楽屋裏 : 月姫SS by Ophanim
  三夜
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昨夜明晩

 はぁ……。


 遠野先輩の家に来れば、遠野先輩に会うに決まってますのに……。


 そんなこと、考えるまでもなく、判ってたはずなのに……。


 ですけど、見えてしまったんですもの。


 遠野先輩の家の前で、志貴さんにデートに誘われる、とても幸せな未来が……。


 居ても立ってもいられなくなって、気がついたら電車に飛び乗っていました。


 ホテルの予約とかしてませんから日帰り決定です。


 でもわたしが来たときには、遠野先輩の家の前にはもう数人の方が待ってらして。


 少し嫌な予感がしましたから、くるりと踵を返しましたが……。


 あ、いいえ。


 未来視とかそういう、大層な能力の賜じゃなくてですね。単に虫の知らせっていいますか、凶悪なオーラっていいますか……、そんなものを感じまして……。


 あ〜あ、それなのに。


 門の前にいた人達の中からとても足の速い女の人……アルクェイドさんが、たちまち追いかけてきてわたしの首根っこを捕まえたんです。


 えぇ、そりゃあもう。


 ごっきりと音立てるくらいがっちりと掴まれましたです。はい。


 「何か捕まえた〜」とか言われましたし。


 「まぁ、何かの役に立つかもしれないからとりあえず確保して」な〜んて、見ず知らずの女の人……弓塚さんにも言われましたし……。


 「ん〜。パス」とか、オレンジの髪の変な人……乾さんにまで一言であしらわれてしまいましたし……。


 でもっでもっっ!


 あの未来視の風景の幸福感には勝てなかったんですの。


 頑張れ、わたし。


 頑張れ、瀬尾晶。


 きっとこの先良いことが待っているはずです。


 ……待っているかもしれません……。


 …………待っていると、良いですねぇ…………。


 そういえば、わたしの未来視って………変わるんですよね……。


 ………………。


 ま、まぁ、そういうわたしの気持ちは別にしましても、志貴さんが出られるっていう劇には期待がありますわ。


 実はですね。


 うふ。


 その日は、浅上女学院の高等部学院祭と重なっていまして、遠野先輩は絶対出てこられないんです。


 生徒会主催ですから。


 チャンスですよ、わたし。


 わたしはそんなことを考えながら、みんなと一緒に台本をめくりました。


 大きな白抜きのタイトルが目に飛び込んできます。





新世紀エヴァンゲリオン第26話





「世界の中心でアイを叫んだけもの」





(Take care of yourself)





 実はわたし、このお話知らないんです。


 だから、みんながぺらぺらとページをめくっている間にも、最初から読んでみようと思うんですね。


 そういえば、『いきなり最終回』とかいう本が、いつかどこかで売っていましたよね。


 それみたいなもので、最終話だけ読んでも、ある程度楽しめるんじゃないかと思うんです。


 え〜と、『時に西暦2016年。』


 はぁ、近未来のお話だったんですか。なるほど。ちょっと共感もてますね。


 わたし、実は時々少し先の未来を見ることが出来てしまうんです。


 あ、でも、確定的な未来じゃなくて、その未来が起こる要因を動かせば、変えられる未来なんですけども。


 だから、近未来の話には無条件で共感しちゃうんです。


 『人々の失われたモノ。すなわち、心の補完は続いていた。』


 なるほど。


 心の補完を語る超大作だったんですか〜。


 これは相当面白かったんでしょうねぇ。


 機会があったら、今度わたしもどこかで見てみましょうか。


 『だが、その全てを記すには、あまりにも時間が足りない。』


 は?


 え?


 最終回ですよ?


 何言ってけつかるんですか?この監督は?


 相当計画性が無いか、かなりいい加減な性格か、途中で飽きて投げ出したか、ですかね?


 まるで遠野先輩のよう………………ってことは、思ってませんよ。思ってません、多分……。


 そんなことうっかり声とか表情に出したりしたら、明日はお葬式の準備ですよ。


 ……わたしの親が……。


 気を付けましょうね、わたし。


 ………。


 あれ?


 何故か、部屋の中がとても静かですねぇ?


 読み合わせって、音読するものじゃないんですか? 


 「瀬尾っ!


 「えっ?」


 不意に遠野先輩の怒号が響きました。


 「何ぼけっとしてんのよっ!何のために台詞もないのにここに呼んだと思ってるのっ!


 弓塚さん、何故かわたしにとても冷たいです。


 はい、会ったその時から……。


 「そうよ。瀬尾。あなたがナレーションしなさい」


 遠野先輩は今にも噛みつきそうなほど怒っていますし……。


 あぅ〜


 わたし、やっぱり、間違った未来を見たのかもしれません。


 それとも既に変わっているのかもしれません……。


 あっ!


 い、今、不意に気が付きました。


 あのわたしが見た未来視、今日のことを見たかどうかなんて判らないじゃないですか……。


 早まりましたね、すっかり………。


 「ほらっ!とっとと読んでよねっ!!


 弓塚さんはそう言うなり”ばし〜んっっっ!”と、ハリセンでテーブルを叩きました。


 その下にあった高価そうなティーカップは『割れる』とかいう表現では足りないほど………になってました。


 「あ、の、なんだか、怖いんですけど……」


 せめてそのハリセンの素材だけでも知りたいです。冥土の土産に。はい。


 「わたしより遠野くんと一緒にいる場面が長いじゃないのっ!


 『後から来たくせに外伝二つも作ってもらいやがって』とか『ヨゴレの無いのが気にくわない』とか『何かの間違いでって人気投票で抜かれる前にいっそのこと自力で陵辱してやろうか』とか、非常に具体的で恐ろしい独り言が”耳元で”するんですが……。


 「や、八つ当たりです〜……」


 で、出来るだけ、すぐに逃げられるような体勢を保ちながら台本を読むことにします。





瀬尾晶:『時に西暦2016年。人々の失われたモノ。すなわち、心の補完は続いていた。だが、その全てを記すには、あまりにも時間が足りない。よって今は、碇シンジという名の少年。彼の心の補完について語ることにする』





 「なんか……棒読みね……」


 遠野先輩がぎろりと光る目でわたしを睨んでいます。


 「、はいぃぃ。す、すみませんっ!


 わたしは既に真っ直ぐだった背すじを更にピンと張りました。張りすぎて頭が重いくらいです。


 「それに、そこは飛ばすところなの」


 弓塚さん、拳骨でぐりぐりはやめてください。


 痛いです。すっごく。


 「あんたの出番はまだよ」


 遠野先輩はそう言って紅茶を口に運んでいます。


 「えぇっ!?だけど、さっき、遠野先輩、わたしにナレーションしなさいって……」


 わたしがそう言うと、遠野先輩は口許まで運んでいたティーカップを一旦離して、首を傾げられました。


 「そうだったかしら?でも、読み始めろと言った覚えは無くてよ」


 ううっ。


 わたしって、わたしって……。


 「はい、遠野君の番よ」


 わっ、わっ。


 び、びっくりするほど、優しくて可愛い声。同じ弓塚さんとは思えないくらいですねぇ。


 「判ったよ。弓塚。え〜と、あ、2回連続だね」





シンジ:「そう、……『僕』は『僕』だ!


シンジ:「ただ、他の人が僕の心の『かたち』を作っているのも確かなんだ!!





 感情こもってますね〜。


 あ、ちなみに今のは主人公の碇シンジさんです。設定資料によると、黒髪に中肉中背の特徴のない男子生徒、だそうです。うふふ。適任かもしれませんよ。


 続いて遠野先輩が台本を持ち上げました。


 「私の番ですね」





ミサト:「そうよ、シンジ君」





 ご自分の台詞が終わると、背筋を伸ばしたまま台本を少し離して、またティーカップを傾ける遠野先輩。


 なんのかんのと言いながら、頼まれた仕事はしっかりやるところ、素敵ですよね〜。


 あ〜、今のは葛城ミサトさんだそうです。長い黒髪、少しいい加減な性格、飾り物や光り物大好き、だそうです。遠野先輩、当日参加できないのが残念なほどはまり役…………い、いいえ、そんな恐れ多いことは申し上げられません。


 「これ、わたし?」


 今度は遠野先輩の反対側でアルクェイドさんが台本を持ち上げました。


 しょっちゅう首を傾げるのでセミロングの髪が肩の上で踊っています。


 落ち着きのない人ですねぇ。


 「そうよ、外人


 遠野先輩が配役表を示しました。


 その表に曰く、”惣龍アスカ、ラングレー”。


 なるほど確かに、アルクェイドさんと同じく外国人ですもの。隣にある図では栗色の髪ですが、金髪でもいいですよね。二つついている髪留めが赤いのも、アルクェイドさんの目の色に似ていてよろしいです。


 アルクェイドさんは”外人”という呼び名に少し頬を膨らませたものの、今回は大人しく引き下がりました。


 台本を片手に立ち上がると、ぐっと胸を張って深呼吸を一つ。





アスカ:「やっとわかったの?!





 う!


 なんだか凄く、本格的な声量です。オペラとかやれちゃいます。いえ、本当にやっていても不思議ではない感じがします。全く違和感がありません。


 「え〜と、これって、どういう風に読めばいいのかしら?」


 アルクェイドさんはそう聞くふりをしながら、露骨に志貴さんの方へ場所を移動していきます。


 本人は”さりげなく”しているつもりなのかもしれませんが、直線的に移動してますからばればれです。


 「音を一つ一つ区切って読めば良いッス」


 乾さんが、かっはっは、と笑いながら途中で引き留めてくれました。


 「…わ、判ったわよ。」


 アルクェイドさんはあからさまに物凄く不満そうな顔をしながら自分の席に戻っていきます。


 多分乾さんは何も考えてなかったと思いますが、ないすぷれ〜です。


 遠野先輩のこめかみがぴくぴくしていたのを、わたしはしっかり見ていました。


 席に戻ったアルクェイドさんがまた凛とした表情で顎を引いています。





アスカ:「バ・カ・シ・ン・ジ!!!!





 その準備動作でその台詞ですか……。


 なんともアンバランスですが、男性陣が


 「……なんか、イイ!


 「あぁ、同感だ」


なんて言い合っているところをみると、それもまたよろしかったのでしょうねぇ。


 もうみなさん、あんなに顔を真っ赤にして嬉しそうにして…………まぁ、わたしはそれがまた、恐ろしいんですけど……。いい加減に気付いて下さい。遠野先輩の髪がすこ〜し赤くなってることに……。



 案の定、遠野先輩は……



<案の定、秋葉は…>


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