楽屋裏 : 月姫SS by Ophanim
  一夜
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明晩

 夏の残り火も少なくなり、秋の夜長が顔を見せるようになったこの頃。


 俺はたまたま早く家に帰ってきて、秋葉達とテーブルを囲んで紅茶を飲んでいた。


 秋葉と俺の背後にそれぞれ琥珀さんと翡翠、といういつものメンバー。


 俺達は特に何を話すわけでもなく、静かに、優雅に、午後の一時を満喫していた。


 ふと。


 視界の隅に何かが浮かんだような気がして目を上げた。


 庭の方に顔の向きを移して見るが、特に変わった様子はない。


 俺の正面にいた琥珀さんが不思議そうな顔をしている。


 彼女にも何も異常なものは見えなかったようだ。


 きっと俺の気のせいだろう。


 そういえば……。


 何か、大事なことを忘れているような気がする。


 どうでもいいような、身の危険に曝されるほど大事なような、漠とした感じ。


 (なんだっけ?)


 それを思い出そうと意識を集中しようとしたとき、秋葉がティーカップを置いてこちらを見た。


 「ところで、兄さん。兄さんの学校はもうすぐ文化祭ではなかったでしょうか?」


 静かな、それでいて凛とした様子には、我が妹ながら惚れ惚れとしてしまう。


 「あぁ、そうだよ」


 軽く答えて、意識をまた忘れ物に戻そうとする。


 そう言われてみれば、その文化祭に関することだったような気がしたからだ。


 だが、秋葉は両手を丁寧にお腹の前に収めて更に質問を加えてきた。


 「演し物は決まっているのですか?」


 きりっとした表情は崩さず、静かに、丁寧に、それでいて曖昧な答えを拒絶するような迫力を持たせて聞いてくる。


 質問の内容が違っていたら詰問されていると勘違いしてしまいそうだ。


 だけれども。


 その迫力のおかげでようやく忘れていたことを思い出したような気がする。


 「うん。まぁ、気は進まないけど、決まっている」


 いや、ほんと、気が進まない。


 多数決で決まった、と言えば聞こえは良いんだけれども。


 あぁ、確かに、”聞こえは”良いんだけれども。


 多数決の評決を取る前に、えげつない脅迫があったような記憶もなきにしもあらず。


 あれが無ければ絶対多数で否決されたはず、と確信しているのだけれど……。


 いや、ほんとだって。クラス全員の本心を聞くまでもなく。


 「どんなものになるのでしょうか?」


 秋葉の言葉は柔らかくも厳しくもないのに。


 それに答えなければどうにかなってしまいそうなほどの迫力がある。


 う〜ん。よくぞここまで成長してくれたものだ。


 一つ注文を付けるならその成長の半分くらい、いや、1/4でもいいから、ブラウスを持ち上げる膨らみの方も成長してくれると嬉しいと思ってしまうのだが。


 まぁ、それはそれとして。


 「う〜ん。それは当日のお楽しみ、と行きたい所なんだけど……。実は秋葉達にも協力を頼むことになると思うんだ。というわけで、琥珀さんや翡翠にもお願いなんだけど、俺達の演目については他言無用ということでお願いしたいんだ」


 俺はそう言いながらくるり、と首を回して翡翠の顔も見る。


 琥珀さんと翡翠は双子の姉妹なんだが、全く性格が違う。


 翡翠は凛々しく、寡黙に仕事をこなすタイプ。


 琥珀さんは天然ボケの仮面に身を包み、やっぱり仕事はてきぱきとこなすタイプ。


 ……に、似てるかもしれない。


 いや、服が違うぞ。


 翡翠は主に俺付きのメイドで、しっかりメイドらしい洋風の服を着ている。


 琥珀さんは主に秋葉に付いているメイドで、割烹着とエプロンがユニフォーム。


 そう言えば、お互いの仕事の得意分野も違う。


 「はぁ、まぁ、いいですよ」


 そんな琥珀さんのため息混じりの声が聞こえてきた。


 名前の通りに琥珀色をした瞳を少し逸らしながら、お盆で顔の下半分を隠している。


 多分その陰では唇を尖らせているに違いない。


 琥珀さんの答えが気乗りがしなさそうなのは、多分、”喋りたくてしょうがない”ってことなんだろうな……。


 楽しそうな展開になればきっと乗り乗りのはず。


 そりゃあもう、勘弁して欲しい、と思うほど……。


 「はい。ご命令とあれば決して他言は致しません」


 対して俺の背中からはきっぱりと答える翡翠の声。


 翡翠色、と言うよりは少し青みがかった不思議な色の瞳には、深淵にまで続きそうなほどの決意を込めている。きりっと閉められた口許からはチャックが見えてきそうだ。


 「まぁ、そこまでマジになるほどのこともないんだけども……」


 どうせ文化祭が間近になればどっかから漏れるんだろうし。


 「で、兄さん。肝心の出し物は一体なんなんですか?」


 少しいらいらしたように秋葉が聞いてくる。


 う〜む、秋葉は少し忍耐力とか持久力も鍛えた方がいいかもしれないぞ。


 まぁ、さっきのような迫力をまき散らしていると本人も疲れるんだろう。


 不思議なことだが、秋葉の場合、このくらいいらいらしてくれた方が迫力が減って話しやすくなる。


 そりゃまぁ、すこ〜しだけ、だけれども。


 「聞いて驚くな」


 俺は少し勿体ぶってそう前置きした。


 「はぁ、まぁ、いいですよ」


 「はい。ご命令とあれば決して驚きません」


 ………。


 なんか……。


 ちょっと、寂しい……。


 「……翡翠、ちょっとは驚いても良いんだぞ……。琥珀さんも、ちょっとでいいから、やる気出して下さいよ……」


 いくら主人が”驚くな”って言ったからって。


 少しくらいは驚いて欲しいものじゃないかぁ……。


 「ですから!兄さん、出し物は?」


 はぁ…。


 怒った秋葉が一番有り難く思える、っていうのは、俺も少し感覚がおかしくなってきたのかなぁ?


 有り難いのでお礼を言おう。


 「短気は美容に良くないぞ、秋葉」


 これが俺の精一杯の、感謝の気持ち。


 「なっ!に、兄さんがいつまでも引っ張るからじゃないですかっ!!


 ほら、怒ってくれるでしょ。


 俺の意図通りに。


 いや〜、ありがたいな〜。


 あ、視線が痛くなってきた……。


 そろそろ限界かな。


 「判ったよ。まぁ、俺も乗り気でないことをもう一度確認させてくれ。で、だ、な。演し物は……」


 「演し物は?」


 興味津々と言った感じで身を乗り出してくる秋葉。


 「演劇だ」


 引っ張りに引っ張っただけに、いや〜、秋葉の怒ること怒ること。


 その、無言の中でいやが上に高まる、ごごごごごご、という怒りの波動が爆発する寸前の緊張感を楽しめるようになったら、君も遠野家でのサバイバルに勝ち残れるだろう。


 さぁ、来たれ、遠野家晩餐会へ。


 な〜んて言ってる間に限界ぎりぎり。


 「ただの演劇じゃないぞ。怒るならタイトルか内容か、どっちかを聞いてからにしろ」


 秋葉の怒りが、より大きなうねりを産み出すために一旦熱を失ったその隙をついて、台本をテーブルの上に広げてみせてやる。


 その表紙に曰く。





 ”新世紀エヴァンゲリオン第26話の最後半部分”





 「なっ……」


 秋葉の目が見たこともないほど大きく見開かれた。


 如何にテレビを見ない秋葉とは言え、さすがに名前くらいは聞いたことがあったか……。


 「はぁ……、古いですねぇ〜」


 さすがにテレビっ子な琥珀さんは期待通りの反応。


 俺が言いたかったことを理解してくれたようだ。


 「エヴァンゲリオン第26話の最後半部分、通称、ときめきエヴァンゲリオンですね」


 ……。


 まぁ……。


 びっくり。


 琥珀さんはともかく、翡翠が知っていたのはびっくりしても良いことだと、思う……ってことも無いか。


 データとして知っている、って感じだよな、きっと。


 「……秋葉、ありがとう。お前だけだよ、多少なりとも驚いてくれたのは……」


 いや、ほんと。いい妹を持ちましたよ、俺は……。


 「わたしは使用人の努めとして、主人の命令に従っただけですが…」


 不満そうに主張する翡翠のことは、この際無視っ!


 だって、俺、”ちょっとは驚いても良い”って言ったもんっ!


 だから命令違反なんだもんっ!


 ふぅふぅ……。


 いかん、ちょっとだけ取り乱した。


 「そう言う問題ではありませんっ!兄さん、遠野家の長男として、主役以外の配役は断ってくださいましっ!


 ……秋葉の心配はどうも別の所にあったようだ。


 ああ。


 この三人がぬるりと混ぜ合わさって、一つになって、それからそれぞれが一人一人になればいいのに…。


 「あ〜、それは大丈夫。何故か主役の碇シンジ役当てられてるから」


 一応”主役”という説明を加えておく。そうしないと秋葉には判らないだろう。


 「そ、そうですか」


 俺の説明だけで秋葉はすんなり引き下がってくれた。


 こう言うところは素直だな、と思う。


 もし俺が嘘を言っていても、秋葉はそれを確認する知識を持っていない。


 それなのに秋葉は俺の説明を受け入れて引き下がる。


 いい妹だ、本当に。


 「しかし、本放送から5年も経っているのを持ち出すなんて発案者は発想が古いですね〜」


 琥珀さんはそんな身も蓋もないことを言う。


 「そ、そんなこと言うなよ」


 いや、琥珀さんの意見には俺も賛成なんだけれども、誰でも命は惜しいじゃない?


 「ま、まさかっ!兄さんが発案者……?」


 秋葉までまたふつふつと疑惑の花芽を育てようとしている。


 俺が発案すると何が問題なのかは知らないが、察するにさっきの翡翠の”ときめき”という説明に邪な何かを感じたのだろう。


 さっき限界まで怒らせたのは失敗だったかもしれない。


 俺は自らの身の潔白を証明するべく、説明することした。


 それが後々後悔を呼ぶとも知らずに。


 ……いやまぁ、後悔なんていつもそんなものだけれども。


 「あ〜、そんなことはないない。発案者は、ほら、月姫本編でヒロインになり損ねた上、その後の外伝でも一切声がかからなくて多少切れまくっているツインテールの女の子だから……」


 「具体的な描写、ありがとう。遠野君


 ぽん、と肩に手を置かれる。



 振り返ると、そこには……



<誰だったのか?>


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