楽屋裏 : 月姫SS by Ophanim 四夜 |
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案の定、遠野先輩は『………兄さん、この家に地下牢があるのはご存じでしたよね?』なんて、怒りで声を震わせながら仰いました。
ぴたっと固まる、殿方達。
「さ、先行こう!!」
「つ、次は誰かなぁ?」
……男って、もしかして、馬鹿ですか?
あ、ちなみに、今のところまでは台詞のみです。
動きもなにも無し。
ただ字幕と悪戯書きのようなイメージが流れているだけです。
本当に、これが最終回なんでしょうか?
そんなことを思っていると、割烹着の女の人が悪戯っぽい顔でわたしを見ました。
なんだかすっかり楽しそうですね。
きっと何か楽しい暇つぶしを見つけたんでしょうね〜。
「え〜と、次はナレーションですね〜」
嬉しそうに指摘する、割烹着女……。
「瀬尾っ!!」
あ〜う〜。
「は、はいぃ……」
この人が見つけた暇つぶしって、わたしのことですか〜。
瀬尾晶:『ハッとして目を覚ますシンジ。あたりを見回すと自分の部屋のベッドの上。壁や棚の上には男の中学生らしい装飾品。お相撲さんの手形。シンジ愛用のチェロも床の隅に寝せてある。(サウンドエフェクト)小鳥の鳴き声』
「小鳥の鳴き声」
「小鳥の鳴き声」
「小鳥の鳴き声」
遠野先輩が、アルクェイドさんが、それに、弓塚さんまでもが、わたしの言葉を繰り返しました。
もしかして、応援してくれてるのでしょうか?
ありがとうございます。
「瀬尾、啼きなさい」
「は?」
私が次のナレーションをしようとしていると、遠野先輩が訳の判らないことを言いました。
泣きなさい?
どういうことでしょうか?
「だから、瀬尾がやるに決まってるでしょ?」
え!?
も、もしかして………………こ、小鳥の鳴き声ですかぁ!?
「やりなさいっ!」
遠野先輩がひときわ大きく叫んだ瞬間、力を入れすぎたのか、ぱりん、と、ティーカップの取っ手が弾けました。
す、すっごい指の力です。信じられません。遠野先輩、素敵に怖いです……。
嫌でも身の危険を感じるほどです。はい。
「う、うう〜……ちゅ、ちゅんちゅん」
「もっと元気良くっ!!」
こ、怖い。
「は、はいぃぃ!ちゅんっ!ちゅんっ!!ちゅんっ!!!」
「もっと小鳥らしくっ!!!」
んなあほなっ!
「え、えぅ〜………ちゅんちゅんちゅん。ひくっひくっ」
「泣き声は余計っ!!!!」
えぅえぅえぅ〜。
憧れの人、志貴さんの前で醜態を曝す瀬尾晶14歳。
しかも、当日の出番はありません……。
「あ、あの、秋葉。先進もう、な」
「いいえ。兄さん。ここで甘やかすのは瀬尾のためにもなりません。ここはもっと……」
「俺は先に進みたいな〜」
「そ、そうですね。兄さんがそう言うなら、それがいいですね」
ほっ。
天の助けが現れました。遠野先輩は本当にお兄さんが好きなんですねぇ。構ってもらえなくて苛々していらしたんでしょうか。話しかけられたら急ににこにことし始めましたよ。少し顔を赤らめて……って、髪が赤くなってきているからそう見えるだけでしょうか?
あ、ちなみに、遠野先輩は怒ると髪が赤くなるのです。ご存知でしたか?
「瀬尾っ!」
「はいぃぃ!!!!」
わ、わ、わたし、何も思ってませんっ!
はいっ。
決して営業スマイルだとか、今更ポイント稼いでも無駄無駄とか、笑顔の立ち絵は実は1種類しかないとか思ってませんっ!
「続き」
「は、はいぃ……」
瀬尾晶:『苦り切った表情で傍らに立つ制服姿のアスカ』
なんでこの一言にこんなに時間が……。
秋めいてきた季節だけあって、外はすっかり暮れてきています。
あ〜あ。
わたしの未来視では志貴さんと楽しいデートが出来るはずだったんですが……。
あ、一応次の場面としては、ベッドの隣に立つアスカさん=アルクェイドさんです。
『次、わたし〜』という、あっけらかかんとしたアルクェイドさんの言葉が妙に癇に障ります。
「じゃ、兄さんはこれに横になって下さい。外人、ここ。」
遠野先輩がそんな言葉とともに、使用人の女性陣を使役して運んできたのは”お客様用”の天蓋付きベッド。
あの、読み合わせって台詞を読むだけで良いんですよ?何も本当にベッドを準備しなくても……っていうか、せめて、寝ないでくださいよ?わたしが帰れなくなってしまいます。
「いい?こういう感じで両手を腰に当てて……」
「さっちん、これじゃ台本読めないわよ」
わたしの懸念を余所に、弓塚さんはアルクェイドさんに演技指導をしています。
どこまでも自分勝手……いえ、ほ、本格的ですねぇ……。
アスカ:「ようやくお目覚めね。バカシンジ」
瀬尾晶:『その声で上半身をベッドに起こしたシンジ。眠い目をこすりながら話す』
シンジ:「……なんだ、アスカかァ……」
アスカ:「なんだとは何よ!こうして毎朝遅刻しないように起こしに来て上げてるのに!それが幼なじみに捧げる感謝の言葉?」
ベッドの反対側で人影が動いたので、そちらに目を向けると、件の割烹着の女の人がすすっとメイド服の女の人の所に寄っていくところでした。
彫像のようにきりっとして動かないメイド服の女の人の耳元で、へなへなした割烹着の女の人が”みなさんにもぎりぎり聞き取れる絶妙な音量”で
「翡翠ちゃんも今度あんな風に言ってみたら?」
なんてことをのたまいました。
「……な、何を言うのですか、姉さん」
あっと言う間に真っ赤になる、メイド服の女の人……翡翠さん。
彫像のようだった身体がしなしなと落ち着き無くなっていきます。
それにしても、やっぱり姉妹なんですね。顔がそっくりですからきっと双子でしょうねぇ。性格はまるで反対のようですが。
あ、ということは毎朝この翡翠さんに起こして戴いてるんですね?
でも、私も負けませんよ。
いつかはわたしも毎朝志貴さんを……って、い、いけません!今は……。
今そんなことを思っているとばれたら、遠野先輩切れまくりです。
命短し恋せよ乙女とは言いますが、でも、自ら命を縮めることはないですよね。
シンジ:「……ア、アリガト……だから……もう少し……寝…か…せ……」
瀬尾晶:『再び横になって掛け布団を羽織るシンジ』
……あぁ……本当に寝てしまいました。
眠ってませんよね?
せめて電車のあるうちにわたしを帰してください。お願いします。本当は門限もあるんですが、この際、門限のことは諦めます。
アスカ:「何甘えてんの! もう、さっさと、起きなさいよ!」
瀬尾晶:『布団をひっぺがすアスカ…………』
…………。
えっと。
あの、え?
よ、読むんですか、これ?
「瀬尾?」
遠野先輩が不思議そうにこっちを見ています。
「えっと……、その、えっと……」
「早くしてよ〜」
既にアルクェイドさんは布団を剥がして次の場面を待っています。
えぇ、あの。
まだ、ナレーションだって事は、重々承知してますデス、はい。
布団を持ったままだと台本が読めないので、この先何が待っているか判ってないんですね、きっと。
「あ〜、その〜……」
「そんなこと書いてないですね〜」
さっきの割烹着の女の人がなんだかわくわくしたような顔でこっちを見ています。
ものすっっっごく嬉しそうです。この顔は絶対わたしをいぢめて楽しもうと思ってますね〜。
「え、え〜と、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……」
「布団、ですよ〜。さぁさぁさぁ!その先を!」
………。
最初乗り気じゃなかったのが嘘のように、今ではすっかりやる気満々ですねぇ……。
大迷惑です。
やる気のないままフェードアウトしてくれれば、良かったのに……。
し、しかしですよ?
これをわたしに読めと仰る?
愛しの志貴さんの前で?
え〜い、ままよ。
「布団、……布団……のし、た、………の………。」
だ、だいたい、どうして表現をぼかしてくれないんですか!?
「何顔を赤くしてんのよ?」
アルクェイドさんへの演技指導をしていた弓塚さんが不思議そうに首を傾げています。弓塚さん、お願いですから台本くらい事前にチェックしてください。ふ、不適切な表現が含まれてるじゃないですかぁ!!
志貴さん、この人何とかして下さい。
わたしはそう思いながらベッドの向こうの志貴さんに視線を送りました。
「瀬尾?あなたまさか兄さんに変な下心が……」
「い、いえっいえっいえっ!!」
遠野先輩、勘違いですっ。
わたしの視線と表情からはそう感じるかも知れませんが、ち、違うと思います。
「あれぇ?翡翠ちゃんまで赤くなっちゃって。見慣れた朝の描写でしょ?」
割烹着の性悪女が必要以上に大きな声で翡翠さんに話しかけています。
どうやら標的はたくさんあるようです。
「そ、そ、そのようなことは断じてみてないこともなくもなくもなくなくないですがなきにしもあらずもがな……。」
指摘された翡翠さんは真っ赤っかになって動揺しています。
へぇ、そうなんですか。
「あ〜。判った〜。」
暇になって台本をめくっていたアルクェイドさんが、問題の場面を見つけて嬉しそうに笑顔を全開にしました。事情が判らなかったみなさんがわらわらとアルクェイドさんの周りに集まっていきます。でも、アルクェイドさんの白くて細い指が指し示している単語を見ると、みなさん気まずそうに自分の席に帰っていきました。
判ったんでしたらもう先に行きましょうよ……。
「琥珀、翡翠の事情は後で聞きます。瀬尾、事態はよく判りました。今回は適当に誤魔化すことを許可します」
「は、はい……」
遠野先輩は凛とした表情で、はちゃめちゃになりかけた場を収めきりました。
その顔からはさっきまでの恥じらいは感じられません。堂々としています。こういうところ、憧れますねぇ……。
瀬尾晶:『…布団の下の「何か」に視線が凝固し、見る見るうちに真っ赤になるアスカ。(サウンドエフェクト)平手打ちの音』
ずざっ!
ぶんっ!
激しく空を切る音がしました。少し遅れて、びりびりと窓の震える音が広がっていきます。
「ちょっと〜、逃げないでよ〜」
「ま、待て。アルクェイド。今、かなり本気だっただろ?」
不満そうに唇を尖らせる、アルクェイドさん。
あ、でも。
えっとですね。
瀬尾晶:『それに共鳴して揺れはじめるシンジの机の上のペンペン人形』
っていうのもあるんですよね。
「ほら、音で物が揺れるくらいじゃないと」
にこっと笑う、アルクェイドさん。
ずざっ!
がしっ!
危うし!身動き出来ないように羽交い絞めにしたのは、勿論……
<モテる男の悲哀を感じつつ待て次号>
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