったのか、単にテレビ慣れしてなかっただけか。台詞もないのに、台本にある通り嬉しそうにVサインなんかしている。
まぁ、いいや。
ヒカリ&アスカ:「「馬っ鹿じゃないの!」」
琥珀さんとアルクェイドが腕組みをしながら台詞を言った、丁度その時、俺の目の前に、ぬっとオレンジ色の髪が飛び出してきた。説明するまでもなく、ようやく琥珀さんから受けたダメージから回復した有彦だ。
「弓塚ぁ、俺と有馬はもう帰っても良いか?俺バイトあんだよ」
有彦はこれ以上ここにいては身が保たないと判断してか、退散することに決めたようだ。
俺だってもう帰りたい。文臣さんや啓子さんにもあまり遅くならないようにします、って言ってきたことだし、有彦の提案は願ったり叶ったりだ。
「良いわよ」
弓塚さんは気が無さそうにあっさりオーケーしてくれた。
……つまり、俺はあの一言を言うために3時間以上もの間拘束され続けたわけか……。
ごめんな。弓塚さん。本編で助けてあげられなくて………………。
よっっっっっっぽど恨みが溜まってたんだな。
「志貴、有彦、気を付けて帰れよ。」
遠野四季がにかっと笑って俺達に手を振ってくれた。
ありがとう。
君には本当に色々な迷惑をかけたけども、君が反転しなければ俺達、こんな風にきっと上手くやってこれたと思うんだ。君もこれから多分”碇シンジ”として琥珀さんから色々いじられるだろうけど、生き延びてくれよ。
瀬尾晶:『出席簿を教壇に投げ出すミサト先生』
「次も私の番ですわ」
すっかりやる気満々になっている秋葉は、どこかから持ち出してきた帳簿を出席簿代わりに放り投げた。表紙にでかでかと書かれた”極秘”の文字が虚しく見える。
だけども、秋葉はそんなことも、俺達の事も、全く気に止めてないようだ。琥珀さんもアドリブで”委員長が制止する場面”を増やす提案してみたりしているし、このままだと文化祭当日に乗り込んで来るかもしれない。……いや、多分来るだろう。
三十六計逃げるに如かず。
俺達は注射器を3本ぶら下げたままの翡翠に見送られて、遠野家を後にした。背中越しに楽しそうな5人の声が聞こえてくる。
ミサト:「喜べ男子ィ!!今日は噂の転校生を紹介するゥ!!」
レイ:「綾波レイです、よろしくゥ」
シンジ:「あーーーーっ!!」
レイ:「あーーーーっ!!あんた今朝のパンツ覗き魔!」
アスカ:「あれはあんたが勝手に見せたんでしょっ!」
レイ:「あんたは関係ないでしょ?」
アスカ:「おおありよっ!」
レイ:「何よ?庇っちゃってさ?あんたたちもしかして、できてんの?」
アスカ:「なっ!た、ただの幼馴染みよっ!」
ヒカリ:「静かにして下さい!ホームルームの最中ですよ!?」
ミサト:「あら、楽しそうねえ。いいじゃないの。あたしも興味あるわァ。続けてちょうだい!」
………………。
遠野家の玄関を閉めると、もう何も聞こえない。何となく寂しいような気がする。たとえ一言しか台詞が無くても、やっぱりあの輪の中にいたんだなぁと気付かされてしまう。
だけども、もう行かなければ。
さて、帰るか……。
「有彦、乗せてってくれるか?」
俺はバイクのキーを回して爆音を轟かせている有彦の所に行った。
有彦はにやっと笑ってバイクにまたがって、それからぐいっと親指を立てた。喜んで近寄る俺の目の前で、有彦は更にその指を遠野家の中庭にある古めかしい時計に向けていった。
「残念だったな、有馬。俺はバイト行くんだ」
ぶおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ。
翡翠が開けてくれた門から、有彦が消えていく。
はぁ……。寒いなぁ。
すっかり暗くなった秋の夜にひとりぼっち。
一応本編では主人公だったんだけどなぁ……。
でも、遠野四季がまともであったら、っていう設定になると、自分の扱いって、こんなもんなのかもな……。
遠野家の跡継ぎでもない。
四季が反転してないから、直死の眼も開眼しない。
養子に出されるかどうかは微妙だけど、でも、遠野家に残っていたってなんにもならないから、養子に出されても不思議はない。
だけど、遠野家に呼び戻されるわけもなく。
直死の眼が無いから、弓塚さんとも月姫本編以外の接点が無く。
なんとなく体が丈夫なだけの、何故か伊達眼鏡をかけた、普通の高校2年生。
さむっ。
あぁ。訳の判らない吸血鬼に因縁付けられたり、身体中666匹の動物の餌にされたり、黒衣の修道士にじわじわいたぶられたり、双子のメイドに変な薬盛られたり、血の繋がらない妹に気が休まらないほど嫌みを言われたりしても、構わないから。
『遠野』志貴であった方が幸せだったように思えてしまう。誰からも相手にされないことが、こんなに辛いなんて。
でも、『遠野』志貴だったときは、こんな生活こそ望んでいたことだったのに……。
眼鏡を取って、目を開いてみる。
でも、目の前に広がるのは、眼鏡を取る前と少しも変わらない世界。あれほど忌まわしく思っていたラクガキを、今はこんなにも、懐かしく思ってしまう。ココロがおかしくなってしまったんだろうか?
やっぱり俺は………。
………楽しむ………人間………………なんだろうか?
………………殺………………人………………を?
とん、と。
俺の腕をとる、優しい手。
「………あの、志貴さん」
その声で、深い悩みから我に返った。
「あぁ、晶ちゃん。どうしたの?」
よっぽど急いで飛び出してきたのか、晶ちゃんははぁはぁと少しだけ肩で息をしていた。右手を胸に当てて、軽く息を整えると、晶ちゃんはおもむろに俺の顔を見上げた。
「あの。これから有馬の家まで帰るんですよね?」
「うん」
俺が急いでいないらしい、と感じたのか、晶ちゃんは安心したように俺から手を離した。それから両手を胸の前で組んだり解いたりしながら、言い難そうに、恥ずかしそうに、それでも楽しそうに、口を開いた。
「あの、駅まで送ってくれたりしたら、………………もしかしなくても遠回りになっちゃいます、………………よね……?」
びくびくと、それでいて、わくわくと、晶ちゃんはその小さな心臓を押さえるように、右手で胸を押さえた。
そうか。
そういえばこの子は、俺の目とも、遠野家とも、吸血鬼騒動とも関係なく。『俺の声』で、ストライク、だった。
俺は急に目の前が明るくなったような気がした。
「あぁ。そうだね。でも、いいよ。送っていくよ」
「わ〜、嬉しいですっ!」
晶ちゃんは飛び上がって喜んだ。そんなに喜んでもらえると、こっちも嬉しくなってしまう。つい、もっと長く一緒にいたくなるほどに。
………そうだ。
この設定だと、嬉しいことがある。有馬の家にいる有馬志貴は、お小遣いをもらうことだって、アルバイトをすることだって可能で、一文無しじゃない!
俺は晶ちゃんに見られないように注意しながら財布の中身を確認した。
うわ、やっぱり。
『遠野志貴』だったら絶対にお目にかかれなかった方のお札が一杯入ってる。考えてみれば、有馬家だって遠野家の分家筋だもんな。これならお茶どころか、夕食を一緒に食べたってお釣りが来る。
…………そこ、ホテルじゃないのか、とか言わない。
相手はまだ中学2年生。もう10年ぐらいおいてみよう。お酒だってそのくらい寝かせた方が美味しいって言うし…………。
って、だから、そう言うことは全部おいておいても。
急にこの設定も悪くないな、と思い始める、有馬志貴17歳。
生まれて初めて、自分から女の子を誘ってみることにする。
わ、なんだか。
ネロとかロアとかとやり合うよりも緊張する。
「晶ちゃん。どこかに寄ってお茶する時間、あるかな?」
晶ちゃんはぱちくりと眼を瞬かせた後。
「はいっ!わたしっ、電車の待ち時間、結構あるんですっ!」
ってとっても元気な返事をくれた。
中庭の時計を見上げて時間を確認する。
あ…………。
…………さっきは目に入らなかったのに。
今夜はこんなにも、月が綺麗だ。
<了>
<知得留先生の授業を受ける?>
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