楽屋裏 : 月姫SS by Ophanim ニ夜 |
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「ぐ、ぐわっ!弓塚っ!」
俺の肩に手を置いて、笑顔を顔の上で凍結させているのは、誰あろう、弓塚さつき様その人でございました。
えぇ。
そうです。
そうでございますとも。
彼女こそ、月姫本編でヒロインになり損ねた上、その後の外伝でも一切声がかからなくて多少切れまくっているツインテールの女の子でございますとも。
彼女は今は無言で微笑んでいるのだけれども。
その笑顔の裏に言い知れぬ怒りを蓄積させているのは一目瞭然。
毎日毎日秋葉の怒りの波動を感じ慣れてる俺でさえ、もうびっくりするほどでございます。
しかも、秋葉のは怒ってしまえばすっきり忘れる、陽性の怒り。
でも、弓塚さんのは行き場のない怒りを溜めに溜め込んだ、恨みの怒り。
怒っても怒っても、自分が怒っていることに理不尽さを感じて更に怒りを増幅させる、陰性の、怒り。
逃げ出したいかと聞かれたら、首が折れるほど何度でも頷く。
逃げられるなら、そりゃあもう。
だけど、軽く置かれたように見える弓塚さんの手は、がっきと肩に食い込んで、決して離れてはくれなかった。
そのまま地面にめり込むかと思うほど、まるで骨を砕いて潰しきるかと思うほど、重く、のしかかっていた。
重く。
重く。
重く。
重く重く重く重く重く重く重く重く重く重く重く重く重く重く。
う〜ん、ホラ〜。
「遠野〜、遅ぇぞ〜」
俺を助けてくれたのは、そんな雰囲気を破壊してくれる、オレンジ色に染めた髪に、耳元にピアス、純白の特攻服の袖口に残るカレーうどんの染みがちょっぴりらぶり〜な男の子、乾有彦君だった。
「う、うわわっ!有彦まで……」
とりあえず驚いては見せるけど、助かった。
弓塚さんは有彦が苦手だからなのか、有彦から距離を取るために俺の肩を解放してくれた。
「お前の家の前で待ってたらケーサツが来てうるさかったから入って来たんだよ」
あぁ。
有彦の言葉で、ようやく俺は忘れていたことを思い出した。
俺はこいつらを待たせてたんだった。
門の前で待ってろ、と言いながらしっかり門扉に鍵もかけ、遅くなるようだったら帰ってくれ、とも言ったはずだが………はっきり「帰れ」と言った方が良かったかなぁ?
「……どうやって門を越えたんだ?」
遠野家の門は厳めしい割に繊細な装飾の施された細めの鉄柱で作られているから、見た目には簡単にこじ開けられそうに見えるんだが、ところがどっこい。
無理に開けようと変な力を加えたり、捻ろうとしたりすると、繊細に見える装飾から無数の針が飛び出してきてみたり、剃刀のように研ぎ澄まされた鉄板が鉄柱の隙間を埋めて手懸かりを無くしたり、とか結構えげつない仕掛けがされている。
内側にかけられた閂も、単純に押すだけでは破れないように工夫されていたり、でも、当然力任せの突破にはそれなりの逆襲が用意されている。
まぁ、要するに、内側から開けないと危険だ。
うん。かなり。
しかも、針金使って開けるとか、そういう細かい発想から最も遠いのがこの有彦だ。猪突猛進。壁があれば粉砕あるのみ。
それなのに…………?
「は〜い、あたしが開けた〜」
底抜けに明るい声とともに白磁のような白い手が万歳をして、問題を解決する。
「あ、アルクェイドっ!」
いつの間にこいつが……?
俺が待たせていたのは弓塚さんと有彦だけだったはずだが?
「兄さん、誰ですか?この金髪のあ〜ぱ〜娘は?」
秋葉がこめかみの辺りをぴくぴくさせながら、敵意のこもった目でアルクェイドを見ている。
まずい。
何故か知らないが、秋葉ちゃん不機嫌メーターは、既にリミットオーバー、マックス振り切れ状態。
秋葉が初対面の人間を相手にすら礼儀無視っていうのはもうオワッテイル。
ここはからかわずにきちんと説明する以外にない。
「あ、あぁ。こいつはアルクェイド=ブリュンスタッドって言ってこの間から突然転入してきた留学生だ」
俺は出来るだけぞんざいに説明した。
アルクェイドとの関係を変に勘ぐられると面倒なことになりそうだったからだ。
ああ…………それなのに。
脳天気な笑顔をふりまきながら、
「よろしく〜、妹〜」
と秋葉の神経を逆撫でするような挨拶をぶちかましてくれる、この金髪あ〜ぱ〜娘。
今にも秋葉が切れそうだった、その瞬間。
「あれはびっくりだったよな〜。3階の窓から登場。自己紹介より先に陸上部に勧誘される早業」
がはは、と大口を開けて危機回避。
雰囲気リセッター、乾有彦ここにあり。
さんきゅ〜めるし〜おぶりが〜ど。
「あぁ。垂直飛びだったしな」
すかさず話題に乗ってみる。
が、そのアルクェイドの背中に隠れて、びくびくしながら様子を窺っている小動物発見。
うわ、最悪。
高等部の秋葉がこんなに早く戻っている上に、中等部の瀬尾晶ちゃんまでが揃っているということは、浅上女学院は今日は余程早く終わったんだろう。
それにしたって、何も自ら死地に赴くこともないのに、ひょっとして晶ちゃんって、マッド?いや、マゾ?
「……私が聞きたいのはなんで兄さんと親しくしているか、と言うことなんですが」
ちらり、と晶ちゃんを視界の隅に捉えた上で、敢えてその存在を無視したかのような態度をとる秋葉。
かと思うと、ぴっ!と音が出そうなほど激しい勢いで自分の近くの椅子を指さす。
すると晶ちゃんはまるで夢遊病者のようにふらふらと歩いていって………秋葉に指示された場所に小さくなって座った。
う〜ん、躾が行き届いている。
「兄さん?」
うぉっ!
「いや、ほら、遠野家の長男のたしなみとか言われてたまたま英語とかフランス語とかドイツ語とかイタリア語とか中国語とかロシア語とか…………タガログ語とかその他諸々の諸言語を習わされたからじゃないか?コミュニケーションがうまくいった、ということで」
なんだかんだ言って、すらすらと説明してしまった。
他人のことを言う以前に、自分もしっかり躾られてしまったのかもしれないな……。
「……この外人、日本語使えてるじゃないですかっ!」
ぎろりと。
秋葉が凶悪な視線を送った、その相手は。
「あ〜、ガイジンって言った〜。差別用語反対〜!子孫繁栄、商売繁盛〜もうかりまっか〜ぼちぼちでんな〜」
…………どこまでものほほんとしていた。
「そんなに流暢に日本語を使いこなす留学生を相手に語学が理由で親しくなったとか言われる云われはありませんっ!どうせ遠野家の長男の嫁に収まるつもりで近寄ったとか、遠野家の財産よりも兄さんが目当てとか、何でも良いからとりあえず兄さんと親しくなりたかったとか、そんな下心満載に違いありませんわっ!」
秋葉はぎらぎらと光る目でアルクェイドを睨み付けた。
って、おい。
「あは。秋葉さま。全部同じこと言ってますわ」
琥珀さん、ナイス突っ込み。
秋葉は少し顔を赤くして、髪を掻き上げながら『私は別に……。』と言おうとした。
それを。
それを……。
この金髪あ〜ぱ〜娘は……。
「う〜、妹、鋭いよ〜」
困ったような顔で唇を尖らせやがる。
当然妹大激怒。
…の、前に。
「って、合ってんのかいいいっ!」
すこ〜んっ!
どっから出してきたのか、軽快な音を立ててハリセンを一閃する弓塚さん。
見事なタイミング。
これにはテレビ慣れしていない秋葉は虚を突かれるばかりだろう。
アルクェイドも外国人にしては良くできたボケだ。
激しいハリセン攻撃を見事に後頭部でしっかりと受け。
まるで前屈をするかのように腰骨の辺りからきっちりと折り畳まれて。
うわ〜。
身体、柔すぎ。
胸の膨らみと膝がぴったりとあってて。
そう、まるで……首とか腰とか…………折れてるかのように…………。
「なぁ、遠野。早くやろうや。俺今日バイト入ってんだよ」
いつでもどこでもマイペース、さすが俺の親友、有彦君。
人一人死にかけてるのに、まるで”そんなもの珍しくも何ともないよ”とでもいいそうな、そんな態度。
「ま、待てって。まだ了承取ってないんだって…」
俺は、アルクェイドが『なにすんのよ〜』と、不満そうに顔を上げてくれたことに、少なからずほっとしながら、有彦に現状を説明した。
「あ〜?なんだと?俺らが外で寂しく待ってる間、お前は優雅に茶ぁ〜など飲んだくれながら暇してただけってかよ?」
有彦は思いっ切り不満げな顔をした。
まぁ、有彦の言い分も判らないではないが、俺はクラスの大半の心の声『頼むから何とかうやむやにして自然消滅の方向に』の期待に添っただけだ。
第一、当の有彦だって、教室では俺と一緒になってぶ〜ぶ〜言いながら文句言ってたのに……。
………俺の背中に隠れて………。
「なんのことですか?」
秋葉は俺と有彦の双方を見比べながら、どちらに説明してもらおうか値踏みしている。
どうやら、弓塚さんの絶妙の突っ込みのおかげで怒りは収まっているようだ。
お兄ちゃん、一安心。
「いや、秋葉ちゃん。実は、今度の劇の読み合わせをするのに適当な場所が無くてさ。ほれ、ガッコだと他のクラスにばれるだろ?それ以外で大勢集まれる場所を、ってことで遠野に頼んでみることにしたんだ。で、”ちょっとここで待っててくれ”から1時間よ?どうよ?これ?」
有彦は秋葉のご機嫌でも取るつもりか、一気にまくし立てた。
「いや、有彦悪かった」
まさかその間に待ち人が増えるとは思っても見なかった。
弓塚さんと有彦を一緒に待たせれば、弓塚さんもそう長くは待つまいと思ったんだが、甘かった。
とはいうものの、普通待つのが長くなったからって、人呼びますか?全く……。
「もう、時間無いんだからねっ!遠野くん、今日はあたし達だけでも読み合わせするわよ?」
弓塚さんは有彦の鞄の中から、少なくとも人数分以上はしっかりとある台本を出してきて、どかりと机の上に置いた。
「きょ、今日って、今からか?」
どう考えても、それ以外のことは考えられなかったけど、念のため、聞いておきたかった。
『冗談に決まってるじゃない。配役揃ってないもの。今やったって、無駄でしょ?』
そう言う声が聞こえれば、どんなに良かったことか。
「そうよ。足りない分は秋葉、琥珀、翡翠のヒロイントリオに代わってもらうわ」
あぁ、やっぱり……。
しかも、敬称(意図的に)略!!
「……なっ!」
秋葉は何か悪いものを見ているかのように弓塚さんをみた。
まぁ、秋葉の場合は、他人に呼び捨てにされたショックの方が重大なんだろうけれども……。
「嫌とは言わせないわよ」
弓塚さんの顔は笑っていた。
でも、声も目も、笑ってなかった……。
「先生の分はどうすんだよ?」
最後の抵抗。
男役が一人足りなければ、何とか思いとどまらせることが出来るんじゃないか?
「とりあえず、乾君の二役で行くわ。さ〜〜〜〜っ!始めるわよ〜〜〜っ!!」
弓塚さん……。
あぁ、もう。
月姫本編の、あの少し控えめで引っ込み思案な、クラスでは人気者なのに人気投票は何故か万年6位の、あの楚々とした弓塚さんは、戻ってきてはくれないのね………。
こうして、俺達の読み合わせは始まってしまった……。
はぁ……。
<このため息の主は?>
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