楽屋裏 : 月姫SS by Ophanim
  五夜
INDEX
昨夜明晩

 乾さんがしっかりと羽交い締めさん。


 「わ、何しやがんだ、有彦っ!!


 「遠野、お前もたまには痛い目を見ろって」


 上半身、顔の部分はにこにこしながら、下半身、足の部分でお互いに優位を保とうと駆け引きをかわす、男二人。足の踏み合いが続きます。


 それを冷ややかに見つめる弓塚さんの視線が複雑です。


 「ほんっとうに、遠野くんは乾くんと仲が良いわよねぇ……」


 はぁ。


 そうなんですか……。……うふ


 はっ!?いえ、決してそれをネタに同人誌を書こうなどとは思っていませんわ。えぇ。


 「いや、痛いだけなら結構あってるんだって。本編で


 「い〜や、女関係で痛い目を見ろって言ってんだ」


 その二人に音もなく近寄るアルクェイドさん。


 にっぱ〜と微笑む、その右手がす〜〜〜〜〜っと上げられました。


 「わ〜〜〜っ!


 まるで”断末魔の叫び”ですね。


 ぱっち〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっんっ!!


 びりびりびりびり。


 お見事デス。


 窓際にたてかけてあったお人形さん、しっかり揺らいでましたよ。


 「はぁぁぁ、なんかすっきり」


 アルクェイドさんは満足そうに椅子に座ると、台本を手に取りました。





アスカ:「アアーッ!!!!、バカ!! エッチ!!変態!!!信じらんな〜い!!!





 身を捩って腰をくねらせる姿が艶っぽいです。


 多分、やりすぎだと思います。


 お願いですからを強調しないでください。い、いえ、わ、わたしもお世辞にもあるとは言えませんが、わたしはまだ成長の余地があるから妬んでいるわけではありません。ただ、遠野先輩はもう絶望的ですから……。





 「なんかイイ!


 乾さんはアルクェイドさんの艶姿で嬉しそうですね。


 まだ出番もないから、純粋に今の状況を楽しんでますよね〜。


 それに比べて……。





シンジ:「仕方ないだろ!!朝なんだからさぁ……!」





 ……。


 心なしか、元気のないシンジさんですね〜。





瀬尾晶:『シンジの「何か」だけはすでに立派に起き上がっていたらしい。』





 こ、琥珀さん、にやにやしないで下さいっ!!!


 え、え〜とですね。次は場面変更です。


 登場人物は碇シンジの両親、ゲンドウさんとユイさんの夫婦です。注意書きでは、ゲンドウさんはパーマ気味の黒髪にぼうぼうの髭。ユイさんは茶色味の勝ったショートカットです。どちらも余り適役ではありませんが、本番ではどちらも入れ替わるようですから大丈夫でしょう。





瀬尾晶:『場面は切り替わって、階下のダイニングキッチン。ゲンドウは朝のニュースのテレビが映る横で、食卓で新聞を開いている。顔は新聞に隠れている。ユイはゲンドウに背を向けて朝食の支度をしている。二階からはシンジとアスカが喧嘩する声。(サウンドエフェクト)流しのお湯の音』





 ごろごろ、と音がしてきたかと思うと、翡翠さんが移動式のワゴンを押してきました。食事をテーブルに運んでくるのに使ったり、テーブルサイドに置いて食べ物やドレッシングを置いておくのに使ったりする、あれです。


 あ、なるほど、場面が変わるから、これでキッチン代わりなんですねぇ。


 もしかしてさっきからディテールに凝っているのは翡翠さんですか?





 「あ、翡翠ちゃん、ようやく出番ですよ」


 琥珀さんが戻ってきた翡翠さんに話しかけました。


 全く手伝う様子が見えないのは、”料理関係は琥珀””壊れ物の扱いは翡翠”などと役割が決まっているからなのかも知れません。


 「はい。でも、姉さん。これだったら、弓塚様が二役やっても充分……」


 しゅたっ!


 わたしが瞬きを一つする間に、琥珀さんは目にも止まらぬ動きで翡翠さんの首を掴んで天井を向かせていました。


 その反対側の手にいつの間にか握られている、注射器


 さっきまでののほほんとした動きが嘘のようです。


 「翡翠ちゃん、ただでさえ少ない台詞がもっと減るわよ」


 「……しっかり努めさせていただきます」


 こ、怖いです〜。





ユイ:「シンジさまったらァ……せっかくアスカさまが迎えにきてくれてるのに。しょうがない子ねえ!」





 「翡翠ちゃん、書いてある通りに読むのよ」


 ぷす


 あ、首筋に一本刺さりましたねぇ。


 「……姉さん、ちょっと痛いです……」


 はい。ここから見ても痛そうです。


 しかも、まだ中の薬はそのままなので、それ以上首を動かすことも出来ません。


 動けばきっと自分で自分の体の中に薬を導入することになるでしょう。あぁ。注射器って、ピストンを押し込むまでは、本当にただの針なのですね…………。物騒な針ですが……。





ユイ:「シンジったらァ……せっかくアスカちゃんが迎えにきてくれてるのに。しょうがない子ねえ!」





瀬尾晶:『ゲンドウ、新聞の中に顔を埋めたままで』





 「あれ?これ、先生の役だっけ?」


 暇そうに台本を顔に被せて横になっていた乾さんが、がばっと起きあがりました。


 「そうよ。今は二役だからお願いね、乾君」


 弓塚さんはさりげなく乾さんから距離を取りながら、スマイルスマイル。


 天使のようです。


 あぁ……。女の人って、怖いですねぇ


 「おっっしゃ。任せとけ」


 そして、乾さん、単純過ぎます……。





ゲンドウ:「……ああ……」





 って、それだけですか……。


 思わず笑ってしまいますね。





ユイ:「あなたも!!新聞ばかり読んでないで、さっさと支度して下さい!」


ゲンドウ:「……うん……」


ユイ:「ンもう! いい歳して、シンジと変わらないんだから!」


ゲンドウ:「君の支度はいいのか?」


ユイ:「ハイいつでも!……ンもう、会議に遅れて冬月先生にお小言いわれるの、いつも私なんですよ!」


ゲンドウ:「君はモテるからなあ……」





 「そのようなことはありません」


 台本から顔を上げて、きっと正面から乾さんを見据える翡翠さん。


 ぷすぷす


 あ〜、二本刺さりましたねぇ……。


 「翡翠ちゃん」


 「………姉さん、かなり痛いです……」


 それはそうでしょうねぇ……。


 あ、血管に空気が入ると死んでしまいますから、どうか適当なところで勘弁してあげて下さいね。





ユイ:「バカいってないで!さっさと着替えて下さい!」


ゲンドウ:「……ああ……わかってるよ、ユイ……」





 場面はまた変わります。


 登場人物はまたアスカさんとシンジさんです。


 今度は家の外にカメラがあって、そこから玄関を写しているようなアングルなのですが、今日はもう外は暗いですから応接室から食堂に抜けるドアを玄関に見立てて再スタートです。





瀬尾晶:『ゲンドウ・ユイへのあいさつもそこそこに、あわてて玄関を出るアスカとシンジ。渋滞した道路の脇を駈けていく。(サウンドエフェクト)車のエンジン音とクラクション。どうやら転校生が来るらしいという話をしている。曲がり角の向こうからはもうひとり、シンジ達とは違う制服を着た少女が、トーストを口にくわえた姿で走ってきている』





 ち〜ん


 え?


 何の音ですか?


 「弓塚さん、そのトーストは……?」


 その音で顔を上げた志貴さんが呆れたような目で弓塚さんを見ています。


 そりゃあ、他人の家でトースターをセットしている人なんて、そうそういませんからねぇ……。


 「ディテールには拘らないとね〜」


 弓塚さんはそう言いながら、トーストをくわえて応接室の隅っこに移動しました。


 え?


 な、何するんですか?


 あ、ちなみに、弓塚さんの役は”綾波レイ”さんです。注意書きによると……み、水色の髪、ショートカット、赤い瞳、ですか?無茶じゃないですか?


 髪はカツラで良いとしても、目は………あれれれ??い、今気がつきましたけど、弓塚さんの目も赤いんですねぇ?なるほど。適任と認めます。いえ、わたしが認めるものではないんでしょうが。





レイ:「遅刻、遅刻!初日から遅刻じゃか〜なりやばいって感じよね〜っ」





 部屋の隅で乗り乗りで足踏みをする弓塚さんを、結構冷ややかに見つめるわたし達。


 弓塚さんが台詞を言い終わると、何とも言えない嫌ぁ〜〜〜〜な沈黙が流れてしまいました。


 だって、これからずっとこのテンションで行かれたら、と思うと……あ、目が合ってしまいました。


 にっ、睨んでおります〜っ。はいぃっ!判りました〜。ナレーション、ナレーションですねっ!?


 読みますっ。読みますともっ!心を込めて読ませていただきますとも〜〜〜。





瀬尾晶:『女の子は大声で叫びながら大股で駈けて来ていた』





 ……弓塚さんスタート。





瀬尾晶:『曲がり角を曲がったところで出会い頭にシンジと衝突』





 がっちゃんこ。





瀬尾晶:『星が飛ぶ』





 台本についている絵では子供の落書きのようなイラストでぶつかったシンジさんとレイさんの絵が描いてあります。さっきまでは一応テレビ画面かセル画から落としてきたようなしっかりした絵があったんですが、これはどうしたんでしょう?まっ!まさか、これをテレビ放送に使ったんじゃないですよねぇ?


 まぁでも、確かに、二人の頭がぶつかってその間に星が飛んでいるところは判ります。


 でも、ここ、遠野家では星ではなくて、高そうなティーカップやらティースプーンやらが舞い散っています。


 今壊れた分だけで、わたしの実家の酒蔵一分のお酒が買えそうなくらいです、はい。


 遠野先輩はそれでも何もなかったかのように、『翡翠に琥珀、お客様に新しい紅茶セットを』なんて言ってま……。


 えっ!!??





 「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!


 わたしは思わず大声をあげてしまいました。


 その声で遠野先輩も異常に気がつきました。


 「ちょ、ちょっとっ!あなたっ!何をっ!


 遠野先輩は血相を変えて弓塚さんに駆け寄っていきました。お兄さんから弓塚さんを引き離そうと必死です。もっと正確に申し上げますと……、あの、頭をですね、弓塚さんの足の間から抜こうとしているんです……。


 何て言うか……何してるんですか……。



 「何をって……



<哀愁漂う弓塚さんの台詞を待て次号>


感想はこちら
Back to Index